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あなたの組織の症状は?~その1 キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事制度講座(28)

 組織文化という言葉があるように、確かに組織にはそれぞれのカラーというか、雰囲気というものがありますね。
 その雰囲気の中には明示的ではないルールがあって、それをうまく吸収できる人は組織に受け入れられやすく、鈍感な人は組織から疎外されたりすることがあります。
 またこの雰囲気の違いは、そうした経験がなければ理解しがたいものであるかもしれません。
 どんな雰囲気の組織に関わっているのか、あるいはクライアントのいる組織はどんな組織なのか-キャリア・カウンセリングをしていく上での手がかりとなりそうなものの一つにM.F.R.ケッツ・ド・ブリースとC.ミラーの「神経症組織-病める企業の診断と再生」(亀田ブックサービス刊、1995年。註:2021年時点では絶版)があります。
 もともと組織変革を想定したものですから、人事担当者にもきっと役に立つものだと思います。
 今回は、読めば読むほど面白いこの本の中から組織に関する記述をご紹介しましょう。

★精神分析学的経営組織論・精神分析学的組織行動論

 この本は精神医学の世界で得られた知見、フレームワークを経営組織の中で応用しようとしているものです。
 ケッツはハーバードビジネススクールでD.B.A.を取得した経済学者であると同時にカナダ精神分析協会で訓練を受けた精神分析家でもあります。
 もう1人の著者ミラーはカナダのマックギル大学でPh.D.取得後、同大学で教鞭を執り、経営戦略論、組織変革、組織開発などを主な領域としています。

 さて、彼らの関心は、組織はなぜ機能不全に陥るのかということです。
 これを心理学的なプロセス(特に経営者の)から解明しようとしています。
 組織そのものを研究するスタンスとしては、これまで3つの心理的手法のどれかがとられてきたそうです。
 一つは人間関係学派と呼ばれるもので、人間の社会的な欲求と、それが仕事の効率に与える影響をテーマにしています。
 より面白い仕事、大きな権限、自由、関心を与えることにより、生産性と満足度が増すという考え方です。
 これについて著者らは、管理者よりも労働者に焦点が当てられていることと、個々の欲求の現れ方を説明しきれていないこと、またなによりも個々人の違いを説明できていないことに限界があるとしています。
 二つ目は管理職の影響力や機能性に着眼するリーダーシップ特性学派と呼ばれるもので、特定の個人の性格や認識の特徴がリーダーシップにどのように影響するかを捉えます。
 これについては、個々人が一つの単純な心理的特性で特徴付けられてしまい、そのほかの多くの特徴的な側面が無視されてしまう点を著者らは欠点として指摘しています。
 三つ目は「意志決定に関する認識制限理論」派です。
 この学派は、われわれは心理的な限界により問題解決の方法を相対的にしか選択できない(Aという解決策が“ベスト”だという方法ではなく、今はAとBが比べられるのでAを採択し、しばらくすると別の解決策Cがでてきたらその時点でAとCを比較するというように時間の経過とともに差し迫って選ばざるを得ないということ)ので、結局はほとんどの決定は、革新的というよりはその場しのぎになってしまうと考えます。
 この学派は、こうした意志決定上の組織的な傾向を発見しましたが、著者らは人間関係学派と同様に個人の違いを考慮できていないところに限界があると指摘しています。
 これに対して、著者らは、精神医学、精神分析学、家族療法などのフレームワークを用いて、一般的な組織の機能不全のパターンを分類し、上司と部下の関係や、集団について記述しようとしています。
 つまりありがちな組織の機能不全を取り上げ、この中での個人やグループの行動面での特徴から分析し、組織変革を進める上での方向性を示そうとしています。

 詳しいことは本を読んでいただくとして、ここではその冒頭で展開されている、機能不全に陥っている組織の5つのパターン(神経症症状)を紹介したいと思います。
 というのは、このパターンを頭に入れておくと組織をとても理解しやすいからです。

★妄想症組織

 この本の中で、ケッツとミラーが取り上げたのは妄想症、強迫神経症、躁病、うつ病、分裂病質(いずれも出典の通り)の5つです。

 妄想病の特徴は次のように定義づけられています。
<妄想症>
☆性格特徴☆
 他社に対する疑念と不信、過剰な感受性と警戒感、認知された脅威に対する身構え、隠された動機や特別な意味への過剰な関心、注意範囲の集中、冷徹、合理的
☆幻想☆
 誰も信用できない、私を陥れようとする脅迫的な大きな力が存在する、自分の守りを固めた方がよい
☆危険性☆
 疑念を確認することに専念して現実をゆがめる、防衛的な態度ゆえ自然な活動を行うことができなくなる

 業績不振に陥りつつある組織では、特に経営層に神経症の5つのタイプのうちの1つが強まり、機能不全を招くというのがケッツやミラーの考え方です。
 では妄想症組織ではどのようなことが起こるのでしょうか?
 他社に対する疑念が強く実際以上の脅威を感じながらですから、あらゆる情報収集手段がとられることになります。
 また外部の脅威に対応するために組織に対する統制も強くなります。
 中央集権化が進み、膨大な情報が流れ込む中で、コンセンサスを重視しながら物事を決めていこうとするようになります。
 いろんな会議が社内で開かれるようになりますが、実際の決定はトップがやるので、下位のマネジメント層は意志決定に参加できなくなってしまい、単なる情報の伝書鳩になったような気分になります。
 このため外部から、たとえば価格引き下げなどの戦いを仕掛けられると、何も考えずに情報を経営層に上げるということになります。
 ところが妄想症組織の経営層は防衛的であるが故に保守的な政策しか打ち出せませんから、挑まれた戦いにそのまま反応します。
 つまり価格の引き下げには価格の引き下げで対応するようになります。
 必要とあれば新しいマーケットにもどんどん進出します。
 こうなるともはや組織の戦略的な発想ではなく、単に環境に対して反応しているだけといっていいでしょう。
 この結果、組織としての戦略的な一貫性を失ってしまい、組織がもともともっていた伝統、強み、組織力も低下していきます。
 その会社「らしさ」のようなものもなくなってしまい、結局は市場での競争力も失っていくことになります。

<妄想症組織の特徴>
☆潜在的な強み☆
 会社内外に存在する脅威と機会に精通している
 多角化によってマーケット・リスクが低減される
☆潜在的弱み☆
 調和がとれた一貫性のある戦略にかける
 組織に不信感が蔓延し、トップの次の階層の役員とその部下たちの中に不安定さとしらけムードが同居している

 私もかつて、こんな会社に関わったことがあります。
 なぜそこまで? というほど危機感を持っていて、よくいえば注意深いのですが、競合他社が何か手を打つとすかさずそれと同じことをしようとします。
 極論すれば、競合他社の数だけ打つ手がでてくるわけですから、利幅は薄くなるし、余計な設備投資はかかるで、うまみのある業界でありながら徐々に業績が悪化していきました。
 人事制度に手をつけたのも「他社がやっているから」という雰囲気がありました。
 疑問を呈してみたことはあるのですが、「いやこれはトップの指示だから」という返事しか戻ってこなかった記憶があります。

★強迫神経症組織

<強迫神経症>
☆性格特徴☆
 完璧主義、些細なことにこだわる、ものごとをするのに他者が自分のやり方に従うことを強要する、人間関係を支配-服従関係と見る、自然さの欠落、ゆったりできない、せせこましさ、教条主義、頑固
☆幻想☆
 なすがままにはなりたくない、自分に関係することは全て支配し統制しなければならない
☆危険性☆
 自身の内部に志向性を持つ、優柔不断で先送りをする、失敗をおそれて回避的となる、計画された行動からはずれることができない、ルールや規則に極端に頼る、大きく全体をみることが困難

 すでにできあがっているやり方、儀式に強固にこだわるのが強迫神経症組織の特徴です。
 妄想症組織では外部環境への注視、対応が重要視されていましたが、強迫神経症組織では逆に内部のこれまでのやり方にこだわります。
 その分、内部のやり方は徹底的に標準化され、規則や手続きもきちんと整えられます(だからよけいに変わりにくい)。
 個人への統制も強く、管理のためのポジションが多く設定されるようになります。
 粛々と計画が執行されているのがよいのであって、不確実なこと、意外性というのは歓迎されません。
 ですから、計画を立案する際も意外なことが起こらないように、注意深く慎重に行われますし、実施にあたってもきちんとモニターされ、業績評価にも結びつけられます。
 結果的に管理者は不確実なものが起こることを避けるようになりますから、計画は前年を参考にした、大きな変化のないものとなりがちです。
 改革なんてとんでもありません。
 事業領域ではこれまでの領域にこだわり、トップクラスを目指します。
 コスト削減やこの領域での新商品の開発には熱心ですが、新しいマーケットへの対応という面ではとても消極的になってしまいます。
 先の妄想症組織は市場対応型なのでどんどんマーケットは膨らんでいきますが(そのせいでお手上げになることもあるのですが)、強迫神経症組織では局部集中戦であり、市場に変化が起きればこれに対応できなくてお手上げになってしまいます。

<強迫神経症組織の特徴>
☆潜在的な強み☆
 組織内部の統制がとれており、効率的な組織運営がなされている
 製品市場に対する戦略がよく統合され、焦点がはっきりしている
☆潜在的弱み☆
 会社の伝統にあまりにも固執しようとするため、組織の戦略と構造が時代錯誤的なものとなる
 物事があまりにもプログラム化されているので、官僚主義的な機能不全、硬直性、環境への不適切な対応が見られる
 影響力と自由裁量の欠如に対して、管理者が不満を抱く

 「間違いのない予算」を作ってくれと頼まれたことがあります。
 それを元に業績評価をするのだから、予算自体に信頼性がないと納得できないではないか-というのがその理由です。
 普通は前年をベースに環境要因を織り込んで策定します。
 しかしこちらでは全ての指標に「それが正しいという理由」を求められます。
 おっしゃっている趣旨は分かるんですけどねぇ‥‥

★残りは次回!

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