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今日、養護施設の友達が死にました。

「なみ、自殺したよ」

雪国の養護施設で一緒に育った悪友と1年ぶりに電話をしたら
放たれた一言。
その事実を知らされた時、胸が苦しいというより詰まった感覚に陥った。

自殺したなみは、私より1つ歳上で同じ高校にも通った不器用な女の子。
確か、少女漫画が大好きでよく貸してくれてたっけな。
あと、コンソメポテチが大好きで、顔にはニキビがよくできていた。
そのニキビと鏡越しに対決して潰していた後ろ姿が懐かしい。

「急にLINEも返信来なくなってさ、なみの不倫相手と探しに行ったのさ。
あっ、不倫相手は同級生だった優なんだけど。。。」

優とは私達の同級生で既婚者だった。

これだから、あの田舎は。
心の中で蔑む私。生まれ育った町はみんなが顔見知りレベルなのだ。

まるで町には噂スピーカーがついているのではと思うレベルで同級生の不倫関係や夫婦関係、旦那のスペックがダダ漏れなのである。
そして私達はネットショップの商品のようにランキング順に並べられ、
小さな町での立ち位置が決まるシステム。なんて、おもしろいこと。

そんなお山の大将の町が嫌いだったのと、
私レベルの人間がこの町に収まるなんて勿体ないやろ!
とクソ生意気な小娘は18歳で町を出た。

「警察にも連絡して、そしたら真冬の公園で見つかって凍死してたらしい。たぶん自殺だって」

自衛官の先輩は練炭自殺だったな。。。と思い返す。
私の前職は女性自衛官。そういえば、先輩は遺書を残していた。

「遺書は?」思わず聞く私。

「遺書どころか、スマホも見つかってないんだよね。
なみ、闇金に借金あって家賃も光熱費も滞納してたらしいから
自殺の理由はお金だと思うよ。あと、妊娠もしてたんだって。。。」

と言い残し、明日の朝一のパートに備えて悪友は電話を切った。

1人部屋で愛猫をなでながら、私は独り言を漏らす。

「あーあ、また大人が子どもを殺したのかぁ」

なんで養護施設の職員や大人は私達、
子どもに生き方を教えないんだろう。。。

お金について、異性との付き合い方や避妊について。
学校でも教えられないのに、親もいない天涯孤独の私達がどうやって学んで生きていくんだよ。

シンプル、誰か教えてくれ。


18歳になり養護施設を退所後、社会人になった私達。

「あの子、堕したらしいよ」

養護施設の悪友達から、よく聞く話題だった。
施設の同世代の女の子は確か10人ほどいたが、アラサーになるまでに
7割近い女の子は中絶の経験をしていた。

理由は様々。
彼氏やセフレ、浮気相手との間に子供ができ、そのまま逃げられて堕ろすパターンや風俗やデリヘルで勤務していて客と妊娠してしまう子も少なくなかった。
まぁ、よく聞く話だ。

命は大切にしないとダメ。望まない妊娠はしない事。

はいはい。そんな事、私達だって言葉では理解しているの。
心が理解してないだけなんだって。

そもそもさぁ、自分の命を大切にされた事がないのにどうやったら、
他者の命に体温をのせる事ができるのか、謎解きより難解すぎなのよ。
まぁ、謎解きも解けないんですけど。。。

社会からはじき出されそうになった時、私は痛感するのだ。

私達は砂漠で生きるカラカラの子だと。

大人から水をほとんど与えられた事がない。
親や施設の職員に水を下さいとお願いした事もあるのだが、
どうやらその大人達もカラカラの子なので分けられる水がないらしい。
大人なのに?不思議に思う。

困ったなぁ。心が渇いていると砂漠では生きにくいなぁ。。。
わずかな自分に残った水分を大切に、少しずつ少しずつ砂漠を進む私達。

「かわいそうに。これ、飲んで」

ごく稀に、カラカラな子を見かねて、たまに会う大人が水を数滴くれる事がある。
ラッキー!!

その大人も水を分けてくれるだけあってウルウルなのだが、その大人の近くにいる子を見てビックリ!!!

なんと、ウルウルの子なのだ。

なんで、同じ砂漠に生きてるのにおまえさんはそんなにウルウルしてんのよっ!!とツッコミをいれないとやっていられない。

おっと、嫉妬とは醜いな私。
でも、ウルウルの子を見るとたまらなくなるのも本心なのである。

そのうち、カラカラな私達も何とかこんとか成長してカラカラの大人になっていく。
そして、大人になってふと気づいた。

『カラカラの大人は他者へ分けられる水がないということを』

そして、カラカラの大人は身体ばかりは大きくなるから、
生き延びるためにもカラカラの子から強奪を始めることもあるのだ。

カラカラの子のお小遣いをくすねてパチンコで勝負にでる職員。
ガンバレっ!!

我が子を施設に献上し、皆様が納めてくれるありがたい税金から出る我らのお小遣い。
それを目当てに高級車でやってくるカラカラの親。

嬉しそうに親にお小遣いをあげる子供。
なんて親孝行なんだと私は何度感動した事か。

そして、カラカラの子が15歳以上になると働いてガポガポ稼げるようになるので、とうとうカラカラの親が迎えに来てくれるっ!!

そのカラカラ親子の幸せそうな背中を見送りながら、私は幸せになってね!と涙ぐんだものだ。

まぁ、そんな感じでカラカラでもそれなりに、
この世界で生きていけるって事なのよ。

悪友と電話をした次の日。
現職・漫画家の私はネームを編集さんに渡さなければいけないミッションがあったが、なみの事が頭をチラつき仕事にならず。

そこで、なみとの思い出に浸ってみることにする。

なみとの美しいエピソードを思い返そうと頭をフル回転させてみたが、
私の脳内メモリーは1Gほどと弱小なのでほとんど出てこない。。。

ドンドンっ

と頭を壁に打ち付けて記憶を呼び覚ましてみる。
鉄筋コンクリートのマンションなのでお隣さんには聞こえてないはず(たぶん)調子の悪いTVをバンバンと叩いて直すように何度もやってみた。

あっ!!!

1つエピソードを思い出す。

確かあの時期は真冬でまつ毛が凍るほど寒い日だった。
高校の下校中にしばれるわ〜と言いながら、なみと施設に帰っていた日。

いつの間にか、なみは冬のマスカラをつけてオシャレな横顔になっていた。

私は心もとない100均の手袋の中で、指先の感覚がなくならないよう
ドラえもんのように手を握りしめ愛しい指先を守りながら歩いていた。

駅につき1日数本しかない汽車に乗り込む。
私達は往復2時間かけて高校に通っていた。

「お兄ちゃんに、身体を触られるんだよね」

となみが突然、汽車の中で笑顔で話しはじめた。

「お兄ちゃんと出かけた帰り際にね、車の中で抱きしめてきたり、
胸とか。。。いろいろ?触られるの」

なみには10歳上の異父兄弟の兄がいて、同じ施設の卒園生だった。
卒園してからも施設に遊びに来たり、なみを食事や買い物に連れて行っていた。

「えっ、嘘だぁ。冗談でしょ?」

私は兄が妹に性的欲求を抱くということが、気持ち悪い上に俄には信じたくなく、なみが冗談を言っているのではと思いたかった。

「本当だよ」

先ほどの笑顔とは打って変わって、真顔のなみが凛と私を見つめていた。
ギュッっと心臓を鷲掴みにされた緊張感を覚え、身体の中心からゾワっと
鳥肌が流れていった。

「職員に相談した?」

この空気から逃げたくて、とりあえず私は聞き返す。

「してないよ。信じてもらえないし、職員には嘘でしょって言われるの目に見えてるじゃん。外出だってできなくなるし、お兄ちゃんに欲しい物も買ってもらえなくなるもん」

私達の施設では外出は全面禁止で許されるのは年1回の特別行事のみだった。
隣街のイオンに施設御一行様で出かける時のみ。
なので、町の子(一般家庭の子をそう呼んでいた)と高校生になっても私達は遊んだ事がなかった。

そんな、監禁生活を強いられる施設の事を悪友は『少年少女刑務所』と名付けていた。
私達は別に罪は犯していないのになぁと思う反面、悪友のネーミングセンスに笑ってしまったのを今でも覚えている。

その監禁生活の中でも外出できる裏技があった。
それが家族や親戚との外出だ。

みんな家族や親戚に会えるから嬉しいというより、外出できることや、
欲しい物を買ってもらう事を目的にしていた。

「施設を退所したら専門学校の学費はお兄ちゃんに出してもらう予定だし、お兄ちゃんと繋がれなくなると困るわけ。だから、私達はwin-winの関係ってことよ」

なみは列車の窓から外の白銀の景色を見ながら言った。
なみにつられて、私も窓の外を見ると立派なツノを生やしたシカが山から顔をのぞかせ汽車を見ている。近くには2匹の子鹿がいた。まるで、ジブリ。
私達の住む雪国では日常的な世界だ。

その時、なみは寂しそうにボソッと呟いた。

「それにさぁ、大人には媚を売っていた方が今も未来も私達は生きやすいんだよ」

今、思うとあれは現代でいうパパ活だ。
相手が誰であれ、お互いの利害関係を満たしている。

パパ活女子達も目的地まで、わざわざ獣道は進みたくないのだ。
だから、比較的安全な砂利道である パパ活ロード を進む。

えっ?パパ活はリスクあるじゃんって?
理不尽な世の中の大人や仕事より、要望にさえ答えればお金をくれるパパの方がよっぽど善人で安全じゃない?

なみは高校の時にはその事に気がついていたのかぁ。。。
と思い出に浸りながら感心させられている私。

てか、せっかく脳内メモリー引き出したのに、
全然美しい思い出じゃないじゃん。
もっと美しく故人をしのびたいのになぁ。。。。

そこで、ふと、頭に思い浮かぶ。

5年ぶりに地元に帰ってみようかな。

1週間後、私は飛行機に乗りながら空弁を貪っていた。
それを横目に通りすぎていく美人なCAさま達。

久しぶりの飛行機で私はテンションがブチ上がり税込2500円もする弁当を
売店で購入する暴挙に出たのだ。
安月給フリーランスの癖に何やってんだか。。。

空港に着くと、悪友が到着口で大きく手を振りながら
私の名前を叫んでいる。
周りに漫画家の私の名前がバレてしまっては大騒ぎになってしまうのでは?!と一瞬焦ったが誰も私には興味がないようで、家族や親戚・友人との再会にいそしんでいる。
チッ

「おかえり!!」

悪友は昔から変わらないエクボが出る笑顔で私を迎え入れてくれた。

嬉しい。

毛嫌いしていた地元に帰ってきたはずなのに、私はホクホクしていた。
そして、悪友にお土産の辛子蓮根チップスを渡した。

ボリボリッ

「それで、あいつとホテルにいった時にね、2週間ぶりだったから獣で大変だったさ!あと、これけっこう辛いね」

車内で運転しながら辛子蓮根チップスを貪り、
不倫相手とのご無沙汰プレイについて熱く語る悪友。

悪友には旦那と不倫相手が2人いる。
そして、5年前と話している内容が全く変わっていなく、
私はタイムリープしたのかもしれないという錯覚に陥った。
まぁ、人というものは、そう簡単に変わるものではない。。。

「で、今日は優になみの話聞きに行くんでしょ?」

と私は悪友に聞いた。

「そっ!チリンで14時に約束しておいたよ。優にプリンアラモード奢ってもらうんだ」

チリンとは地元に1件しかないカフェのことだ。
あんなところで、なみの話しても良いのだろうか。
同級生にでくわす可能性大じゃないか?

そんな事を考えていると、車内のスピーカーから、誰の歌か忘れた
男性の音楽が流れてくる。

♪〜老人が君に言いました〜♪

『残りの寿命を買わせてよ 50年を 50億で買おう』

♪〜人生をやり直したいと〜♪

聞いていると、曲の内容は老人が青年に寿命50年を最終的には100億で
売ってくれと懇願する人生リベンジ物語だ。
でも、青年はなんの変哲もない毎日だけど100億でも売ることはできないし、人生の価値はお金では測れない事に気づくという歌だった。

あまりにも、素敵な歌詞なのと、なみの人生だって100億以上の価値があったはずなのにと涙ぐみそうになった時、悪友が

「なみにお願いしてくれれば売ってくれたのにね〜。それで、闇金返せたし」

と無神経な事を言い出し、私の涙はすっかりひっこんでしまった。

まぁ、悪友の言うことも本当の事だし、瀬戸際にたった
人間の知能指数は極限まで落ちる事を私達は知っていた。

チリンに着くと優は先に席に座っていた。
カナダグースと思われる、ダウンコートを脱いでいる最中で
さっきついたばかりなのだろう。優の頭には雪が少しついていた。

そして、店内は想像とは裏腹に店員さんと私達だけでホッとする。

「久しぶり〜!!元気だった?!今、九州に住んでるんだもんな?」

と高校から変わらないテンションで話しかけてくる優。

そのテンションは変わらないが、優は元サッカー部の好青年感は失われ
すっかり おじさん化現象 が進んでいた。

20歳後半に差しかかるとケアをしない限り男性は女性より老けやすい。
この現象については義務教育で教えるべきと、実感する毒な私だった。

プリンアラモードを食しながらなみの話より昔話で盛り上がっている私達。
おいっ

優の吹奏楽部の元カノにビンタされた話を聞き、3人で爆笑していた時

「そういえば、2人ともなみのお腹の子、俺の子だと思ってない?」

と突然話題をぶっ込んできた。

事実は確認したかったが、パンドラの箱を開けてしまうのではと、
知りたくないような気もして、なかなか本題に切り込めずにいた。

それは、悪友も一緒のようで、2人とも黙りこむ。
店内には先程まで、私達の笑い声がこだましていたのに、
今は40代ぐらいであろう主婦店員さんの
聞き耳を立てている気配しか感じられない。

「ちょっと、黙らないでよ!俺の子じゃないし、俺が奥さんにバレそうになってなみとの不倫関係は1年前に終わらせたの!」

それを聞いて、私の優への『糞ドンファン野郎』というレッテルは、
糞が抜け『ドンファン野郎』に格下げされた。

「そしたら、なみには他に相手がいたってこと?聞いてないけどなぁ。。。」
優からの予想外の告白に悪友も戸惑っている。

「優はなみから何も聞いてないの?闇金のこととかも」
私は聞いてみた。

「うーん、別れてからは連絡とってないしなぁ。。。
一度だけ、したくなって誘ったけど、もう俺とはしないって断られた」

やっぱりこいつは糞ドンファン野郎だ。

「でも、その時に少しLINEしたら、新しい仕事決まったし借金は返済できそうって言ってたわ」

「仕事の話は私も聞いてて、確か事務の仕事だったよね」
と悪友も仕事の話は知っていたようだ。

「スマホも見つからない。お腹の子も誰か不明。謎は深まるばかり。
もしかして、他に不倫相手がいたのかな?!」

なんで、不倫相手前提なのよ。彼氏かもしれないやん。と心の中で悪友に
ツッコミを入れる。

空気を読まない悪友がさっきのプリンアラモードの写真を
インスタのストーリーにあげだした。
それを見ていた時に、私はいきなりひらめいた!!!

「ねぇ!!!そういえば、なみのSNS確認した!?」

なんだそんな事かという表情で悪友は

「なみが亡くなった後すぐに、見たに決まってるじゃん。
男も写ってなかったし、特に情報はなかったよ」

とインスタのおすすめ欄をスクロールしながら言った。

「いいね欄とコメント欄、タグ付け投稿とか見た?
親しい人なら毎回、いいねつけると思うし、本人が投稿しなくてもタグ付けされてたりもするかもよ!!」

悪友も先程とは打って変わって

「なまら天才っ!!確かにそこまで見れば何か分かるかも!!」

と3人で手分けしてなみのSNSを食い入るように見始めた。

私はインスタ担当で、なみの投稿数は230投稿ほどだ。
日付は1年以内を目安に見始める。

インスタのなみは普通の女の子で借金をしているようにも
この後、1年以内に死んでしまうようにも見えなかった。

私の知らない友人との加工アプリで撮った2ショットや自撮り。
最近、流行りなのか顔に白い加工がかかっている。

そして、新しい購入品のハンドバッグの写真や
都市部へ出向いた時だと思われるお洒落カフェの
デザートの写真が残っていた。
50投稿ほど見ていくと、1つ気がついたことがあった。

三毛猫のアイコンの人が半年前からなみの投稿全てにいいねしている。
非表示なのでその人の投稿が見えないのが歯痒い。

このアイコンでは女性なのか男性なのかも分からない。
そう思いながらも、なみが亡くなる1週間前の最後の投稿を見てみる。

『綺麗だった!また来年も見に行きたいね』というコメントと共に
オホーツク海の流氷の写真が投稿されていた。
久しぶりに見たなと思ったと同時にコメント欄を見て息を飲む。

なみの命の足跡を見つけた。

あのあと、チリンで優と別れてから悪友の家に1泊させてもらった。
夜ご飯は悪友の旦那さんが蟹鍋をご馳走してくれた。
なんで、こんな優しい人が悪友と結婚したんだろうと思った事は
内緒にしておく。

町から車で1時間ほどの市に2人でむかった。
いつも、うるさい悪友も思うところがあるのか静かにしている。

私もなんだか落ち着かない。
悪友との間に広がる静寂に耐えきれず、
スマホと車内のスピーカーを繋ぎ、YouTubeを流した。

いつも見ているYouTuberがライブ配信で視聴者からの質問に答えている。
その質問の中に、不倫をしている側の不倫妻からの相談があった。

旦那より不倫相手の方が好きで別れられない。
どうしたら良いのか分からないという誰得な内容だった。

そのくだらない質問を聴きながら、窓の外を見る。
樹木が氷の彫刻のようにカチカチになっていた。
道路も氷でツルツルなのに、悪友の運転は安定していて感心させられる。

「人はなんで不倫すると思う?」

いきなり、悪友が聞いてきた。

「えっ?」

その時、悪友が少し氷でハンドルをとられたようで
車は微妙にスリップして中央車線をはみ出した。
そう言いつつセンターラインは氷で凍てついて見えなくなっているけど。

「ごめん、ごめん〜」

とハンドルを元の位置に戻す悪友。

「寂しいからじゃないの?」

不倫妻こと悪友の問いに返事をする私。

すると、悪友の横顔はイタズラっ子のように二マリとエクボをつくりながら

「あ〜惜しい!寂しいっていうより、誰かに必要とされたいからだよ」

とらしくない正しそうな事を言う。

「この世界はただ産まれてくだけじゃ、存在を無条件に肯定してもらえる事なんてないし、私達はこの世に真の意味では、まだ産まれてこれてないの」

      「必要とされて初めて人間になれるんだよ」

それを聞いた私の胸の中の闇達がいっせいに踊り出した。
ザワザワ、さわさわ、ザワザワ


「部屋番号302だよね?」

「そうだよ」

返事を聞いた悪友はボタンを押し、ひと呼吸おきながら
呼び出しボタンを押した。

待ち構えていたように、男性が優しい声でどうぞと言うのと同時に
自動ドアが開いた。

「初めまして。ヒロトと申します。
インスタのDMの方もありがとうございました」

と茶色のフレームメガネをかけた、私達より一回りは年上であろう
細身の男性が迎え入れてくれた。
名脇役と言われているメガネをかけた俳優さんに似ているけど、
名前は忘れた。
人の名前が本当、覚えられない。。。

その足元にはちょっと?ぽっちゃりな三毛猫が高めなウミャ〜を
連発しながらウロウロしていた。

「マル、あっち行くよ〜」
とヒロトさんは移動するよう促しているが三毛猫はフルシカトしている。

「あっ、猫大丈夫でしたか?毛ついちゃうかもですが、すいません。。。」
「あっ、大丈夫ですよ〜。すごい可愛いオスにゃんですね」

と私が答えると、ヒロトさんは

「あっ。。。この子、女の子なんです。
実は三毛猫のオスは中々いないんですよ〜」

と言われ、同じ猫買飼いとして若干気まずい。
女の子なのにマル。。。

居間に通してもらい、ダイニングテーブルに私と悪友は座らせてもらった。

ヒロトさんがコーヒーを準備してくれてる間に、
マルがその巨体からは想像できない華麗なジャンプを決め、
テーブルの上に着地する。
ウミャと短めな鳴き声で決めたマルに私と悪友は拍手を送る。

「あっ、邪魔ですよね。すいませ〜ん」と言いながら
コーヒーと赤いサイロを持ってきてくれた。

ヒロトさんはマルの巨体を優しく抱き上げると、
少しサイズが小さい猫ベッドの上にマルを寝かせ
猫用布団をかけてあげている。

その動作だけでヒロトさんは優しい人なのが伝わってきた。
だが、マルははみ出している。

コーヒーをすすっているとヒロトさんが話し始めた。

「僕となみは半年ほど前から付き合っていました」

それに対して、悪友が遠慮がちに聞く。

「なみのお腹の子はヒロトさんの子ですか?」

「はい、僕の子です。
僕達は入籍の準備もしていて、なみとは春から同棲の予定でした。
仕事も僕の建築士の事務仕事をやってもらう予定だったんです」

「あっ、そうだったんですね!てっきり私は不り」
「あのっ!!ちょっとお聞きしにくい事なんですが。。。」

と余計な事を言う悪友に被せて聞きにくい質問を匂わす。

「あっ、もしかして借金のことでしょうか?
なみともう絶対に借金はしないと話し合って、
お金は僕が立て替えて全て返済したんです」

とヒロトさんは察してくれ、答えてくれた。

この人、尊すぎるやろ。きっとこの仏は人生3週目なんだな。
仏なのに?
だがしかし、それと同時に疑問も残る。。。

「こんなに、幸せだったのに、何でなみは自殺してしまったんですか?」

と今度は遠慮なく悪友は正々堂々と質問した。
その聞き方はまずいだろと思い、悪友の方を見ると
カラコンで茶色くなった瞳は真剣な眼をしていた。

「2人には僕の見解も踏まえて、あの日の事をお伝えします」

とヒロトさんは私達に以下の真実を話してくれた。

なみは妊娠初期の症状として貧血気味だったようで、
度々、めまいや立ちくらみがあったらしい。
ヒロトさんも無理はしないようにと見守っていた。

亡くなる当日の昼間、なみはヒロトさんの家に同棲の準備で来ていた。
夕方、帰宅した際にうっかりスマホを忘れていったらしい。
なみは昔から忘れ物が多い!

そして、警察は自殺と判断しているが、
ヒロトさんは絶対に自殺ではないと思っている。

亡くなった時のなみの持ち物は財布のみだった。
ヒロトさんは近くのコンビニに行く途中だったのではと考えている。
そして、その時に不運にも貧血にみまわれて公園のベンチで休もうとした時に、気を失ってしまい、そのまま凍死してしまったのではないかという事だった。

「何より、なみが帰る直前に結婚式についての相談だってしていたんです。
だから、絶対に自殺なんてありえません!!」

と眉間にシワを寄せながらヒロトさんは言い切った。
そんな飼い主を尻目にマルはアクビをこいている。

「なみのスマホありますか?」と私は聞いた。

「亡くなった日から、辛くて僕は見れていませんがあります」

と持ってきてくれ、3人で電源をつけてみた。

そこには長年一緒に過ごした私達も
見たことない満面の笑顔のなみと
優しそうに微笑むヒロトさんと
2人に抱きしめられて太々しいマルの3ショットが待ち受けになっていた。

あーあ、そっか。
私は勘違いしてたんだ。

とめどなく、目から何かが溢れてくる。しょっぱいな。
人前で泣くなんて恥ずかしいな。嫌だな。
それでも、とめられない。

いつの間にか悪友も泣いている。

私達、カラカラの子は大人を憎んでいるんじゃない。
ただ、愛されたかった。必要とされたかっただけなんだ。

誰からも愛されない自分に絶望して、
なみが孤独にこの世から自ら去っていった事実が
私は死より恐かったんだ。

私はヒロトさんに聞いてみた。

「なみの事、抱きしめてあげましたか?」

「頭を撫でてあげましたか?」

「どんな事があっても、あなたの味方だよって伝えましたか?」

「産まれてきてくれてありがとうって伝えましたか?」

ヒロトさんは全ての質問に対して、鼻水を垂らし、泣きじゃくりながら

「はい」

と答えていた。
かけていたメガネはもうベタベタになっている。

最後に私は、インスタのコメント欄に
なみの死後、ヒロトさんがかきこんでいた事も聞く。


「あなたは僕に必要な存在だって、なみが生きている時に伝えましたか?」

ヒロトさんはもう声にもならない叫びをあげながら、
首を縦にブンブン振っていた。

私は確信したのだ。
なみはこの世にちゃんと生まれてこれて、
ウルウルの子として死んでいったという事を。

いつの間にか、マルがテーブルに乗っていて、
ダイの大人3人の泣き顔に頭を擦り付け始めた。

 
「なみ自殺じゃなく良かったね〜」

と呑気に悪友は言った。

私達はヒロトさんの家を後にし、少し散歩をしてから帰ることにした。

夕暮れの日が悪友にあたり柔らかなオレンジ色の光に全身包まれている。
普通はこんな時に綺麗だと思うのだろうけど、逆光でただただ眩しい。

日が落ちきっていないのに雪国はやはり寒いなぁ。
悪友のまつ毛も泣いた後だからか、
あの時のなみのように冬のマスカラをつけていた。

その悪友の横顔が急に愛しくなり
私は願わずにはいられなかったのだ。

いつか、この子もウルウルの子になれますように と。


#創作大賞2024 #エッセイ部門


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