組織の抵抗その1「慣性の法則」~キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事制度講座(30)
先回(29号)、先々回(28号)と、M.F.R.ケッツ・ド・ブリースとC.ミラーの「神経症組織」(亀田ブックサービス刊、1995年)を題材にした精神分析学的経営組織論をお届けしました。
キャリア・カウンセラー(あるいはキャリア・コンサルタント)として、組織を理解する手助けとしてこうした枠組みを知っていると様々な提言をする上で有効です。
無論人事担当者にとっても、自分の組織でなぜ不可解な現象が起きているのかを理解する枠組みとしても活用できます。
では、そのようにして組織の特性を理解したとして、次にやるべきことはなんでしょうか?
それは、実際に組織に変革をもたらすことです。
ところが組織はそう簡単に変わりません。
なぜなら組織にもニュートンの慣性の法則(第1法則)が働くからです。
慣性とは、物体がその運動の状態を続けようとする性質をいいます。
バスに乗っていて急ブレーキをかけられると身体が前方へ投げ出されそうになったり、エレベーターに乗ったとき身体が軽く感じたり、逆に重く感じたりするやつですね。
「車は急に止まれない」と言いますが、これも慣性の法則が働いているからです。
組織も「急に止まれない」のです。
なぜでしょう?
それは変化すること自体への抵抗が働くからです(そういえば物体の質量が大きければ大きいほど慣性の力も大きくなりますが、組織も大きければ大きいほど変わりにくいですよねぇ)
変化に対して抵抗するのは、あながち悪い意味ばかりではありません。
あまりにころころと組織(風土、文化)が変わっていたのでは、継続性がなくなり、関係する立場、いわゆるステーク・ホルダーからすれば予測不能で、信頼できなくなってしまうからです。いつ何をしでかすか分からないというのでは、落ち着いて取引が出来ませんからね。
とはいえよい方向への変化についても、なかなか舵が切れないのも事実です。
それではこの抵抗の正体とはなんでしょうか?
これについての参考になるのは「組織行動のマネジメント」(ステファン・P・ロビンス、高木晴夫監訳、ダイヤモンド社)です。
★個人の抵抗
ロビンスは、抵抗は、実際にはオーバーラップするものだとした上で、
個人と組織わけて考えています。
このうち変化に抵抗する個人レベルの理由として次の5つが挙げられて
います。
<習慣>
人間は習慣の動物です。
毎朝、右足から靴を履くか左足から靴を履くなんていちいち考えません(ただし、人によって異なります。たとえば、長嶋茂雄さんはゲンを担いで左足から靴を履くことにしていて、右足ではいたときはもう一度やり直すという話を聞いた記憶があります。習慣を含め、これ以降挙げる個人レベルにおける変化への抵抗はその人の感じ方や人格、ニーズなどによって異なるものなのだという前提でご理解下さい)。
毎朝、「あなた~、今日の朝ご飯はご飯? それともパン? 飲み物は? 熱めにする?」なんて聞かれた日には、もう勘弁して欲しいと思うでしょう(いや、それが嬉しい、愛情の証だという人もいらっしゃるとは思いますが…)。
そしてつい、「あ、いつもの」といってしまう…(聞いている方も、習慣で聞いているだけだったりもする…)。
そう、いちいち考えさせられるのは、結構面倒なんです。
アメリカではコーヒーを頼むと砂糖を入れるか、ミルクはどうするか、一つ一つ聞かれるがそれに日本人は曖昧にしか答えない、日本人は自己主張ができなくていかん!-という話をときおり研修などで聞かされますが、そんな面倒なことどうでもいいよ、と考えていると「はぁ? もぅ、適当にしてよ~ぶつぶつ」と感じているだけかもしれませんね(註:メールニュースを流していた2004年当時はあまり聞かれなかった【オ・モ・テ・ナ・シ】というのはここらを察するところにあるのでしょう。また、むしろこの辺りの会話を楽しむのが西洋流ということで、きちんと自己主張できるかどうかという文脈で捉えるのはちょっと違わないか?とも思ったり…)。
本題に話を戻すと、変化するということは、習慣が変わるということなんです。これはけっこう面倒。
いままで整理棚の上から2段目左から4つ目の小引き出しに爪切りがあったのに、違うところにいってしまったようなもので、いちいち聞かなければ分からなくなる。
そしてリスクもある。いつもの調子で手を入れたら、中には子どもの粘土が入れてあったりして、知らずにさわって、どきっと驚く-というようなことが起こるのです。
今まで習慣化していたことが変わるというのは、それがちょっとした変化でも、少なからぬストレスとなるんですね。
ある会社は最近引っ越したそうですが、これまでは同じビルに社員食堂があったのに、今度は隣のビルにまで行かなくてはならなくて、お昼の行動パターンが変わってしまったそうで、社食は設備も内容も充実したのに、評判は今ひとつということがあったりします。
これも慣れるまではストレスの元ですね。
日本車から外車に乗り換えたとき。同じ右ハンドルであっても、ワイパーのレバーと方向指示器(ウインカー)のレバーは逆だったりします。
これもいちいち、あ~どっちだったけ? って、考えてしまうそうですよ。急な雨でウインカーをつけてしまうのはそれほどでもないですが、車線変更しようとしてワイパーが動くと窓の埃が際立って視界不良になったりして危ないです。
<安全>
安全を望む人にも変化は敵です。
今までと違うことをやるということは、今まで気をつけたことがないリスクが発生するということですから。
製造現場などでは身にしみて感じるのではないでしょうか?
いくら改善後の方が作業が楽になったり、生産性が上がるといわれても、手順が変わると当初はとてもどきどきするものです。
<経済的要因>
先のような改善で、もしかすると時間外勤務が減って、実質減収になってしまうかもしれない-ということが、変化への抵抗をもたらすこともあります。
また歩合制の仕事の場合も、扱い商品や歩合の計算方法の変更にはかなり敏感ですね。
<未知に対する不安>
誰しも知らないところへ一歩を踏み出すのは不安です。
できればやりたくないものといっていいでしょう。
見知らぬ土地への転勤はたとえ独り身であっても不安です。
一方、未知へ踏み出すということには、既知を手放さなければならないという側面を持っていることが少なくありません。
今まで慣れ親しんだものを捨てなければならないとすれば、不安に加えて、習慣のところで述べたような状況が起こるわけです。
先の見知らぬ土地への転勤も、今まですんでいた土地で慣れ親しんできたものを捨てなければならないのですから、親しみがあればあるほど、抵抗は強くなります。
<選択的情報処理>
これは多くの情報の中から、自分の知りたいことだけを見たり、聞いたりしようとすること、情報を選択して取得しようとすることを指します。
多くの情報を総合的に判断する方が良いはずなのに、どうして選択をしてしまうのでしょうか?
それは1つには情報は多すぎるからです。
全てに気をつけていたのでは身が持ちません。
街中で待ち合わせをしているとき、自分を呼ぶ声だけは良く聞こえたり、遠くから歩いてくる姿を見つけだせたりというのも、情報を選択して認知しているからです。
ある意味でこれは生きていくコツです。
自分にかかわり合いのある音、進化の途中の早い時期でいえば、外敵の姿や、外敵の出す物音、においを出来るだけ早く察知した方が生き延びる確率は高くなりますからね。
いまでも、聞きたいことや知りたいことには注意が向きますが、どうでもいいやと思っていることや、知りたくないこと、見たくないことは見逃したり、聞き逃したりしています(そういえばうちの子は、ゲームをしている時、「おやつ~」にはすぐ返事するのに、「宿題は~」は聞こえてなさそうだな~)。
★次回は組織としての抵抗について
今回は脱線が多いせいか、もうこんなに長くなってしまいました。
組織レベルでの抵抗の理由は次回お送りしたいと思います。
ところで、ここまで挙げた5つの理由ですが、組織の変化に限ったことではないということにすでにお気づきだと思います。
日常生活の中でも起きていることなんですよね。
日常の行動、言動の中で、変えた方がよいと思っていてもなかなか変えられないのはこうした抵抗があるからです。
それを変えて行こうとするのがサイコ・セラピーであったりするわけですね。
また抵抗は、良い方向への変化に対しても発生することに留意しておく必要があります。
自分のキャリアは自分で考えた方がよい-ということが分かっていても、そのようにしようとしないのは、その人の中に抵抗があるからなんですよね。
中には、表面上は変わった方がよいのだけれど、実は変わらない方が自分にとっては都合がいいということもあります。
たとえば「俺ってだめな奴なんだ~」という口癖も、そういうことで他人の気を引くことが出来る場合は、本人が止めようと思っても止められないことがあります。
よほど本人が決意して取り組まなければ。
TAでいうゲームにもこうしたものがありますね。
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