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ある恋の始まり。

とある学校の、とある日の出来事。

【ホームルーム前】

「ねぇねぇ、山田やまだぁ」
眠気の抜け切らないHR前に、クラスメイトの小野実咲が話し掛けて来た。

「あんたさぁ、ナナミのこと好きでしょぉ」
ナナミとは、同じくクラスメイトの藤倉七海のことだ。

「はぁ?」
とりあえずしらばっくれてみる。

「いっつもナナミのことめっちゃ見てるじゃん。授業中とかガン見だし」

その通りだ。最低限ノートを取り、先生の話を聞いてはいるが、ほとんどの時間、藤倉七海のことを見ている。

「別に」
バレバレなのは承知で、もう1回しらばっくれてみる。

「うそだぁ。バレバレだって」
小野が言ったのとほとんど同時に、ホームルーム開始のチャイムが鳴り、席に戻る。


【ホームルーム後】

「ロックオンされたな」
親友の角田が話し掛けて来た。

一時限目までは5分しかないからか、小野は自分の席に座ったまま、何かを書いている。

「やっぱりそうなのか」
「あぁ、間違いないな」

小野は男子の間では“情報屋”と呼ばれていて、何ゆえかクラスも学年も関係なく、校内のゴシップなら全て知っているようなやつだった。

「まぁでも、お前って、モロだもんな」
「俺、やっぱモロか」
「そりゃそうだ」

藤倉七海はあまり目立つ方ではないが、レッサーパンダのような愛嬌のある雰囲気と、鼻にかかったアニメ声が特徴的な女子だ。何よりも、始業式後の自己紹介で「筋肉少女帯と江戸川乱歩が好きです」と彼女が言ったその瞬間に、僕の心は撃ち抜かれたのだった。

「まぁ、気をつけろよ」
一限目の国語の神田の足音が近づいて来て、角田は席に戻った。


【一時限目後 10分休み】

「ねぇねぇ」
小野が来た。

「告っちゃえば?」
唐突且つストレート過ぎる言葉に薄っすら殺意が芽生えたが、右の太腿をつねって僕は耐えた。

「何言ってんの?」
さっさと消えてくれ。

「いや、あんた達、わりとお似合いだし」
小野、良いこと言うかも。

「え?」
言ってることがわからない、的なふり。

「どっちも変人じゃん」
ニヤニヤしながらそう言った小野を、今度こそ亡き者にしてやろうかと思ったが、両の太腿を内出血するほどつねって、なんとか耐える。

そうこうしている内にチャイムが鳴り、小野は席に戻って行った。


【二時限目後 20分休み】

三、四時限目は体育で着替えがあるから、小野が来る事は無い。

今日の体育は持久走。球技はからっきしな僕だが、唯一持久走だけは得意なのだ。2組に分けての5km走。クラスメイトは皆一様に絶望的な声を上げていたが、僕は違った。

校外を10周して校庭に戻るコース。陸上部員もいるから途中までは競っていたけれど、校庭に戻る頃には独走状態だった。普段化学部の僕には、さすがに5kmという距離はキツかったが、校庭にいた女子の目線を独り占めした瞬間に、優越感に心が支配された。

横目に見ると、小野が藤倉七海に話し掛けている。嫌な予感しかしない。

大半の生徒がダラダラと歩いて校庭に戻り、体育の時間は終了した。


【給食】

こんな時に限って、僕と小野は給食当番だった。配膳の後、やはり声を掛けてきた。

「ナナミ、すごいねって言ってたよ」
さっきの持久走のことだ。
「へぇ」
嬉しさを噛み殺し、平静を装う。
「山田のこと、どう思う?って聞いたんだ」

「はぁ!?」
今度の今度こそ、残った味噌汁全部、頭から掛けてやろうかと思ったが、踏みとどまる。

「ヤマダー、オノー、席戻れー」
担任に言われて、それぞれの席に散った。

給食はワカメご飯とキノコの味噌汁、サバの味噌煮にきんぴら。そして、他の献立と全く合わない、問答無用の瓶牛乳だった。

【昼休み】

小野に絡まれる前に、角田を連れて校庭に避難。

「なぁ、なんかさっき小野が藤倉にメモみたいの渡してたぜ。何だろうな」
「全然わからん。何を企んでるんだ」
「思い当たりは?」
「いや、無い」
「そうか。まぁ、気をつけろよ」
「あぁ」

ミステリー小説のようなやり取り。まぁ、僕にとって一大事なことは間違い無い。


【五時限目 授業中】

間に3人の女子を経由し、何やら小野からメモが回って来た。

“脈アリ”とだけ書かれていた。

「ふざけんな」
思わず声に出してしまい、近い席からの視線を集めてしまったが、首を振って、とりあえずごまかした。

何かが動いている。そう思った。

藤倉七海は何事も起きていないかのように、いつも通り真面目に授業を受けている。しかし、間違いなく、何かが動いている。


【五時限目後 10分休み】

小野が来た。

「印象、悪く無いっぽいよ。どうする?」

なんなのこいつ?どうするって何だよ?本当に良い加減、スカートめくるどころか下に降ろしてやろうか!?

「趣味合いそうだし、友達になりたいって」
ん?

「え?」

「だぁかぁらー、アンタと友達になりたいって。ナナミがそう言ってんの」

小野様。あなたは神ですか?

「へぇ。そうなんだ」
意味の無いスカシをかます僕。

「あ、興味無いんだ?せっかくLINE交換の話までつけてあるのに」
「あ、嘘です。小野様。神とお呼びしてよろしいでしょうか」
神が僕の元に降臨したのだ。
「うむ。くるしゅうない」

こうして僕は、小野の軍門に降った。


【六時限目後 HR中】

小野様からメモが回ってきた。

“放課後、校門の前に集合”

「御意」
そう心の中でつぶやいた。

【放課後】

HRと掃除が終わり、言われるがままに校門の外に出た。小野と藤倉と、何故か角田もいる。

「なんで角田も?」
純粋な、僕の疑問。
「よくわからないけど、見届け人だってさ」
「不純異性交遊に発展しないようにね、アタシたちもLINEグループ入るから」

不純って。そりゃいろいろと想像はしますけども。まぁ、ね。何も言うまい。言いたいことだらけだが。

こうして4人のグループLINEが作られた。
藤倉七海に「よろしくね」と声を掛けると、笑顔で頷いてくれた。


【帰宅後】

さっさと宿題を済ませ、せっかくなので初めてのLINEを送ってみた。不慣れな感覚で、スマホを操作する指先が微妙に震えた。

「筋少のアルバム、どれが好き?」
ずっと聞きたかった質問だ。

しかし、しばらく返信が来なかった。LINEの返信を待つ事にこんなにもヤキモキするなんて、初めての経験だった。

返信が来たのは2時間以上が過ぎ、晩ごはんを家族と食べ、部屋に戻った時だった。その間僕は、ずうっと、着信音を心待ちにしていた。

“ごめんなさい。ピアノの練習してて気が付かなかった”

良い趣味だ。似合ってるし。それなのに筋少と乱歩が好きとか、本当良い。

連投でLINEが来た。

“UFOと恋人”
アルバムのタイトルだけが帰って来た。

俺、やっぱりフジクラのこと好きだ。そう思った。

ありがとう、小野。様。

あと角田、お前、邪魔。

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