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下北沢とバンドマンと夜

下北沢に行った。
元彼のバンドのライブを観に行った。

下北沢はあまり好きじゃない。
どちらかと言うと苦手だ。
バンドが好きだからって、みんな下北沢を好きなわけじゃない。
学生や個性的な人や夢を追っている人で溢れていて、
なんだか私は心の底から気後れしてしまう。
胸を張って前を向いて歩けなくなってしまう。
だからちょっとだけもやもやしながら、京王線を降りた。

私のnoteを読んでくれてる人ならご存知の通り、
元彼はもうこのバンドを脱退している。

バンドを脱退すると同時に、私を振った。

彼と交際中、私は一度も彼のライブに行ったことがなかった。
それはいわゆる「バンドマンの女」とされることが嫌だったからでもあるし、「バンドマンの女」になるのも嫌だったからだ。
もちろん、彼が100%でパフォーマンスできるようにとの配慮もあった。

そしてこの度ようやくその肩書きから外れて、
私は素直に音楽を楽しめる立場になった。

彼の車の中ではいつも彼のバンドの曲や彼の後輩のバンドの曲が流れていたし、
ライブ前にうちで私のギターを使って練習していることもあった。
だから曲だけは知っていた。
MVも何回も見させられた。

彼への未練も断ち切れたことだし、
新しい自分になるために何かいつもと違うことをしてみたくもなったりして、
彼らのライブに行くことにした。

チケット取り置きのためにボーカルに連絡をすると、
「念のため、ベースはもう別の人が演奏することをお伝えしておきますね」とご丁寧に教えてくれた。
別れたことはもう知ってたんでしょうね。

インディーズバンドのライブなんて行ったことがなかったから、
ライブハウスの場所にも、入り方にも、聴き方にも困った。

だけど、どのバンドも素敵だった。

もちろん知り合いなんていないため一人でドリンクを飲んでいると、ボーカルに声をかけられた。

「あ、例の方ですか…?」

「例の方です…笑」
と言って挨拶をした。
それがバンドメンバーとの初対面だった。

どうやら元彼からバンドメンバーに多少は私の話が伝わっていたようで、
あのバンドが好きなんですよね?とか
25歳でバンドマンの男を持つって大変ですよね…とか
あれこれ話をされた。

おそらく普通の女性よりは少しだけ音楽に詳しい私の音楽の趣味を喜んでくれて、
純粋に会話を楽しんだ。
と言っても、このボーカルが好きなアーティストを一応事前に予習したりして、会話に困らないようにとの準備はしていったわけだが。

「想像してた人と全然違いました!普通にいい人!」
と言われたけれど、一体どんな話が伝わってたんだか。

最後のバンドが終わって、そのまま黙って帰ることもできた。
それが潔い去り方なんだろうということもわかっていたけど、
なんとなくボーカルに声をかけた。
彼は嬉しそうに機材の話をたくさんしてくれた。

それから打ち上げに参加することになり、
ボーカルとソファに座って、タバコを交換したりしながら談笑した。

「なんで俺のことそんなにわかるんですか」
「会ったことないタイプの女性。何でも話してしまいたくなる」
「こんな素敵な人をなんであいつは…」
などと上手におだててくれて、素直に嬉しかった。

そこにドラマーが突入してきて、
他の女性ファンと他のバンドのメンバーと合流して、
一緒にコンビニへお酒を買いに行った。

女の子二人に「誰目当てなんですか?」と聞かれた。

その意味はよくわかる。
売れてないバンドには大体追っかけの女の子がいて、
それは追っかけというより本気で付き合いたいと思っていて…
つまり私が彼女たちの「恋のライバル」かどうかを確認されたわけだ。

正直に話すのもどうかと散々悩んだけど、
彼女たちの憂いを晴らしたくて、
「いいえ違います、ベースの元カノです」
と素直に答えた。

えええー!と驚かれた。

「この間のライブに新しい彼女を連れてきてて、みんなに紹介してて…」
「あの人がまさか浮気するなんて…」
とかなんとか、やっぱりみんな彼の二面性に驚いていた。

そこから一気に打ち解け合って、
この20歳の女の子はボーカル目当てだとか
あの20歳の女の子はあっちのボーカル目当てだとか
そういうことも教えてもらって、
彼女たちの思いがどうか実りますようにと、
その場だけでも私は雰囲気作りに協力した。

とはいえ、私は、ボーカルと同い年で、メンバーの元カノで、音楽の話もそれなりに合って、多少なりとも楽器経験者ということもあって、
結局ボーカルは私と話す機会が多くなり、
なんとなくあの女の子たちに申し訳なさも感じつつ、
楽しい時間を過ごした。

新しい出会いというのは、いつ振りだろうか。
初めて突撃したコミュニティなのに、まるで昔から知り合いだったかのような、
そんな温かい空気で私を迎え入れてくれた。

あっという間に終電になった。

お目当ての人とお近づきになるために終電を逃す気満々の女の子たちを横目に、私は帰ることにした。

「◯◯お姉さん、また来てくれますよね?絶対来てください!」
「◯◯お姉さん、また話しましょう!話したいこといっぱいあります!」
なんて言われて、私もそういう立場になる年齢になったのかあ…と実感した。

ドラマーが駅まで送ってくれることになった。

そこで事件は起きて、
私はなんとiPhoneを落としてしまった。
すぐに気づいて探したのに一向に見つからず、
結局みんなで40分くらい試行錯誤して、
隣駅の警察署に届けられていることがわかった。

もちろん終電はなくなった。
ドラマーが漕ぐ自転車の後ろに乗って(普通にダメです)、
下北沢の坂道を一気に駆け抜けた。

夜風がこの上なく心地良かった。
最後に自転車に乗ったのはいつだろうか。
東京の夜風を浴びたのは初めてだったかもしれない。

「あーーーもうなんでこんなことになるのー!全部あいつのせいだーーー!」

夜風を切りながら夜の下北沢でそんなことを叫ぶと、
まるで大学生に戻ったみたいな気持ちになった。

何度か警察に止められたりはしたけど、
iPhoneは無事に取り戻した。

とりあえずまた二人乗り(普通にダメです)で坂道を駆け抜けて、
下北沢駅前まで戻った。
当然終電はない。
あの女の子たちはお目当てのバンドマンの家に行くことになったらしい。

とはいえ、そんな変な関係ではないらしい。
まあ、変な関係であっても特に何も言いませんけど、
彼らは女探しのためにバンドなんてやってないことは一晩でよくわかった。
彼らの恋人は音楽だ。

私は駅前の喫煙所でタバコを吸って、
それから喫煙所前で待っていてくれたドラマーに挨拶をして、タクシーに乗り込み、
1時間弱揺られながら帰宅した。

不思議な夜だった。
もうずっとそこにあったかのような居場所だった。

元彼はこの人たちと一緒にバンドをしていたのか…

そのバンドを捨てて、私のことも捨てて、
それで本当に良かったんだろうか。

なんて私が言うのもおかしな話だけど、
それくらい、あのバンドたちもあの人たちも私も、
素敵だってこと。

彼は今頃どこで何をしてるんだろうか。
田んぼ以外ない田舎で19歳の新しい彼女とよろしくやってんだろうか。

バカだね、本当に大切なもの、何も見えてないよ。

とてもいい夜だった。

タクシーに揺られる下北沢からの1時間、
元彼が運転する車の中から見た光景にも何度か遭遇した。

あぁ、世の中にはまだまだ私が知らない世界がたくさんあるんだなあ。
私を受け入れてくれる居場所がたくさんあるんだなあ。

私が一人で意地を張っていただけで、
私はまだまだあの頃に戻れる。

知らない人だらけの街に飛び込んでも、
気後れ一つしないで、
夢や希望に満ち溢れていて、
目に映るもの全てが新鮮で、
誰のことも好きになれた。

つまんなくなったのは元彼じゃなくて、
必死に大人になろうと焦っていた私の方だったのかもしれない。

帰宅2:30
お風呂に入ったらあぁもうほとんど寝られないな。
タクシー代、1万はなかなかの痛手だったな。

やっぱり私はもうちゃんと大人になったらしい。

だけどたまにはいいよね、こんな夜があったって。

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