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ぽっかり空いた心のあなをどうすればいい? #ドラマ「うきわ」

雨の日のベランダは違う匂いがする。

時々草が雨に濡れた匂いがするとかって

言いながら、ベランダで恋なんて

ありなのかよって大門坂美恵子は

つぶやいた。

パソコンの中にしか人生がないような

気がして。

そんなことは今に始まったことじゃ

ないけれど。

パソコンを開いてどこかにログイン

しなければ、大門坂美恵子は存在しない

かのように、一人の部屋はまぎれもなく

ひとりの匂いがしていた。

大門坂美恵子が、最近はからずも夢中に

なって(しまいそうになって)いるのは

『うきわ』だ。

うきわだよね。


はじめてこのひょろっとしたオープニングの

タイトルの3文字を見た時、ひっかかった。

あざと系の糸にからめとられた。

うわきだと思った。

ま、狙っているわけだけど。

うきわの2文字目と3文字目をくるっと

ひっくりかえしただけなのに。

ようできてるな~って

見つけた人天才やねって思った。

このマジックワードを見つけた人は

漫画家の野村宗弘さんだった。

大門坂美恵子は岡崎京子と松本大洋の

ヘビーユーザーだったけど彼のことは

はじめてこのドラマの原作者として知った。


うわきも浮気と書けばなまなましいが。

ひらがなだとするっと逃げられる。

これはぎりぎりの恋なのだなって

美恵子は想った。

恋という字をみてもなにも思わんし。

ほとんど我とは無関係な出来事のように

遠ざかっていた。

別段それが悲しいわけでもない。

切ない思いに駆られていた頃がうっすら

輪郭をもたげているぐらいの感傷で。

今そばにおいしいてんこ盛りが差し

出されれば、すぐに飛んでゆくだろう。

主人公の麻衣子は夫と広島から社宅に越して

きたばかりで、隣には夫の上司二葉さん夫婦が

住んでいる。

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ふたりが心の支えとしてお互いを意識し

始めた舞台となったのは、マンションの

ベランダだった。

二葉さんはタバコを吸うためにベランダにでる。

麻衣子は、夫の㋒㋻㋖が気になっていて。

ただぼんやりと風に吹かれたくてベランダに

でる。

そして互いの気配を隣に感じるのは、

マンションのパーテーション越しで。

その壁があるから故に、隣にいるであろう

二葉さんを色濃く感じられる。

そして会話は声と吐息と会話の間だけだ。

大門坂美恵子は、ふと自分の部屋の

ベランダに出てみる。

隣りは誰が住んでいるなんて正直知らない。

ドラマじゃないんだからってツッコミながら。

ちょっと夢想するのだ。

『うきわ』を見ている誰もがいちどは、

そんなことねーわって思いながらも、ちょこっと

ベランダに出てみたりしているんじゃ

ないかって。

大門坂美恵子もしばらく夜風に吹かれていた。

夜風がまだ生ぬるい。

ベランダの手すりもまだ生暖かい。

ドラマの中では、このベランダのパーテーションが

ツボで。

大門坂美恵子にとってもツボだった。

ある時麻衣子さんは、夫のあれこれで

ベランダで泣いていた時にそっと隣のベランダに

いた二葉さんはそっとティッシュをケースごと

ベランダのパーテーションの下から渡した

ことがあって。

泣きじゃくりながらそっと受け取る麻衣子。

だからさ、って大門坂美恵子は想う。

そんなやさしさに触れたことないんだよって

ツッコミながら。

鼻をすすりながら泣いている時に

大門坂美恵子のそばにいてくれたのは

年老いた黒猫だった。

太ももの側にぴったりと寄り添って顔を

見上げてにゃーと鳴いてくれたことを

思い出す。

麻衣子って人はぼんやりしていてちょっと

律儀だ。

ティッシュのお礼にある日、やはり

そのベランダの壁の下の隙間からこの間の

お礼ですと、ドーナツを手渡す。

ティッシュのお返しするんかい!

とツッコみながらもそういう麻衣子の

振る舞いは嫌いじゃない。

顔が見えんとようわからん

麻衣子は広島弁でぼそっとつぶやく。

二葉さんがどんな顔でドーナツを

食べているのか知りたいみたいだ。

大門坂美恵子も、誰ともなしに

顔が見えんとようわからん。

と同じように誰にでもなく何にでもなく

ひとり呟いた。

そしてあのドーナツは浮き輪なのだと

気づいた。

溺れそうになっている誰かを救う

浮き輪のようなドーナツなのだと。

ドラマの中ではパーテーションの文字が

主役のようにクローズアップされることが

ある。

そして、美恵子はなんの変哲もない

パーテーションに書かれている同じ文字を

目で追って声にする。

緊急時にはこの壁を突き破って隣にお逃げください

ドラマの中では

これ、ほんとうに突き破れるんですかね

と、麻衣子が言う。

今は、緊急時じゃないでしょう

二葉さんが笑って言う。

そうですね、今は緊急時じゃないですね

麻衣子が、しぼんだ感じのうつろな心で答える。

大門坂美恵子は正直なところこのふたりの

恋がどうなるのかに興味はない。

このドラマを好きなのは。

こういう日常の隙間というか、淵というか

ふちに見えないぎりぎりのところに人は

時々立たされることがあって。

ひとにとっての心の中の緊急時はいつだって

やってくることを、かつて知っていたような

気がしたことに気づかされたからだった。

大門坂美恵子は、ベランダで伸びをする。

黒猫が尻尾をふまれた時の声みたいな声が

でておろおろっと声を潜めた。

ふと、マンションのベランダに吹く

風の重たさがちがうような気がした。

何処からか新しいタバコの匂いが

漂ってくるのがわかった。

             (今日は大門坂美恵子という架空のキャラに
              ドラマ「うきわ」を語らせてみました。
       過去2回の記事はコチラです⇊)



フラジャイル 箱にはられた シールみたいに
黄昏は みためよりも ふらじゃいる



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