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父が死んだ日からの悲喜こもごも⑧/そして小さく納まった

1、緑色に光る物体

火葬が終わり、骨上げ台のある部屋へ全員移動した。

父は見事に骨だけで、なんだかまた泣けてきてしまった。やっぱり自分は見舞いぐらいしかできなかったから申し訳ない気持ちが出てきてしまう。

小柄な父。死ぬまでの数ヵ月はリハビリできずに寝たきりで、かなりやせ細っていた。にも関わらず、骨は太くて立派だったので親族全員が「まあ!」と驚きの声を上げた。

「昔は毎日走っとったからなあ」
母がポツリと言う。

父が勤めていた頃は、早朝に畑仕事や庭掃除をしてから出勤していた。休日は山や田んぼで一日農作業。趣味はマラソン。運動会では父兄競技の常連だった。小柄なのに竹馬も車輪まわしも走るのも早く、絵も歌も日曜大工もうまかった。「ぶんぶんどーちゃんとこのお父さん、禿げてるけど(←これは余計)何でもできるな!」と友達に言われ、禿げてるけどちょっと自慢だった。スポーツができて手先も器用なのに、母にはうまく対応できずだったが(苦笑)。

真面目なので上役にも忖度なしに対応し、出世とは縁遠かった。同期でもっとも遅く役職に。母が愚痴ったから知ったことだ。それは町じゅうで有名だったらしい。私が就職後たまたま仕事をした隣町の人に「お父さんは、かなりの堅物で知られているそうですね」と言われ、困惑したことがある。3年の約束で出向した出先機関に10年いた時期もあったが、「あのときは冷や飯を食わされた」とボヤいたのは退職後。それぐらい、仕事の愚痴は聞いたことがなかった。

父の趣味がマラソンから本格的にカメラへと変わったのは、膝を痛めて走れなくなってから。長年の走りで痛めた膝は年々悪くなり、ある年手術をした。

***

骨を見まわしていると、脚部分に骨とは違うものが混じっていた。緑色に光る大きなもの。膝に入れていた人工骨だ。これがあの手術で入れた人工骨か。いかにも異物。こんなものが体に入っていたって、変な感じ。しかしこの一点こそが、今目の前にある骨が父である証拠なのだと思うと、それもまた変な感じだった。

骨を順々に拾い上げていく。あんなにやせ細っていたのに、大きな骨。改めて寂しさが込み上げてくる。

だが骨が大きくしっかりしている分、今度は「骨壺に全部入るじゃろかね?」と母が心配しはじめた。大きな骨は、親族の男性に砕いてもらったりして、どんどん入れた。それでもすべては納まらなかった。

火葬場の職員(荒川良々さんだと思ってください)に尋ねると、「入りきらない骨はそのままにしておいてください。こっちで処分しますから」と言われた。

しょ、処分!? 
(もしかして言い間違ったのか!?)

意外なことで声がひっくり返りそうになった。
「今日火葬された人の余った骨は、みんなまとめてどこかに処分なのか!? 埋めるところでもあるのか!?」と、いらぬ想像をしてしまった。

きっと”供養”と言い間違ったのだと思うことにした。


2、最後に見えた海

骨を納め、またバスに揺られて斎場へ戻る。骨壺は母が持ち、位牌は兄、遺影は姉が持った。私は姉の隣に座り、外の景色をぼんやり見ていた。

行きと違い、今度は山をどんどん下る。

途中、火葬場からも見えた海岸と家並みの景色が眼下に広がる。父が毎日のように通った海。逆光で波がプリズムみたいだ。姉が遺影を外に向け、泣きながら「最後に連れて行けんでごめんな」と呟いた。私も泣きながら「ごめん、ごめん」を繰り返した。

本当は病院ではなく、自分の生まれた家で死にたかったはず。幻覚症状が出るとベッドからものすごい力で出たがったし、帰りたかったのだと思う。リハビリさえできていたら、胃ろうをすることもなかったし、家に帰ることも可能だったかもしれない。

すべては「たられば」だ。

どうすることが一番良かったのかと考えても、答えは何も見つからない。毎日接していた姉は、覚悟と諦めが私とは全然違っていた。姉には足を向けて寝られない。そばに居なかった自分は、何ができたのだろう。それは初盆が終わっても、一周忌、三回忌が終わっても、夜中に急に思い出しては布団をかぶって泣いたし、ずいぶんと考えたことだ。

斎場に戻ってきた。骨壺ひとつ。小柄な父が、さらに小さくなって入れものひとつになってしまった。ただそれだけ。葬儀を執り行った広いスペースで、今度は親族だけの初七日法要が始まった。

そしてもうすっかり油断していた、いろいろと。

***

次回は「大きな忘れ物」「雨と涙」などをお送りします。すみません、もう少し続きます。

大変おこがましいけれど、登場人物は父(橋爪功さん)、母(白石加代子さん)、姉(小泉今日子さん)、叔母(高畑淳子さん)、親戚の夫婦(北村有起哉さん、坂井真紀さん)、叔父(不破万作さん)、兄(大泉洋さん)、私(水野美紀さん)、 僧侶(田山涼成さん)、追加キャスト・火葬場の職員(荒川良々さん)の超豪華メンバーで変換&お送りしております。ドラマ脳で、ほんとすみません!

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