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ごめん、今更だけど、

「夏のせいにしよう」と言う言葉が許されるなら、
私は、この春の涼しい夜のせいにした。

ずっと、「非表示」「ミュート」にしていた友達がいる。
『友達』という表現が正しいのかわからないけれど。

*

私が22歳の頃、彼と出会った。
彼は一つ下の21歳だった。

就活に明け暮れる大学5年生の私は、そのストレスから解放されるべく、
就活以上にオンラインゲームに打ち込んでいた、一人で。

同期は一年先に正規ルート通り就職し、新卒一年目の忙しい日々を社会人同士で過ごしていた。
私と同じく大学4年で卒業しなかった他の仲間たちも、
バンドマンとしての夢を追いかけたり、就職という選択をせずアルバイトに精を出したりで、
私に「就活仲間」は存在しなかった。
OGという立場上、古巣の軽音楽部の後輩たちとつるんでもらう気にもなれなかった。

日々積み重なる孤独感。

それを少しばかり解消してくれたのが、オンラインゲームのネット友達だった。

そうはいっても私は基本的に一人でゲームを楽しむタイプで、
毎日何時に集まってパーティーを開こうなどという協調性もなかったので、
ゲームの中でもその日暮らしのような生活をしていた。

「その日」の「その時間」に遊んでくれる友達が欲しいだけで、
ゲーム友達に深入りすることも特になかった。

ある土曜日のお昼頃、モンハンワールドだったかフォートナイトだったかを一緒にやってくれる友達を見つけた。

通話しながらゲームがしたいとの要望だったので、
LINEを交換して、そこで通話しながらゲームをした。

正直、ゲームの勝ち負けはどうでも良かった。
私はただ、私のことを全く知らない人と出会って、はじめましてからの会話を楽しみたかっただけだったと思う。

もちろんLINE通話だから相手の表情や容姿はわからないのだけど、
声を聞く限り、彼は、あまりテンションが高い方ではなかった。

むしろちょっと不機嫌にも思えた。

私がのんきに好きな音楽の話をしたり、相手の好きな音楽を聞いたりしてみても、
反応は悪くなる一方だった。

何故?私のゲームプレイが下手くそ過ぎるから?

まあいいや、
どうせこの人とも、ゲームが終わったらもう「さようなら」、なんだから。

お昼を過ぎてお腹が空き始めた頃、
私はさらにゲームなんてどうでも良くなり、
ネット上で出会ったばかりの男の子と会話してるだけのような状態になった。
ゲームは片手間、勝とうが負けようが何とも思わない。

バンド活動にやや未練のあった私は、
地元で有名な音楽フェスの話を独り言のように話し続けた。

そのあたりから、彼は少しずつ音楽の話をし始めた。

「これは知ってる?」
「このアーティストは?」
「あの年のフェスは見に行った?」

…なんでそんなことを急に聞き出したのか、さっぱりわからなかった。
それでも、彼と少しだけ打ち解け合えた気がして、
内心微笑ましい気持ちになった。

能天気に一問一答する私に、彼はふとこう言った。

「俺、あの年、そのフェスに出たんだよね」

えっ…
出たってなんだ?スタッフ?

「俺、バンドマンなんだよ。正確には、『元』バンドマンだけど」

うわーと思った。
正直、野生のバンドマンはあまり好きではないから。
20代前半くらいでそれなりの街に住んでいれば自称バンドマンなんて腐るほどいるし、
なんだかめんどくさいことになりそうだなと思って、
彼のバンド経歴語りを適当に聞き流していた。

「なんだ、俺らのこと知らないんだ。結構有名だよ?まあでもいいや、その方が楽だから。俺のこと知らない人が良かったんだよね」

その言葉に、なんとなく自分を重ねた。

「自分のことを何も知らない人と話がしたい…」

顔も名前も知らないけれど、
その気持ちだけは同じで、
きっとこの人もいろんな苦労をしてきたんだろうなと思った。

それからは、彼も主に音楽や映画の話を積極的に話してくれるようになり、
彼とゲームをすることが日課になりつつ、
そもそもゲーム関係なくLINEでやり取りすることが日常になっていった。

そんな中、ある日の就活終わり、
「会ってみたい」
と言われて、名古屋駅裏のコメダで待ち合わせをした。

身長がとても高くスタイルが良く、
塩顔とも何とも言えないような、
いかにも女モテしそうなバンドマンらしい風貌だった。

そこからは実際に会って遊ぶ日も増えていったし、
それ以上に、彼から電話がかかってきて朝まで長電話する日々が増えていった。

内容は、ほとんど彼の自分語り。
他愛もない話もあれば、
彼の過去の傷に触れるような話だったり、
『元』バンドマンになることになったきっかけなんかも教えてくれた。

こう言ってはなんだけど、
正直、彼の傷はありきたりなものだった。
自業自得、自分が蒔いた種、とも言えるような。

それでも、私はそんな「生きるのが下手くそ」な彼にどんどん自分を重ねるようになり、
まるで自分を労るように、彼の慰めに付き合った。

朝まで続く涙ながらの訴えを全て受け止めて、
一限の授業に間に合わなかったこともあったし、
少額ながらお金の援助をしたこともあった。
彼が消えてなくなりそうな夜は、
彼の街まで終電で探しに行ったこともあった。

だけど彼は一度たりとも私を慰めなかった。

彼とても正直な人だった。
バカがつくくらいに正直。

だから私のことを慰める気などさらさらないこともわかっていた。

だからこそ、彼が私を褒めてくれる時はすごく嬉しかった。

私の粗探しをするような就活の面接官とは違って、
彼の中で見つけてくれた私の魅力は、
この上ないほどまっすぐな言葉で褒めてくれた。

そんなところも自分に似ている気がして、
似過ぎているあまり、
やっぱり関係は上手くいかなかった。

好きになってしまっただとか
大切な女友達だから適当な関係になりたくないだとか
それでもそばにいたいだとか
今の俺はどうしようもないクズだからごめんだとか、
そういう、本当にありきたりな一悶着もいくつかあった。

27歳の今の私から言わせると、
あれは完全に「恋に恋をしている」とか「共依存」とかそんな恋愛だったけれど、
とにかくその頃の私はもう彼のことが大好きになっていた。

それでも「就活」という人生の分岐点が与える将来への漠然とした不安の影響は大きく、
このまま彼と一緒にいてもどうにもならないことをわかっていたし、
どうにかなってもならなくても、私はこの街を離れることが決まっていた。

「就活を機に上京する」
これは私の中で唯一揺るがない覚悟だった。

だから、「これ」はいづれ疎遠になる仲だ。

おそらく彼にもその認識はあるようで、
彼は『元』バンドマンの日々を塗りつぶすように、
普通の企業に就職して、
普通のサラリーマンみたいに仕事の愚痴を話して、
普通の新卒社会人みたいに人生に悩んでいた。

彼の思い描く未来に、
私の姿は一切見受けられなかった。

そんなこともあってなのか、
正直はっきりとした理由は思い出せないけど、
次第に連絡を取らなくなっていった。

そして、完全に疎遠になった。

数ヶ月の月日が流れ、
久しぶりに彼から連絡があった。

地元のコンビニで、東京からライブに来ている元バンドメンバーと遭遇したこと。
勇気を出して声をかけたこと。
「お前のことは、バンドメンバーとしては今も許せないけど、幼馴染であることに変わりはない」と言われたこと。
そして彼自身も、自分の代わりに加入した新しいギタリストの存在を受け入れていること。

そんな話をしてくれた。

そこからまた連絡を取り合うようになった。
ゲームも再開した。

ある日、彼は「ゲームに友達も呼んでいい?」と、
一人の男性を招待した。

ゲーム内で通話をしてすぐにわかった。
その人は、彼が元所属していたバンドの現ベーシストであり、彼の幼馴染だということを。

当時そのバンドは地元ではそこそこ人気があったからなのか、
2人とも、「友達」の正体を明かそうとしなかった。
だから私も気付かないフリをした。

そうして3人で仲良くゲームする間柄になったのも束の間、
彼はとんでもない連絡を寄越した。

「最近、仕事の悩みが尽きなくて、大麻を吸っている。
全部忘れて気持ちよくなれるから。一緒に吸おうよ。あいつらも吸ってるよ?」

あいつら、とは、幼馴染兼元バンドメンバーのことだろう。

彼の話が本当だったのかは今でもわからない。

けれど、その瞬間、私の中で何かが壊れた感覚があった。
衝動に近い。
気がついたら警察に電話をしていた。

私は、
かつて好きだった人を、
かつて自分が助けた人を、
警察に売ろうとしたのだ。

大麻を所持してはいけない、そんな正義感なんてほとんどなかった。

私は彼にとって「大切な女友達」であると信じていたのに、
その大切な女友達を犯罪に誘ったことが許せなかったのだ。

生きる苦しみの逃げ方はたくさん教えたはずだったけれど、
そんなものとは一切関係ない選択を、
しかも選んではいけない選択をしたことが、
ひどく私を幻滅させた。

警察に通報した内容は、
彼が元所属していたバンドの現メンバーたちに伝えられた。
バンドごと疑われたのだろう。

バンドメンバーと彼の仲は良好な関係に戻っていることから、
おそらくその話は彼自身にも伝わるだろう。

そう思って私は、彼の連絡先を消した。
もう、二度と関わることはないだろうと。

あれが、2019年くらいのことだった。

*

月日は流れ、2024年春。
私は、iPhoneの容量が足りなくなってきたのでLINEのトーク履歴を整理していた。

そんな中、見つけてしまった。
彼とのトーク履歴を。

そして思い出した、彼の存在を。
私が彼にしたことを。

今になってみれば、あの話が本当だったかどうかなんてどうでもいい。
ただ私は、
あの時自分が彼を売ろうとしたことを
ずっと後悔していた。
思い出したくない過去にしていた、彼の存在ごと。

だけど、ようやく向き合う時がきたんだと思った。
きっと今しかないと思った。

だから自分から連絡をした。

「ごめん、今更だけど、当時の私は最低なことをあなたにしたから、
いつか謝らなきゃって思ってるうちに、
こんなに月日が流れてしまった。
あの頃、生きていく術も明日のこともわからないように見えたあなたが、
きっと今幸せにやっていることを、
心の底から願います。
あの時は本当にごめんなさい。」

すぐに彼から返信が来た。

「LINEの名前もアイコンもなくて誰か分からないけど、俺は今凄く幸せです。
金も時間もないし、腹立つ事ばかりで、相変わらずどうしようもないけど、自分の好きな事が出来ていて、夢も目標も沢山あって、余裕はないけど、愛してる人がいて、愛してくれる人がいます。
どの時かも分からないけど、もうその時の事は多分自分の中で消化できてるから、今俺は幸せだと思えてます。
なので、気にしないでください。
気にかけてくれてありがとう。」

彼は変わっていなかった。

そう、
誰かわからないとはっきり言ってしまうところ、
誰かもわからない相手に、カッコ一つつけず自分の悩みをさらけ出しちゃうところ、
愛する人にはまっすぐなところ、
そしてバカみたいに正直に思いを伝えてくれるところ。

私は安心した。
彼が道を踏み外さないでいたことも、
彼の本当の魅力は何一つ変わっていなかったことも。

それから、彼に許されたことも。

あの時はごめん、
ちゃんと注意できる勇気が必要だった。

そうまでさせてしまうほど彼を悩ませている悩みの種について聞いてあげるべきだった。

心からそう思うよ。
ごめん、今更だけど。

長らく心の中でつっかえていた罪悪感から、
ようやく解放された。

こんなの、私のエゴか。

ありがとう、もう二度と関わることはないと思うけど、
もしも次言葉を交わす機会があったら、
今度は「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」を伝えるよ。

きっとその時も私はこう言葉を始めるだろう、
「ごめん、今更だけど、」

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