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アポなし父さん・後編 〜嗚呼、職人の絶望日記〜

レンタカーまで借りたのに、宇治市にある材料屋さんの出張期間と父のアポなし訪問が重なってしまった前回。

布屋さんが出張から帰ってくるという2日後の日曜に出直すことにした。

そして当日のお昼前である。
休日の気分でも味わいたかったのか、父が突然、
「自転車で行くぞ」
と言い出した。

僕は旅用自転車に乗っているので問題ないのだが、父のはごく普通のママチャリである。
しかも運動不足でポッコリお腹の66歳である。

とはいえ、往復30㎞くらいなのでなんとかなるだろうと出発した。

無事に麻の布を買ったあとで父は、
「ついでに西陣のお客さんとこに行く。」
と言い出した。

自宅のある山科から宇治までは、南北に一直線である。
しかし、宇治から西陣経由で山科に帰ると、大きく西にふくらむ遠回りをした上に、山を一つ越えることになる。

初耳であるし、自転車の場合は「ついでに」という位置関係ではない。

しかし父は、「そのつもりで品物持ってきてる。」
と、初デートで強引気味に距離を縮めようとする乙女の小技めいたものをくり出してきた。

もう一度確認しておく。
父の自転車は普通のママチャリであるし、運動不足でポッコリお腹の66歳である。

帰りの山越えが心配だ。


午後6時前、西陣の町家はすっかり冬の静かな暗闇に包まれていた。

「あったあった!ここや。
あれ? 電気ついてないな。おかしいな。」

ここで、またしてもアポなしであった事が判明する。

ようやくお客さんに電話をかける父。

「え?出張中ですか?」

おどろいたことに、2日前と同じく悪びれる様子がない父。
またしても、「不慮の事故であり、ままある災難。」
とでも思っているのかもしれない。

オッサン、有罪判決。執行猶予なし。である。



帰り道、父がヒーヒー言いながら峠を登っているのを尻目にサイクリングメーターを見てみると、その日の走行距離が50㎞を越えていた。


アポなし父さん・完

みなさまのご支援で伝統の技が未来に、いや、僕の生活に希望が生まれます。