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最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 8話(終)

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8話 ゲームセット
 
 その後も試合は拮抗し、カイザースが1点リード、3対2でポメラニアンツ劣勢のまま、回は7回裏先頭打者四球にて出塁となり、ランナー1塁、打席にはこれまでヒットのない松崎へと回ってきた。

 1打席目は三振、2打席目はチャンスでありながら併殺、いいところがないままで回ってきた勝負の打席だった。ネクストバッターズサークルには本日松崎の併殺直後にツーランホームランを放った小比類巻が準備を始めている。

 ファンの脳裏にはこれまでこうした劣勢の場面に立たされた時の松崎の勝負強さが鮮明にこびりついており、球場の期待の大きさも歓声へと形を変え、響き渡っていた。

 馴染みの登場曲とともに、松崎が打席へと向かう。ベンチを出る前に監督が何やら声をかけている様子があり、中継のカメラもそれを映し出していた。

 ここまで3失点と少し苦しいピッチングが続いた平川も祈るようにベンチから松崎の背中を見守っていた。

 カイザース先発は助っ人外国人のミセリ。これまで先発として十分な働きを見せているが、100球を超えたあたりでガクンと失速することで知られている投手だ。そして、球数はもう97球。疲労の色を隠しきれないミセリに対してカイザースベンチの動きは早かった。
 
 -カイザース、ピッチャーミセリに代わりまして、堂園。
 
 カイザースが投手交代のカードを切った。当然と言えば当然であろう。ここまでカイザースは鉄壁のリリーフ陣を強みとして上位陣に名を連ねている球団だ。中でも堂園は今シーズン防御率0点代と抜群の安定感を誇る速球が売りのセットアッパーだ。
 
 投球練習の最中、食い入るように松崎はその球筋を目で追いかけていた。これまで復帰後に対戦した投手の中では、平川以来のスピードを持った投手であり、その様子を見る限りでは、久方ぶりに対戦する超一流とのぶつかり合いの前に不安を抱えているようにも見えた。
 
 改めて松崎の登場曲とともに打席へと足を進めた。いつものルーティンを終え、ギュッと鋭い目線を対戦相手の堂園へ向けた。
 
 初球。少し追いつけていなかったように見えた。判定はボール。果たして松崎は手を出さなかったのか、それとも手が出せなかったのか。多くの人が不安の要素を覚えた、次の投球だった。

 あまりに沸き立つ観衆の声に打球を見失った。どうやらファールであったようだ。ただ大飛球に対して先ほど数秒前に横たわっていた不安の気配は誰の目からも消えたようだった。3球目は緩い変化球、大きく外してボール。1ストライク2ボール、アウトはなし、ランナーは1塁。ホームランが出ればポメラニアンツの逆転の場面。

 渾身のストレートに空を切る松崎のバット。これで2ストライク、2ボール。どこか絶対的な地震から来る余裕を漂わせている堂園の方がいくらか有利な立場から物事を進めているように感じた。その後、2球をファールで粘り、7球目。カイザースからすればただ1アウトを積み重ねるだけになるが、松崎にとってはここで結果を残すことができるかどうか、運命のかかった一球とも言えた、その7球目。
 
 -明らかな手応えがあった。
 
 大きく舞い上がった打球は、多くの観るものの確信の通り、スタンドへと吸い込まれていた。復活を証明するような打球であった。試合前に囁かれていた多くの噂ごと吹き飛ばすような一撃は、ポメラニアンツの逆転優勝の狼煙のようにも感じさせた。
 
 何年振りなのだろうか。沸き起こる大観衆の歓声の中、噛み締めるように松崎はグラウンドを一周し、戻ってきた。ベンチがそれを暖かく迎え入れる。

 監督の目には涙が浮かんでいるようだった。一方、平川は次のイニングへの準備もあり、冷静さとどこか寂しさを含んだ目で松崎の姿を捉えていた。
 
 その後、ポメラニアンツの攻勢は勢いを強め、気づけば最終回スコアは3対7と4点のリードに広がっていた。明らかに流れを奪われたカイザースは、その後も覇気のない攻撃の時間を終え、無事にゲームセット。ポメラニアンツの勝利、そして誰もが否定をしないだろう、ヒーローは松崎。観客からはすでに松崎コールが巻き起こっていた。
 
 意地の完投勝利を遂げた平川と松崎、2人が今日のヒーローインタビューの対象となった。平川は平静を装っていたが、松崎と抱き合うや否や涙を抑えきれず大きくこぼしていた。手には今日着用したあまり見慣れないグローブを持ったまま-。
 
 
 
 そこから数日後のことだった。
 フィーバーも少しおさまった一方で、ポメラニアンツの勢いは大きく取り戻され、連勝街道を走っていた。
 戸崎は血相を変えて走っていた。
 
 「おい、なんか今やってるニュースとかねえのか、なんでもいいから着けろ!」
 
 吉野は言われるがままリモコンへと手を伸ばし、テレビにそれを向けた。
 
 映し出されたアナウンサーが少し忙しそうにニュースを切り上げ、急遽渡されたであろう一枚の紙を読み上げる、まさにそんなタイミングだった。
 
 「テレビつけましたけど、間に合いましたかね?何があったって言うんです??」
 
 呑気そうな吉野を無視して、戸崎は悔しそうな顔をしたまま、テレビを睨みつけていた。
 
 
 「ただいま…入ってきたニュースです…。
 えーっと…ポメラニアンツに在籍している松崎選手が窃盗容疑で逮捕されたとのことです。
 ただいま入ってきたニュースです。先日復活を遂げたポメラニアンツの松崎選手が窃盗容疑で逮捕されたとのことです。
 詳しい情報が入り次第、追ってお伝えいたします。」
 
 


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