見出し画像

映画『女優は泣かない』/誰にもある挫折と葛藤をコミカルに、ほろ苦く。



舞台は九州の小さなまち

荒尾を舞台にした映画が公開されると聞いたのは、いつだったか。

「なんで荒尾!?」

荒尾といえば万田坑とグリーンランドとマジャッキーぐらいしか浮かばないため、第一声がこれ。メガホンを取った有働佳史監督が育ったまちだと知り、納得した。

ちなみに万田坑もグリーンランドもマジャッキーも、この映画には登場しない。出てくるのは、九州でおなじみのファミレスや地元の高校だ。

(以下、映画の内容を一部含みます)

主人公は、スキャンダルで仕事を失った女優・園田梨枝。事務所は、彼女の復帰作として密着ドキュメンタリーを用意する。梨枝は、撮影のため10年ぶりに故郷の熊本へ。だが空港で待っていたのは、ドラマ部志望の若手ディレクター・瀬野咲ただ1人。こちらの彼女も、同期が次々と夢を叶えていくなかで焦燥感に駆られる崖っぷちディレクター。

人生うまくいっていない者同士で意気投合することは一切なく、出会ったときから衝突して撮影はうまくいかない。また梨枝は父親と大喧嘩の末に上京した過去があり、家族に内緒で帰郷していた。だが、小さな町では彼女が戻ってきたことが広まってしまう。

想定内の展開なのに涙ぽろぽろ

これは2人の人生リスタートの物語。家族との確執を含め、なんとなく展開が読める話である。それにも関わらず、終盤は涙を流しては拭い、流しては拭い……の繰り返しだった。私の涙腺、最近ゆるすぎる説……。

主人公は「女優」という特殊な仕事をしている人物だけれど、仕事での葛藤や挫折、意地、家族間のわだかまりなど、生きていれば誰もが多かれ少なかれ経験することが描かれている。地方から出てきて夢を追い、叶えてもそれを維持し続けるのはたやすくない。才能のある人間なんて、ほんの一握りだ。

悩んだ末に芽生える梨枝と咲の覚悟や、梨枝に訪れる故郷や家族に対する心境の変化。私には「地元の人からは“故郷を捨てた人”と思われているのだろうな」という漠然とした疎外感があるため、劇中に登場する梨枝の同級生の猿渡や仁美の純粋なエールは、おせっかいだと思いながらも心に響く。

個人的には、梨枝自身あまり記憶のない存在の仁美が、彼女を励ますところが好き。さらりとした短いシーンだ。でも、梨枝の心にポッと灯りをともしてくれたのではないだろうか。仁美を演じた青木ラブさん、出番が少ないのにインパクトが大きい。コミカルな登場者だからこそ、このシーンが残る。

映画を観てよみがえった記憶

何十年も昔、2度目に故郷を出ると決めたときのこと。当時の職場の人たちが催してくれた送別会で、それまであまり会話したことのない子に話しかけられた。「2度故郷を出るってすごいよ。普通、1度戻ってきたら出る勇気なくなるもん。ずっと応援してるから、がんばって」と、手を包んで励ましてくれた。

どうしてそこまで!?と、当時はわからなかったが、何年も後になって、彼女が夢半ばで父親の看病と兄弟の面倒を見るために地元に戻り、私と同じ職場で働いていたこと、故郷を出た後の私が手がけたものをいつも気にかけてくれたことを、偶然人づてに聞いたのだった。あのときは本当にうれしかった。

主演は蓮佛美沙子、相棒は伊藤万理華

主人公の園田梨枝役は、ドラマ『今夜すきやきだよ』『大奥』が記憶に新しい蓮佛美沙子さん。演技がイマイチだと自分でもわかっているのにプライドが高く、性格も悪くて(笑)友達がいない梨枝という人物を演じ切っている。好きな役者さんが主役を演じることを後で知り、映画館に観に行こうと思った。

一方、ディレクターの瀬野咲を演じるのは伊藤万理華さん。ボサボサの髪にほぼすっぴんという出で立ちで、やさぐれ感全開。希望するドラマ部に配属されず、任された仕事では思い通りの番組がつくれず。悔しさや焦りが、体中から放出しているタイプ。女優である梨枝の透明感とは正反対、不規則な生活とストレスにまみれたディレクターを体現している。「撮影現場とは、こういう葛藤の連続なのだろうな」と思わせるシーンも多い。

2人の潤滑油になる同級生・猿渡

そんな2人の間に入り、サポートする地元のタクシー運転手・猿渡拓郎、通称・サルタク役には上川周作さん。どこかで見たことがある。(って失礼!) 朝ドラ『まんぷく』で忠彦に弟子入りしたあの人。名木くん! 名木くんだ。調べたら、来年の朝ドラ『虎に翼』では、伊藤沙莉さん演じる主人公・寅子の兄を演じるらしい。

サルタクは、同級生が俳優としてがんばっていることがうれしくてたまらない。彼にとって、今は干されていてもやはり梨枝はスターなのだ。お人よしな彼が2人の潤滑油となっており、くすくす笑ってしまう。またドキュメンタリーの撮影という形で物語が進むため、ロードムービーの味わいもある。

鑑賞後に食べたくなるモノ

前半はコメディータッチだが、徐々に梨枝と咲の仕事への向き合い方や、梨枝の父・康夫の真実、梨枝と姉・真希とのわだかまりが描かれていく。無口な父、冷静でどこか達観している弟、家族思いがゆえにすれ違う姉には、それぞれ升毅さん、吉田仁人さん、三倉茉奈さん。

映画では、とにかく茉奈ちゃんがこわい。早くに母を亡くし、妹まで家を出てしまった後、家族の面倒を見てきた真希からすれば、東京で好き勝手に生きてスキャンダルまで起こした妹が許せないのは当然かもしれない。でもそこには、妹への羨望もあるように感じる。感情のもつれが、姉妹を遠ざける。これも、家を出た人間、残った人間それぞれ経験があると思う。

さて、鑑賞を終えたのが午後1時過ぎ。家に帰ってすぐ、遅めの昼食の準備をした。メニューは「焼きめし」。映画を観たらどうしても食べたくなって、映画通りにつくってみた。

チャーハンじゃないよ、焼きめしだよ!

帰る途中、蜂楽饅頭へ並んでおやつも買った。中身を写さず、外だけ(笑)。

白餡と黒餡を2つずつ。テープを貼っている側に黒餡が入っているというルール。

こちらでは11月から先行上映されていて、ようやく鑑賞できた。12月からは全国で順次公開されるので、興味のある方はぜひ。

仕事でつまずいたり、家族とのわだかまりに悩んでいる最中の人には、特にしみます。


記事を読んでくださり、ありがとうございます。世の中のすき間で生きているので、励みになります! サポートは、ドラマ&映画の感想を書くために使わせていただきます。