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2022年3月の記事一覧

我慢強さ

移ろうものの前に座り
膝を抱えて背を丸めながら
じっとじっと見ていられるほど
我慢強くはない目玉が植わっている

家の前のドブ川に沿う
ガードレールに腰掛けて
ポケットに手を入れ
持たされなかった鍵を弄びながらも
痛みの父母は生であることを
幼い頃は思い描けず

依頼

目をつくっていただけませんか
光を閉じ込めることのない
暗い色で塗りたくられた目玉です
深く深く潤った目玉です
どうしても見たくてたまらないんです
だからどうか
見せていただけませんか
空っぽな目玉を
つくっていただけませんか

始めない

始まりとは終わりであって
始めることは終わらせることなのですから
決して始めてはならないのですよねと
石に向かって苦く笑いかけながら
指先に溜まっていく老いた心音を
浅く握り締めるほかありません

宛先

見えない字で書いた手紙があるのです
引出しの奥で束になって眠っているのです
切手は持っているのですが
宛先だけがないのです
だからどうか教えてください
宛先を

形状

肉の形状が精神の喉を通ろうとするたび
心はむせてえずき
震えながらも涙を拭い隠して
ほかの肉に向かって笑みを浮かべる

ない

結局言葉を並べているだけで
なにも再現できずに
理想だけが
ただ腕を広げて微笑んでいる

空箱

箱を開けてみて
中身がないことに遠く微笑み
閉じて次の日もまた汗ばんだ手で
箱を開けての繰り返し

誠実

川も月も草も土も
街灯も
コンクリートだってそう
言葉を使ったりはしないから
だから誠実なのです

想起

 覚えているのは言葉です。思い出しているのも言葉です。過去というものそれ自体を覚えているわけでもなければ、思い出しているわけでもない。再現できるのは、想起できるのは言葉であって過去ではないから、だから苦しいのです。

べったり

 詰まりかけのシンクが、流れていかない薄い水が言うんです。何かを見ようとしている目、その目の焦点は合わないものだと。曖昧な視線だけがその何かを見ようとしていると。まっすぐな目玉に何も感じないのは、その目が恣意と概念と乱交しているから。それを見せびらかしながらも平気でいるから。虚ろに輝く、色のべったりと塗られた瞳だけが何かを映そうとしている。だから震えるくらい、そうした目に指を入れたくなるんだって。

もっとみる

虚ろな

なにかを映してはその水面に閉じ込めて離さない目玉よりも
なにひとつ映ることのない虚ろな瞳のほうに
ずっとずっと目を奪われるんです

狂い

心臓に詰まりを感じながらも
狂っていると思えないのは
この肉が狂っているからでしょうか
それとも狂っていないからでしょうか

大丈夫

どれだけ声を出そうとしたところで、叫ぼうとしたところで、周りに聞こえたりはしないんですから、同じような耳を持った遠くの人にしか気配はゆかないんですから、だから大丈夫、言葉、絞り出そうとしていいんですよ。