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ケンブリッジ大学経済学修士の実態

ケンブリッジ大学経済学修士とか大仰な名前をつけときながら、実際は何を勉強するの?私も受験時に知りたかったのですが、如何せんネット上に有益な情報がなかったので、今回はこのプログラムの実態をご紹介します!ざっくりとした評価だけ気になる方は、最後の「総合評価」をご覧ください。

経済学修士とは

経済学修士はアメリカの大学からすると、学士と博士の間の中途半端な存在ですが、イギリスではそれなりに普及しています。公的機関やシンクタンク等への就職を考えている方向けに、実践的な経済学の知識を身につけるためのプログラム、もしくは博士過程に進む前の下準備という立ち位置です

個人的なイメージですが、経済学の論文を大まかに理解することができ、既存研究の知見を生かして、計量分析といった分析を行うスキルを身につけることができますが、自ら研究(経済モデルを構築するなど)を行うことは難しいです。アカデミックな世界と公共政策といった実務の世界の橋渡し役みたいな印象です。

ケンブリッジ大学の特徴

経済学修士はどこも基本的に同じような教科書をもとに勉強します。なのでカリキュラムの違いは主に、プログラムの期間、選択授業の豊富さ、修論の有無に出ると思います。

ベンチマークとして、同じく英国のLSE(MSc Economics)とUCL(MSc Economics)を考えてみましょう。まず、LSEは短期集中型でプログラム期間10ヶ月、選択授業は1つだけ、修論なし(長めのエッセイのみ)。博士課程を考えている方向けなので、アカデミックな傾向の強いプログラムのように見えます。一方、UCLはプログラム期間12ヶ月、選択授業が豊富、修論ありで、カリキュラムから推察するに、より実践的なプログラムなようです。

ケンブリッジ(MPhil in Economics)の場合は、プログラム期間11ヶ月、選択授業は3つ、修論ありとなっています。カリキュラムの内容を比較すると、LSEのアカデミックな厳密性とUCLの実践性の中間に位置するプログラムのように思います。

ちなみに博士課程への進学を念頭に置いたMPhil in Economic Researchもケンブリッジにありますが、ここではMPhil in Economicsだけに話を限定します。

硬い話が続いたので、一旦ケンブリッジの牛の写真を見ながら休憩しましょう〜。

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カリキュラム

以下では、必須科目の(1)マクロ経済学、(2)ミクロ経済学、(3)計量経済学および選択科目で私が選んだ(4)ネットワークの経済学、(5)実証マクロ経済学、(6)応用計量経済学について簡単に説明します。

(1)マクロ経済学

Romerの"Advanced Macroeconomics" に沿って、マクロ経済学の基礎的なモデルをしっかりと理解することを趣旨とした内容でした。経済学的直感や、モデルの現実的な妥当性といった実践的な視点は多少欠けていた印象ですが、大学院で学ぶマクロ経済学としてはスタンダードな気がします。

(2)ミクロ経済学

①デジタルプラットホーム(GAFA等)の規制、②ロビーイング(政治経済学)、③環境問題の3つのテーマを通じて、社会問題に対するミクロ経済学の活用法を学ぶ授業でした。理論の習得より、経済学的直感を養うことに重きが置かれていました。ちなみに、こうした授業形式は2018年から採用されたようで、それまでは大学院生用の教科書に沿ったいわゆるスタンダードな内容となっていたらしいです。こうしたスタンダードな内容は、技術的な記述が多く、博士課程への進学を予定していない本コースにはそぐわないとして、現在の形式となったようです。

(3)計量経済学

学部生の教科書として使われるWooldridgeの"Introductory Econometrics"に沿い、最小二乗法から一般化モーメント法まで基礎的な内容を比較的短時間で網羅する内容でした。行列を使った記述やより厳密な証明を扱っている点が学部との主な違い。計量経済学のソフトウェアを使った実践的な内容ではなく、計量経済学の基礎理論を叩き込むスタイルでした。

(4)ネットワークの経済学

この分野の権威、Sanjeev Goyal教授の授業。運輸、金融業界やコミュニティーにおける社会的なネットワークなどについて、ネットワークの構造の違いがどのような経済・社会的な影響をもたらすかといったことを学ぶ授業。グラフ理論を基礎とした理論よりの授業でした。ネットワークの経済学を自ら駆使できるようになる、というよりは独学のための道筋を示してくれる初級編(といっても難しい)な印象です。

(5)実証マクロ経済学

マクロ経済変数における識別問題(主に構造VARによる推定)や、金融政策に関する理論と実際に焦点を当てた授業。VARをまわすためのコードをMATLABで書くなど、それなりに実践的な内容でした。

(6)応用計量経済学

差分の差分法、回帰不連続デザイン、操作変数法など因果推論に特化した計量経済学の授業でした。計量経済学の理論を学ぶよりは、直感的な理解に重きを置く内容でした。学部で扱うことが少ない手法について学べることができ有益だったものの、計量ソフトを使ったより実践的な内容であったらなおよかったと思う。

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(画像:Magdalene collegeの近くの桜。春ですね〜)

総合評価

各々のニーズによって、より厳密な経済学理論の修得を重視したLSE、またはより実践的なUCLが合うかもしれませんが、ケンブリッジは理論と実践の良いバランスを実現させたカリキュラムだと思います。

ただ、教育の質という点ではわりとフツウな気がします。教育には、良質な教育によって実際に頭がよくなるという「教育効果」と、そもそも頭が良い人がそれを学歴という形で証明することができる「シグナリング効果」があります。(コロナ禍の影響もあると思いますが)本プログラムの「教育効果」は主要大学の中ではわりと平均的で、どちらかといえばシグナリング効果の方が大きいでしょう。

なぜなら、分野にもよりますが、功績がずば抜けた教授が揃っているわけでもなく(そういう人は基本アメリカにいます)、内容は上記のようにスタンダード、教育方法も講義といった一般的な方法がとられているからです。本来は、教授と少数(もしくは1対1)の学生だけで議論する教育形式がケンブリッジの大きな特徴(Supervision)ですが、大学院生の場合はこれが実質ありません

あくまでケンブリッジ大学経済学修士が特別に良いわけではない、と言いたいだけで、引き続き良いプログラムだと思います(学部生の教育はsupervisionの充実度合いなどにより、教育効果が高いように思います)。プログラムとは別に、ケインズやマーシャルといった偉人が勉強していたという歴史的事実がモチベーションの向上につながるほか、カレッジという共同空間によって生まれる学祭的な意見交換は引き続きケンブリッジならではです。以上、参考になれば幸いです!

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