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50代の友情とささやかな幸せ/小説『団地のふたり』(藤野千夜著)

NHK-BSで、9月1日(日)にスタートするドラマ『団地のふたり』。わが家は映らないため、藤野千夜さんの原作小説を読んだ。

小林聡美×小泉今日子は小説の空気をきっと表現してくれる

すでに誰が誰を演じるか知っているので、その画を想像しながら読みふけった。だって、小説の主人公・なっちゃんこと奈津子とノエチこと野枝が、小林聡美さんと小泉今日子さんそのものだから。制作統括の八木康夫さんのコメント(制作決定のお知らせ)によると、書店で原作本を手にしたとき、冒頭の数ページを読んですぐにふたりの姿が浮かんだという。

いっしょにごはんを食べながらうだうだ言ったり、ご近所さんの家の網戸を修理したりするマイペースなふたりを想像して、私のイメージも寸分違わず、だった。ああ、地上波でもいつか視聴できる日が来てほしい。

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日々のできごとをユーモラスに描く

若いころはまあまあ羽振りがよかったが、今はネットで不用品を売って生計を立てるイラストレーターの奈津子。同じ団地で育った幼なじみで、大学の非常勤講師を掛け持ちする野枝。50代、共に独身。いろいろあって団地に戻り、それぞれ実家で暮らしている。

小説は、主に奈津子の目線で描かれている。一見、平凡な日々が淡々と過ぎているようだが、彼女にとっては笑えたり困ったりしたことが起きて、それを野枝と食事しながら話すのが日課だ。フリマアプリの売り上げ次第で、晩ごはんが豪華になったり質素になったり。野枝は仕事から帰るとすぐに奈津子のところへやってきて、手料理をごちそうになったり、まったりお茶したり。特に大きなできごとは起こらない。古い団地には昔から住む高齢者が多く、ふたりはまだ若手の部類。ご近所さんが困っていれば、助けに行くこともしばしばだ。この本は、そんな日々をやさしくユーモラスに描いている。

料理上手で几帳面な奈津子は、小林さんがこれまで代表作で演じてきた役とも近い。野枝は、かつてキョンキョンが演じた吉野千明のバブリーさはないが、大雑把なようで真面目なところが似ている。演者の名前を見て、ドラマ『すいか』を思い出す人も多いだろう。キョンキョンは友情出演だったが、3億円を横領した元同僚役というインパクトは大きかった。ふたりの再共演という点でも、今回のドラマへの期待は高まる。そういえば、野枝の兄を演じるのは杉本哲太さん。朝ドラ『あまちゃん』でキョンキョン演じる春子に片思いしていた大吉! このふたりのやり取りも楽しみだ。あ、私視聴できないけど……。

歳を重ねても心地いい関係なワケ

子どものころからのつき合いで、互いのことはほとんど知っている奈津子と野枝。でも本を読み進めると、知っているからこそ程よい距離を保っていることがうかがえる。なんでも言い合える仲だけど、モヤモヤも持っている。そこが妙にリアルだ。でも、互いをおもんぱかるから変に口には出さない。そのバランス感覚がうらやましい。やさしいふたりだなと思う。それぞれが、いろんなことをがんばったり諦めたりして今に至るから、というのもある。もうひとりの幼なじみ・空ちゃんの影響もあるのだろう。

たまにケンカをしても、数日経てばいつものふたりに戻る。50代で気心の知れた友達が近くにいるのは、とても心強い。こんな関係でいられたら、どちらかが棺桶に入るまでずっと一緒に過ごしたい。だけど、友情はそんなに簡単に育まれるものでもないのは分かっている。

負の連鎖に引っ張られがちな年代

私は幼なじみとのつき合いがない。続いているのは、高校と大学で仲良くなった数人だけ。社会人になってからの友達はいないかも。育った環境、収入や家族構成の違いなどなど、さまざまなしがらみを抱え、相手に踏み込みにくいからだと思う。ハードルが高い。

就職氷河期だった20代、30代でさえ持っていた「なんとか生きていけるだろう」という変な余裕と自信を、私は今持ち合わせていない。すべてが不安定で、ボーッとしていると「老後は〇千万円必要」「払った分の年金はもらえない」「自分と親兄弟、どっちが先に介護するか、されるか」「いずれ賃貸の部屋も貸してもらえなくなる」「実家問題、墓問題」などという、負の連鎖が頭の中をぐるぐる回る。矢印が、どんどんそちらに向かっていくのである。

ひとりじゃない、ささやかな幸せ

しかし、奈津子と野枝の日常を垣間見ていると、自分もどうにか生きていけるのではないかと、ちょっとだけ気持ちが上向きになる。現実を棚上げだ。世間から見れば、彼女たちは「パッとしない老いゆく人たち」だが、そこに悲壮感はない。もちろん生きていくためのお金は必要である。しかし一緒に過ごしても飽きない、互いを思いやるやさしい関係は、もっと必要なのだと思う。ふたりの暮らす小さなコミュニティ。その心地よさとぬくもりが心に沁みる。

なっちゃんとノエチの空気感を行間から読み取りながら、こういう関係に近い人たちに覚えがあった。そうだ、阿佐ヶ谷姉妹。大人のふたりが心地よい距離で暮らしているのは、ちょっと似ている。そう考えると、昨年放送されたドラマ『日曜の夜ぐらいは…』の登場人物たちの選択も、近いかもしれない。今後、もっともっとこうした生き方が増えていくだろう。

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ドラマも小説の続編も楽しみ

原作の小説は、10月に続編が刊行されるそうだ。実はドラマのキャラクターには、原作に出て来ない人がいる。もしかして、オリジナルキャラ? それとも続編に登場か? などと推測中。全10話とのことで、「このゆるさで10話!?」と内心思ったのは、公然の秘密としておこう(笑)。

脚本は『Dr.コトー診療所』『その女、ジルバ』の吉田紀子さん。演出には、『ペンションメッツァ』『きのう何食べた?season2』でメガホンを取った松本佳奈さんの名前もある。BSを視聴できる皆さん、ぜひドラマを楽しんでください。

*表紙のイラストも、ちょっと阿佐ヶ谷姉妹風でほっこり。



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