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岩手の大自然で育った羊が、珠玉の料理やセーターに変わった

 現在暮らしている岩手県は、内陸部を北上川が北から南に流れ、その西に奥羽山脈、東に北上山地が横たわる。山また山の県で、昔には「日本のチベット」と言われたこともあった。

そんな県内を車で走っていると、ふと「イラクのクルディスタンにいるのだろうか」という気分になることがある。

特に、冬の冷たく感想した空気が、クルディスタンの冬を思い出させる。

だから、岩手で、クルディスタンではごくありふれた家畜の羊を飼育する人が増えている、と聞いても違和感がまったくなかった。岩手の風景には、羊の群れがよく似合う。

元々、岩手は日本の中でも羊飼育が盛んな県の一つだった。明治時代から昭和20年の終戦まで、軍隊の軍服や外套などを作るため、羊毛をとるための羊の飼育が行われていた。戦後も日本の毛織物会社が国内の農村を回って羊毛を買い付けていて、羊飼育も続いていたらしいが、1961年には羊毛の輸入が自由化されたことから、岩手でも衰退していった。

それが10年ほど前、減反政策などで使用されなくなった田畑の荒廃を防ぐため、羊を放牧しよう、という動きが始まる。羊の旺盛な食欲で田畑の荒廃ももとである雑草を除去してもらおうというアイデアだった。実行に移したのは、まさにクルディスタンのような山の斜面に集落や田畑が広がる奥州市江刺梁川地区の住民たちだった。

その後、飼育は同じ岩手の一関市の下大桑地区などにも広がっていく。荒廃防止だけでなく、食肉や羊毛としても活用しようという動きが当然出てくる。

岩手県当局は、こうした動きを後押して、いわゆる中山間地域の活性化につなげようと、「いわて羊」というネーミングを使って、ピーアールを始める。

こんなパンフレットを作って、県内外の関係者に配布している。これまでに2冊出した。このパンフには、県内の羊飼育家の様子を伝えるルポのほか、いわて羊を使った料理を出しているレストランも紹介されている。まず第1号のほうに掲載されたレストランと料理を紹介する。

盛岡市菜園の「リストランテ鹿澤」。パンフには、「いわて羊のオレンジワイン煮」が紹介されている。

遠野市の和のオーベルジュ「とおの屋 要」。インスタをみてみたが、羊料理はみあたらなかったが、パンフには「いわて羊のジェラシー(焼き餅)」のレシピが載っている。「すりつぶしたご飯と小麦を練ってつくられた餅に、やさしい味に煮られた後脚肉を包んだ焼き餅」だそうだ。

そして、東京・外苑前のフレンチ「フロリレージュ」。上の写真は鹿肉だと思うが、パンフには、「いわて羊ネック肉のコンフィ サンマとパプリカを挟んで」という料理のレシピが掲載されている。

第2号のほうには、岩手県内の羊飼育者を訪ねた、東京の3軒の店のシェフの手による3皿が紹介されている。

まずは、虎ノ門のイタリアン「ダ・オルモ」。上の写真の子羊はフランス産のようだが、パンフには、北村征博シェフ作の「いわて羊のロースト」が紹介されている。

そして、芝のイタリアン「樋渡」。上の写真の料理に羊は含まれていなさそうだが、パンフには、原耕平シェフの「いわて羊のラグー ひっつみ風」が掲載されている。ひっつみは小麦を原料とした岩手伝統の麺料理のこと。

最後に代々木上原の「クインディ」。上の写真は子羊料理のようだが、岩手県産かどうかは不明。パンフでは、「いわて羊のティピエド」が紹介されている。「薄切り羊肉をコンソメの中で泳がせ、表面だけ温めてレアに仕上げたイタリア版しゃぶしゃぶ」だそうだ。

岩手県内にはほかにも、いわて羊肉を活用しようというシェフが何人かいる。パンフには載っていないが、岩手県一関市千厩町のレストラン「あさひや」の原田良一シェフもその1人。

あさひやは「オムハヤシライス」が名物だが、原田シェフは、岩手の羊肉を食べるイベントで、ラムのタタキを握り寿司にして出したことがある。反応はさまざまだったらしいが、欧米にはタルタル、アラブ圏には「ケッベ・ネイエ」、トルコには「チーキョフテ」、韓国にはユッケがあることを考えると、羊タタキずしは何も不自然なことはなく、すばらしい食文化の創作だといえるだろう。

また、岩手県北上市のイタリアンレストラン「ときよじせつ」の小野寺シェフも、いわて羊肉を料理に積極的に使っている。春、4月ごろには子羊肉がはいってくるらしいので、チャンスを逃さず食べに行きたいものだ。

さて、第2号では、岩手県産羊毛の活用の動きも出ていることが紹介されている。岩手にはもともと、ホームスパンという英国から伝えられた手つむぎ、手織りの毛織物がある。昭和初期に始まったとされる岩手のホームスパンは現在も継承され、岩手県当局によると、「ホームスパンを生業とする工房・作家は10数組」だという。

以前は県産も羊毛も使用していたとみられるが、近年のホームスパンは、外国産の羊毛を使っていた。それが、ここ数年、県産羊毛を活用していこうという動きが出ている。県も「i-wool」という羊毛ブランドを作った。

パンフレットにも紹介されている工房「めーめーホームスパン」の木村加容子さんと木村つぐみさんの2人も県産羊毛を使った作品作りに取り組む。

木村加容子さんは、糸をつむく人、木村つぐみさんは織物を織る人。木村加容子さんのインスタグラムには、鮮やかだったり渋い色合いだったりといういわて羊の羊毛が多く掲示されている。

素朴という言葉では片づけたくない、岩手産羊毛の独特な風合いにはすばらしいものがある。

これはホームスパンではなく、いわて羊の毛を使った編み物。イランの遊牧民の女性たちが織ったラグ「ギャッベ」の背景にまったく違和感ないまま、溶け込んでいる。このカーディガンのデザインは、木村加容子さんが、ニットデザイナーの三国万里子さんの作品にインスパイアされて作ったものだそう。その辺の経緯は岩手県の県庁所在地・盛岡にあるセレクトショップ「ひめくり」のHPに書かれている。

それにしても、岩手県には、羊が似合う。さらに言えば、羊肉も羊毛もよく似合う。イラクのクルディスタンと岩手の風景が似ていると感じたのも、まったくトンチンカンな直感ではないのではないか、とだんだん思い始めている。

【ヘッダー写真は、トルコ・アナトリア半島アンカラ郊外のドライブインで食べた子羊の焼肉です】


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