【映画】「劇場版 アナウンサーたちの戦争」感想・レビュー・解説

まったくノーマークの作品で、映画の存在さえ知らなかったが、なかなか面白かった。「劇場版」というタイトルをあまり気にしていなかったが、どうやら元々はNHKのテレビ放送だったようだ。それが映画版として再編集されたということだろう。「役者がかなり豪華なのに、どうしてこの映画の存在を知らなかったんだろう」と思ったのだけど、そういうことならなんとなく理解できる。

東日本大震災の時だったと思うが、こんなエピソードを耳にしたことがある。地震発生直後、「津波の心配はない」という発表が恐らく気象庁からあり、もちろんテレビのアナウンサーもそれを伝えた。しかし実際には凄まじい津波がやってきて、大勢の命を奪っていった。

そして、「津波の心配はない」と伝えてしまったアナウンサーが、大きな後悔を背負っている、というのだ。

そのアナウンサーは、別に「嘘」を報じたわけではない。結果として誤りだったわけだが、報じた時点では「真実」だった。しかしそれでも、自分が「結果として誤りだった情報」を伝えてしまったがために、逃げ遅れて命を奪われた人もいるのではないか。そのように考えてしまったのだと思う。僕はこのエピソードを聞いてから、地震が起こる度に、アナウンサーの「津波の心配はありません」という言葉に意識が向くようになった。万が一これが間違った情報だったら、それを伝えている人は何を背負うことになるのだろうか、と。

そして、「結果として誤りだった情報」を伝えた者でさえ、大いに葛藤するのだ。であれば、「嘘だと分かっている情報」を伝えた者たちは、もちろん大いに葛藤したことだろう。

戦時中の日本放送協会(現・NHK)のラジオ放送を担ったアナウンサーたちの物語である。冒頭で、「事実を基にした物語」と表示されるし、登場する日本放送協会職員は全員、実在の人物のようである。

物語は、世の中がきな臭くなる前、1939年から始まる。愛宕山にあった日本放送協会が日比谷に引っ越し、ラジオを通じてニュースやスポーツを国民に届けていた。そして、本作の語り部であり、日本放送協会にアナウンサーとして入社した実枝子が初出勤したその日、日本放送協会内でテレビの受信実験が成功した。

その場には、日本放送協会を代表する名アナウンサーが揃っていた。「カラスが1羽」で有名な松内則三、二・二六事件で「兵に告ぐ」と発した中村茂。往年の名アナウンサーの中で、気鋭の新人と目されているのが和田信賢である。彼は「最強のアジテーター」と評される人物で、スポーツでは、その熱い実況によって一体感を作り上げていた。オリンピックで実況をするのが夢なのだが、1940年に開催が予定されていた東京オリンピックは返上となり、彼は、自身のアナウンスメントを遺憾なく発揮できる場を探しあぐねていた。

和田は弱いのに酒ばかり飲んで昼間は酔いつぶれていたり、新人研修でもほんの僅か喋って帰るなどやりたい放題だったが、「虫眼鏡で調べ、望遠鏡で喋る」という彼の信念は本物で、局内でも一目置かれていた。そんな彼が、日中戦争でなくなった英霊を靖国神社で鎮魂する「招魂祭」で行った実況には誰もが度肝を抜かれ、「我が道を行く」というスタイルを貫いていた。

そんな中、日本は「情報局」を設立、新聞・雑誌・ラジオの情報統制を強化することにした。もちろん、日本放送協会もその中に組み込まれた。「女性の声では指揮が上がらん」と言われ、実枝子は活躍の場を奪われてしまう。他の者たちも、「国民を高揚させるような読み方をしろ」「アメリカを敵と思わせる放送をしろ」という情報局の要請に、議論百出だった。

そうして、1941年12月8日を迎えた。日本放送協会は、アメリカへの宣戦布告(真珠湾攻撃)を伝えた。こうして一気に、戦局が激しくなっていく。日本放送協会は「大本営発表」を伝えるだけではなく、アジア各国に170名を超える職員を派遣、100を超える放送局を立ち上げ、「電波戦争」に従事したり、日本文化の普及に務めたりしたのである。

時には、「嘘」であることを知りながら、その情報を電波に載せたのだ……。

というような話です。

さて、まず1つこの点に触れておく必要があると思うが、NHKが日本放送協会について描いており、しかも戦時中とは言え「恥部」と呼べる事実を扱っているわけで、どこまで事実を正確に描いているかはなんとも判断しがたいと思う。この点に関しては、どこまで言っても留保はつきものだろうと思う。

ただ、あくまでも僕の感想だが、本作は「実在する人物を実名で描く物語」でありながら、人によってはどちらかと言えば「悪い印象」で描かれる。それは結構勇気の要る描き方ではないかと思う。なんとなくだが、子孫の承諾がなければなかなかそのような描き方は出来ない気がするし、とすれば、現実を可能な限りリアルに描き出すためにかなり奮闘したのではないか、と想像できるように思う。まあ、実際のところは分からないが。

さて、「戦争」を扱った作品はそれこそ山程あるだろうが、「アナウンサー視点」というのはなかなか珍しいように思う。当時は民間の放送局などなかっただろうし、テレビ放送もまだ広まっていない。つまり、活字メディアを除けば、「日本放送協会のラジオ」が唯一、「公式の情報源」として存在していたというわけだ。今の僕らには、それがどういうことなのかなかなか想像しにくい。現代はありとあらゆるメディアが氾濫しまくっているので、「誰もが同じ放送を聴く・観る」なんてことはほぼなくなったからだ。

そしてだからこそ、そんな時代にラジオアナウンサーとして活躍した者たちの影響力も、僕らにはなかなかイメージしにくい。例えば、ツイッターの日本一のフォロワーは前澤友作らしいけど、僕は彼のツイートを観ていないし、YouTube・Instagram・TikTokなどそれぞれに一番多いフォロワーの人がいるだろうが、その人たちの発信を僕は見ていない。僕はテレビを結構観ているけれども、テレビを観ない人は多くなったようだし、やはりどう考えても、「誰もがその人からの発信を受信している」みたいな人は、現代ではやはりあり得ないだろう。

そんな凄まじい影響力を持っており、自分たちがそのような大きな影響力を持つことを理解しているアナウンサーたちが、「戦争」という状況において様々な葛藤を繰り広げるのだ。

和田は結果として、開戦と終戦、どちらにもアナウンサーとして大きく関わった。

真珠湾攻撃の日、宣戦布告の事実を伝えたのは同僚の館野守男だったが、その日当直(なのか?)として和田も残っており、館野がマイクに向かって喋る中、「勢いが足りない」と、即興で「軍艦マーチ」のレコードを放送に乗せた。猛々しい雰囲気と共に、放送によって国民を鼓舞しようというわけだ。

そして終戦直前、前日本放送協会会長で情報局の局長になっていた下村宏は、和田にある頼み事をした。玉音放送を分かりやすく噛み砕いて、国民を鎮めてくれ、というのだ。それが出来るのは君しかいない、と。

終戦直前まで、日本放送協会の面々は「一億玉砕」を放送で伝え続けた。それを受け、「戦争が終わった」と伝えても、各地で軍人が反発し戦いを継続させようとするかもしれない。だから、それを君の声で抑え込んでほしい、というわけだ。

下村はそれを伝える際、和田に「私も君も、殺されるかもしれない」と言っていた。「お前たちが煽ったんだろう」と逆恨みされるかもしれないというわけだ。「それでも、引き受けてくれるか」と下村は言うしかなかった。

「覚悟」という意味では、1943年10月21日に行われた「出陣学徒壮行会」も凄まじかった。詳しくは触れないが、和田は「自らの信念」と「果たすべき役割」との間で凄まじい葛藤を繰り広げることになる。

僕はこういう作品や場面を観る度に、「同じような状況に立たされた時に『NO』と言える人間でありたい」と思う。しかし同時に、それはとてつもなく困難なことなのだろうとも思う。これまでにも、物語やドキュメンタリー、ノンフィクションなどで、「『信念』と『役割』が衝突する際の困難さに直面した人たち」のことを観たり読んだりしてきた。映画や本で取り上げられるのだから「凄い功績を持つ人物」であることが多いだろうが、そういう人たちであっても、そう簡単には状況に対処出来ずにいるのだ。

みたいなことを、多くの人はもっと認識した方がいいだろうな、と考えている。僕が漠然と頭の中で考えているように、「戦争になったら逃げる」「理不尽な状況に立たされても毅然とNOと言う」みたいに出来ると想像している人も多いかもしれないが、やはりそれは想像でしかない。たぶん無理だろう。そう簡単じゃないはずだ。そういうことを認識するためにも、こういう物語は定期的に摂取すべきだなと思う。

本作はとにかく、森田剛が圧巻だった。映画の最後に、和田信賢の享年を知った時、「森田剛が演じるには年齢が釣り合わないなぁ」と思ったのだけど、それ以外は言うことないという感じだった。「最強のアジテーター」と評されるほどのアナウンス能力を持っている役ということもあり、アナウンスの練習もかなり積んだのだろうと思う。声の力強さも印象的だったし、また、様々な場面で見せる「葛藤」には、染み渡るような辛さがにじみ出ていて、良い演技をするなぁ、という感じだった。

さて最後に。やはり忘れてはならないのは、「状況次第では、メディアは嘘をつく」ということを認識しておくということだ。ここで言う「状況」とは、決して「戦争」に限らないし、「メディア」も決して「大手メディア」に限らない。「情報量」も昔と比べたら莫大だ。私たちは益々、「情報の真偽」に注意しなければならない時代にいるというわけである。そういうことを常に意識しておく必要があるだろう。

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