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父が死んだ日からの悲喜こもごも⑦/山のてっぺんで感嘆符

1、消えた火葬許可証

みんなが父とのお別れを惜しんでいる間に(あら、口が開いてる…とは誰も言わなかった)、その少し前に起きた奇怪な事件をひとつお話ししておこう。

この後、出棺して火葬場へと移動するのだが、火葬するには役所に届けた死亡診断書と死亡届、火葬許可申請書によって発行される火葬許可証が必要になる。

姉も私もこれに関してはノータッチだったので、手続きを代行した葬儀社が母に渡してあるのだと思っていた。ところが葬儀当日、母が慌てている。

「火葬許可証がないっ!」

「葬儀屋から誰が渡されたの?」

もしかすると葬儀社はお兄ちゃんに渡したのかもしれない、と真っ先に兄を疑う。背だけ高く目立つので、サッと見つけて渡したのかもしれないと思った。

「俺じゃねえし。そもそも帰って来たの、通夜ギリギリよ、俺」と兄。

そうだった……。ほんとギリギリだったよね。

「じゃあ、誰?」と母。

いやいや、誰も渡されてないってことは……。

益々パニックに陥る母を見ながら、「また無意識にどこかへ仕舞い込んでいるはず」と内心思った。母は日常でも「倉庫の鍵がない」「車の鍵がない」「あの書類がない!」と、ほぼ毎日言うからだ。だが貴重品を入れたバッグや前日着ていた服のポケットなどにも入っていないと言う。「ああ、どうしよう……誰が渡されたん?」と、さらに慌てる母。「いや、誰も渡されてないよ。どっかあるって」と子ども一同。時間が迫っているのに、全員で火葬許可証を探すことに。

「あっ! 葬儀屋に聞いてみる」と母が言い出したがいろいろな人が出入りしていて、葬儀社の担当者もすぐには捕まらない。そうこうしているうちに、火葬場に持っていく荷物のひとつ、骨壺が目に入った。

「まさか、あれに入れたんじゃ……」

まさかだった。壺の中には、無雑作に折り込まれた火葬許可証が入っていた。

「あった!」

私たちは胸をなでおろした。これが無ければ火葬できないのだ。

「ほんとにもう、誰よ、こんなところに入れたのはーーー!!」と、母が怒りはじめた。

子ども全員「たぶんあなただと思います」と心の中で呟いていたが、絶対否定するので何も言わなかった。バタバタしているとき手渡されれば、自分だってこうなるかもしれない。誰も責められない。


2、ここはどこ!? モダンな美術館?

位牌を母が持ち、遺影を兄が持って霊柩車へ。姉と私は送迎バスに乗り込む。向かった先は山の上の火葬場。今まで火葬場まで行ったのは祖父が死んだときの一度きり。あまりにも辺鄙でどんよりとした寂しい場所だったので(ドラマや映画に出てくるイメージと同じ)、「人間は、死んだらひっそりと山のてっぺんから煙にならなくちゃいけないんだ」と子どもながらにうら悲しい気持ちになった。

本当は父が好きだった近所の海岸へと遠まわりしてほしかったが、頼んでもそんな粋なことをやってくれるような葬儀社ではないので、早々に諦めた。

バスはどんどん坂道をのぼり、山へ山へと進む。

どれぐらい上っただろうか。そこにあったのは、一面ガラス張りの立派な建物。緑に包まれ、海が見えた。開放感あふれるロビーと、畳の間を配した洋室の待合室。静かな環境であることは同じでも、子どもの頃に見た火葬場とはまったく違う。“死”に対する考え方は、あの頃とずいぶん変わった。

「へぇー、今どきの火葬場はこんな感じなんやのう」と、親戚のおじさんもびっくりしていた。みんな思わず、ロビーからの景色を写真撮っちゃったよ。

3、待ち時間は質問攻め

火葬炉の前で最後のお別れをし、再びご僧侶の読経がはじまった。

骨上げまでは1時間以上かかると聞いたので、しばらくゆっくりすることに。隣のおばちゃんから「湯呑みもポットも全部揃っているから、ちょっとお菓子を持っていったらいい」と事前に教えられていた。きれいな待合室があることも家族は全然知らず、おばちゃんに教わったのだ。前日に大量の(不足は禁物なので)あられ系、チョコ系、バームロールのファミリーパックなどを用意。酒の手配大失態の二の舞になると困るので、叔母に預けて運んでもらった。

普段集まらない母方と父方の親戚。そこに、さらに滅多に会えないお兄ちゃんがいるため、全員が彼を質問攻めだ。

「〇〇くん(兄)、今どの辺に住んでるの?」(私もお兄ちゃんの住んでいる正確な住所を知らない)

「〇〇くん(兄)、仕事どんな感じ?」(私も兄ちゃんの仕事内容の詳細は知らない)

「〇〇くん(兄)、食べもの何が好きなの?」(この質問、初歩的すぎる 笑)


兄は基本、聞かれたことには答えるが、自分からしゃべることはほとんどない。ピンポンのように会話が成り立てばよいが、1往復で終わることも。するとまた、誰かが次の質問をする。

その横で私は、認知症の症状が悪化しつつある叔父の話にひたすら相槌を打っていた。何度も繰り返される話を聞き、叔父に問われたことに答えながら、父が認知症による幻覚症状に悩まされていたことを思い出していた。

人の最期って、何が正解なんだろうか。


***

次回は、「緑色に光る物体」「最後に見えた海」などをお送りします。もう少し続きます……。

大変おこがましいけれど、登場人物は父(橋爪功さん)、母(白石加代子さん)、姉(小泉今日子さん)、叔母(高畑淳子さん)、親戚の夫婦(北村有起哉さん、坂井真紀さん)、兄(大泉洋さん)、私(水野美紀さん)、 僧侶(田山涼成さん)、葬儀社の人(池谷のぶえさん、野間口徹さん)、追加キャスト・叔父(不破万作さん)の超豪華メンバーで変換&お送りしております。ドラマ脳で、ほんとすみません!

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