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癒し、いたわり、セルフケア、介護。「ケア」の定義について(ケアの時代5)

今回は、「ケア」という言葉の意味について考えたい。

ここまで「ケアの時代」シリーズを4本書いてきたが、実はあえて「ケア」について厳密な定義をしないまま、書き進めてきた。
なぜなら、「ケア」は専門的な学術用語でもなく、一般的かつ広い意味を持っているため、定義が曖昧でもおおよその意味がわかるからだ。
だが、ここで一度、しっかり定義して今後の「ケアの時代」を進めていこうと思う。
本来は初回に、この定義をする必要があったのだが、長くなってしまうのと、コラムを書き進めていく中で徐々に明確にしていく狙いもあったので、このタイミングにさせていただいた。

今回、結論は単純なのだが、そこにいたる過程を説明すると少し長くなってしまった。
もし、時間がない場合は、目次から「まとめ」を読んでもらいたい。


英語の”care”について

「ケア」は、もともと英語にもかかわらず、日本でもっとも市民権を得た言葉の一つだろう。
まず、英語の”care”の意味を確認していこう。

新英和大辞典を引くと、動詞として「a.気にかかる、気をもむ、心配する。b.気にする、関心をもつ、かまう、頓着する。」とある。
名詞としては「1.a.世話、監督、保護、介護。b.保育。c.一時的に預かること、保管。2.注意、用心。3.特に力を入れる事柄、関心事:責任、務め;注意を要する仕事。4.a.気がかり、気苦労、気づかい、心配、不安。b.心配事、苦労の種、煩労。5.悲しみ」とある。

だが、英語の”care”をそのまま日本語に翻訳しても、「ケア」の本質はつかめない。
”care”の辞書的な意味と、いま日本で使われている「ケア」の意味は、必ずしも一致するとは限らないのだ。


「ケア」の2つの軸

「ケア」の一般的な使われ方の例として、

「こころのケア(メンタルケア)」
「ターミナル(終末期)ケア」
「緩和ケア」
「地域包括ケア」
「グリーフケア」
「スピリチュアルケア」
「ケアワーカー」
「ケアマネージャー」
「セルフケア」

などが挙げられる。

これだけでも、「ケア」の意味する範囲の広さを感じないだろうか。
「ケア」という言葉を定義するには、その意味の広さと、そこに内包する要素についてを明らかにする必要がある。

そこで、「ケア」の中に2つの軸を設けて解説していきたい。
ひとつ目は「心身」という軸。
すなわち、精神的な「ケア」なのか、肉体的な「ケア」なのかという軸だ。

もう一つは「関係性の有無」
他者との関係性の有無という軸だ。
他者との関係性がある「ケア」とは、他者介入が存在する「ケア」、他者から施される「ケア」のことだ。
反対に、関係性がない(少ない)「ケア」というのは、他人の手を借りず自ら行うケアのことだ。
「セルフケア」のような自己完結的な「ケア」である。

心身を横軸に、関係性の有無を縦軸にとると以下のような図ができる。

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これが「ケア」の意味の広さを示しているのだが、この中に「癒し」「いたわり」「介護」「セルフケア」という4つの具体的な用語が含まれることを確認していく。


「癒し」

「癒し」は「ケア」に似た使われ方をする言葉だ。
実は、これまでの「ケアの時代」コラムの中でも、「癒し」という言葉も同時に使ってきた。
書きながら、「ケア」ではなくて「癒し」でもよいのではないかと、判断に迷った箇所もあった。

「癒し」という言葉や概念は、20年ほど前から流行し始めたと記憶している。
「癒し系」、「癒される」など、2000年代まではほとんど使われることのなかった「癒し」という言葉が、バブル崩壊後のマーケティング戦略と合致してブームになった。
1999年にはソニーの犬型ロボットAIBOや、坂本龍一作曲のリゲインのCM曲のエナジー・フローなどが流行、みうらじゅんが「ゆるキャラ」という概念を作ったのも2000年だ。
それまで動詞の「癒す」しか収録されていなかった広辞苑でも、2008年に「癒し系」が採録された。

そして、2000年以前には「癒し」は肉体的なイメージが強かったが、このブームによって、ほとんど精神的な使われ方に変化した。
ちなみに、2000年に介護保険制度が制定されており、そこで「ケアマネージャー」という言葉も一般的になっている。

バブル崩壊後、それだけ日本国民が疲れていて、精神的な「癒し」を求めていたということだろう。
余談だが、15年ほど前であろうか、ある美術館の印象画家展に展示されていたモネの『睡蓮』で、大変感動したことがあった。
教科書や写真でしか見たことがなかった作品が眼前に広がっていたこと、かつ、その美しさはまさに筆舌に尽くしがたかった。
後日、知人が同じ展覧会をみたというので、興奮して感想をきいたところ、「癒された」と言っていて、少しショックを受けた。
知人は確かに癒されたのでだろうが、あの感動をその一言で表現されることには若干抵抗があったからだ。

だが、今ならその気持ちもわかる。
たぶん、その知人はきっと疲れて、傷ついていたのだと思う…。
当時の自分は若く体力もあったし、人生経験も浅かったため、深く傷ついた経験もあまりなかった。
そのころ、私が「癒し系」と呼ばれているものに、癒されたと感じたことはなかったように思う。

でも、本当に傷ついて弱っているときには、他者から気遣ってもらえることや助けられることが大変ありがたく、また癒される。
「癒し系」や美しい絵画に癒されることもあるだろう。
深く傷つくほどに、ほんの少しの「癒し」の要素に、大きな効果を感じやすくなるはずだ。

話を戻すが、「癒し」を図にすると以下のようになる。

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「癒し」は上記からもわかる通り、自己完結的な要素が強い。
外界からの刺激に対して、自分の中だけで反応していることだ。
「癒される」と受動態にすれば他者の介在を感じることもできるが、基本的には「癒し」とは、自分の中だけの感覚である。


「いたわり」

次に、「いたわり」という言葉はどうだろうか。
広辞苑で「いたわる」を調べると、他動詞として「①ねぎらう。慰める。②大切にする。ねんごろに扱う。③休養する。病気や疲労をなおす。」、自動詞として「①ほねおる。苦労してつとめる。②病む。わずらう。」とある。
また、名詞としての「いたわり」では「①功労あること。ほねおり。また、その功をねぎらうこと。②あわれみ。恩恵。③心をもちいて大切にすること。気にかけること。④病気」
形容詞として「いたわしい」という言葉もある。

「いたわり」の「いた」は、「痛い」、「痛む」、「傷む」からきている。
恐らく、こうした自動詞からはじまって、他動詞へ心情的な意味が広がっていったのではないか。
発達心理学では、日本人は個人主義の欧米人と比べると、自分と他人との境界線が曖昧だといわれている。
そうだとすると、自動詞と他動詞の境界線もそれほど大きな意味を持っていなかったのではないかと思う。
他者の痛みを自分のことのように感じ、気にかけることができるということだ。

ただ、広辞苑に書いてあったとしても、現代、一般的には「いたわり」を自動詞的な意味で使うことは少ないのではないだろうか。
「いたわる」を「①ほねおる。苦労してつとめる。②病む。わずらう。」という意味で使っているのを、あまり見聞きしない。
そこで、「いたわり」を他動詞的な意味に限定して図に入れると、以下のようになる。

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「心身」の軸では、肉体的な意味もあるが、どちらかというと精神寄りであろう。
上記の広辞苑の説明でも、精神的な意味が必ず先にきている。


「セルフケア」

次に、ここまでで図の空いている部分を埋める言葉を考えてみよう。
自己完結的で肉体的な領域には「セルフケア」が入るはずだ。
しかし、Wikipediaでは「自分自身で世話をする、面倒をみる。」とあり、用法としては、肉体的にも精神的にも使われるようなので、次のように位置づけた。

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ちなみに、私が適応障害になってから行ったセルフケアについては、以下のコラムに詳しく書いた。
「セルフケア」ときいてイメージができない場合は読んでいただけると嬉しい。


何が「セルフケア」になるのかは、ひとそれぞれだ。
だが、言葉の使われ方を見ていると、どちらからといえば肉体よりメンタル的な用法が多いようだ。
メンタルはもちろん、体をいたわることも含めて自分自身を大事にすることが「セルフケア」だ。


「介護」

肉体的かつ他者からの介入の領域には「介護」が入る。
「介護」は「日常生活の自立を目指す行為」として定義されているため、本来は精神的な「ケア」も含んでいるはずなのだが、福祉現場での「介護」は、肉体的な意味合いに寄りがちだ。
「介助」という言葉もよく使われるが、「介助」は「日常生活を支援する行動や動作」を指していため、肉体的な意味しかない。
これらを図にすると以下のようになる。

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だが、現場では「介護」と「介助」を意識して使い分けているのを見たことがない。
ほとんど「介護」と「介助」は同じように使われてしまっている。

かつ、福祉の世界では「介護」=「ケア」として使われている。
ここまで見てきたように、一般的な「ケア」の意味の広さと比較すると、福祉現場での「ケア」(=介護≒介助)は、そのほんの一部分しか指していないことになる。
上記の図をみても一目瞭然である。
これは福祉業界の専門職と、一般の人とのズレの大きさを、象徴的に表していると思う。
こんなの単なる言葉遊びで、現場で行うことは変わらないじゃないか、と思われるかもしれないが、意外と大きな問題であると個人的には思っている。
しかし、これについてはまた長くなってしまうので、別のコラムで触れていきたい。


まとめ

以上、「ケア」の広さを表す2つの軸と「癒し」「いたわり」「セルフケア」「介護」を検証してきたが、すべてをひとつの図にまとめた。

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これらの語を内包する「ケア」が、いかに広い意味で使われているかがわかるのではないだろうか。
要するに「ケア」には、心身ともに、自発的なものから、他者介入的なものまで広く含まれるということだ。
それゆえ使い勝手がよく、専門職のあいだでも、それ以外の一般的な人々の中でもよく使われてきた。

というより、英語の"care"を中心に、今の時代に必要とされている周辺の意味を、すべて片仮名の「ケア」の中に放り込んでいるような気がしている。
そのため、今後も「ケア」の意味は少しずつ変化する可能性がある。
それにともなって、「心身」「関係性の有無」という軸とは異なる評価軸についても、もう一度考える必要が出てくるかもしれない。
ただ、現時点では暫定的にではあるが、以上のように定義しておくことで、今後の「ケアの時代」コラムの土台となるだろう。


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