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友だちホイホイ

都会のアパートで一人暮らし。
街で行き交う人は多いのに、私には友達がいません。

仕事は楽しいけど、なにかが足りない。
そんな虚しさは、きっと友達がいないからです。

それに最近は、職場とアパートを行き来するだけの暮らしにも、少し飽きてきました。

そんなある日、楽しそうなことを思いつきました。
それは、美味しそうな料理の香りを漂わせること。
できれば、アパート中に!

そして、匂いにつられて訪ねてきた人と、友だちになろうと思ったんです。

ただ問題は……。
私は料理ができません。

温めるとか、お湯を注ぐとかならできますが……うーん。

できないことをやろうと思ってもむずかしい、ですよね。

そんなわけで!

少し恥ずかしいのですが、レストランのテイクアウトを利用することにしました。

とにかく美味しそうな匂いを漂わせる。
そして、匂いにつられて訪ねてきた人と友だちになる!

名付けて「香りで友だちホイホイ作戦」です(笑)

我ながら俊逸なネーミング。
それに何より楽しそう!

それから毎晩、わざと美味しそうな料理の香りを漂わせました。

今日はステーキ、明日は焼き肉、その次はビーフシチュー。
とにかく美味しそうな匂いを部屋から出しまくります。

え?
お金?

そこはご心配なく。

さて、毎日美味しそうな匂いを漂わせた甲斐があったのか、少しずつ私の料理が話題になってきました。

最近では隣人たちが料理の匂いに魅了され、私の食事が気になっているようです。


そんなある晩、隣人のチカが私の部屋をノックしました。

「こんにちは、美味しそうな料理の香りがしていますね。何を作っているんですか?」と彼女が尋ねます。

私は微笑みながら誤魔化しました。

「いえ、ちょっとしたアイディアを試しているだけです」と。

そんな私をよそに、チカは興味津々で次々質問をしてきます。
「どんな料理ですか?」とか「すごく美味しそうな香りですね」とか、次から次へと。

でも、私は答えません。
「試作なので」とかいって、誤魔化します。
ホントはテイクアウトなのに(笑)

チカは残念そうな顔で、「そうですか」と言って帰っていきました。

さぁ、やっきました友だちホイホイ第一号!
ここからどうやって友だちになるのかが、私の腕の見せ所です。

どうですか?
ワクワクしてきますよね?

それから、チカは頻繁に私の部屋へやってきました。

「今日の料理は?」
「今日もいい匂いがしますね」

そんな、なんでもない会話を繰り返します。
チカは部屋に入りたそうにしますが、そう簡単には行きません。

焦らして焦らして、焦らしまくってやるんです。

そんなことを何度か繰り返したある日の夜。
私はついに、チカを部屋へと招き入れました。

嬉しそうに、興味深そうにキッチンを見るチカ。

「あれが、いい匂いの元だよね」

チカが目を輝かせながら聞いてきます。

「そうだよ。いい匂いでしょ?」
「うん、すっごく」

チカの口元から、ヨダレが垂れそうになっています。

私はクスクスと笑いながら言いました。

「たべる?」
「食べる!」

子供みたいな笑顔で応えるチカ。
私は出来立ての料理をチカに振る舞います。

「美味しい! なにこれ、すっごく美味しい!」

満足げな表情を浮かべるチカ。

(散々焦らしたからね、そりゃ美味しいさ)

なんて思いながら、美味しそうに食べるチカと楽しいひと時を過ごしました。


そして、チカとは一緒に食事を楽しむ仲になりました。

友だち第一号です(笑)


そんなある日のこと。
食事を楽しんでいる最中に、チカが言いました。

「あなたの料理は本当に美味しい。実は有名レストランのシェフじゃないの?」

私は照れくさそうに笑みます。
そして、真実を告白しました。

「プロじゃないよ。実はね……この料理はレストランのテイクアウトなんだ」

チカは驚いた表情を浮かべましたが、すぐに笑顔に戻りました。

「本当に? 何度も食べてるけど、全然気が付かなかった。でもなんで? なんでわざわざテイクアウトなんて……」
「ふふ、それはね……」

私はチカに友だちホイホイのことを話しました。

「なにそれ面白い! 友だちが欲しくてわざわざテイクアウトしてたなんて。あれ? まって? ひょっとして……私はあなたに捕まったってこと!?」

私はニコっと笑いました。

〈了〉

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