最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 3話
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三話 疑念
平川はまだある種の疑念を抱いていた。松崎の特大ファールの後、見事に三振に切って取ったことで、一つの確信にそれは変わった。
それは松崎があの事件の後も死ぬほどの努力をしてきたということと、その中でどこかを痛めているのではないかということ、そしてもう一つは事件に関することだ。
前述の二点は対戦することですぐに理解することができた。ただまだ一つ、真犯人が捕まったからといってすぐに松崎を復帰させても良いのかというところには疑念を抱いていたのだ。
旧知の仲だからなのだろう。あの時どうして松崎は否定しなかったのか、どうして罪を受け入れて選手としては全盛期を迎えるであろう二年を棒に振ってしまったのか。そこに平川はどうも納得することができなかった。
実を言うと事件の後も何度かその件については松崎を問い質したことがあった。しかし、松崎は曖昧な回答で濁すばかりで確信をつく答えは得られないままであった。平川からすれば、別に松崎にとって特段思い入れのある後輩でもない大田原を庇う理由が見つからなかったからだ。
そんなことが頭に浮かんでいながら、まず平川はポメラニアンツのエースとして復活に賭ける元主砲に聞かなくてはならないことがあった。
「膝の調子悪いのか?」
「いや、別にそんな悪くはないんだ。ただ一人で練習していた時にちょっと痛めただけさ。」
「トレーナーには?大丈夫なのか?」
「今からどうにかするとなればまだ育成の身でシーズンに間に合わすことはできないからな。大丈夫。」
「あとさ…
「ほら、エースがいつまでも俺にばっかり構ってたらおかしいだろ」
松崎はそそくさとどこかへ行ってしまった。焦る気持ちも理解できたが、このまま走り続ける盟友を一度止めることも必要なのではないか、平川はそんな迷いと共にシーズンインすることとなった。
「どうだった?」
何がどうだったなのか、いつも通りあまりにぶっきらぼうな質問に対して、若干の苛立ちとともに平川は監督山元へ答えた。
「まだ本調子に戻ったというわけではなさそうですね。もう少し調整すれば以前ほどでは無いにしろ、戦力としては十分力があると思います」
「膝の調子は問題なさそうか?」
「そこは本人は問題ないと言っていましたが、やはり監督も気づいてましたか…」
流石に名選手であり、ポメラニアンツを四度の優勝に導くだけの男である。瞬時に松崎の膝の調子が良くないことくらい見抜いていたのだろう。
「まあでもお前がそう言うのであれば、夏頃には戦力として使えるようになるかもしれないな。」
山元はそう呟くように話すと、そのまま言葉を続けた。
「高校生の頃からの同級生のお前だからこそ頼みたいんだが、あいつのことちゃんと観ててやってほしいんだ。
おかしなことがないか、今このキャンプ中が特にな。
開幕すればしばらくは難しいだろうが、この期間だけでもあいつから目を離さないでやってくれ。」
確かにこのキャンプ期間だけでも、あの事件に関して嗅ぎ回っている変わった記者がいたり、ネット上でも歓迎の声と同じくらいにバッシングの声があるというのも現実に起きていることだ。
平川は山元の真意までは問わなかったが、その言葉の意味をそう理解した。
ポメラニアンツは松崎を欠いたあとも二年連続で優勝。ただ日本一にはどちらの年もなれていないという成績だった。
だからこそ日本一奪回に向けて大事なシーズン。最注目は松崎の復帰。取材陣も例年以上に熱が入った様子であった。
そんなキャンプ中盤に一つの騒動が起きる。とある選手のバットが紛失したというのだ。現時点では紛失という言葉に収まっているが、おそらくは盗難であろうとの見立てが取材陣の中でも噂されていた。
このことは公にはされず、伏せられていたが松崎を始めとして、ポメラニアンツの選手間には大きな動揺を与えていた。そして、すぐに情報が漏れ、野球ファン以外にも衝撃を与えていた。
ネット上ではルパンだのと称され、大泥棒との名高い大田原がいなくなったはずなのに、同様の事件が起きたということで、心無い声が松崎の元にも届いた。
「やはり、松崎が…。」
「松崎が犯人に決まってる。」
根拠のない憶測だけで転がされている数々の言葉たちに平川は怒りと共に、ただ山元監督からの依頼にも従い、松崎にフォローの言葉をかけた。
さすがに本人も気にしているようだった。ようやく復活に向けて歩き始めたところだ。怪我まで隠して。育成からだ。なぜ更にこのような仕打ちを受けなくてはならないのか。平川には、そう主張しているように松崎の姿が映った。
殊更に警察沙汰にはしないようにしている球団の姿勢に対しても平川は苛立ちを隠しきれなかった。盟友を疑う無情なファンの声に庇うこともしない球団へ、自分が声を上げるしかないのだとも確信した。
ただ、そんな平川のことも山元は既に理解していたようだ。急遽呼び止められ、二人きりで話す機会が用意されていた。
「おい、平川。あんまり感情的になるなよ。」
平川は怒りを山元へぶつけるかのように言葉を連ねた。ただその言葉を遮りながら山元は話し続ける。
「どうやら今回の件は単純にあのバカがバットを失くしただけという話らしいんだ。球団が動く理由もないだろ。
今はあんな事件があってピリつく気持ちもわかるが、今回に限ってはどうやらそういうことらしいんだ。
せっかくポメラニアンツのエース、即ち球界のエースとしていいイメージのまま来てるんだ。
こんなところでそのイメージを壊す必要はない。」
平川は納得できなかった。球団ぐるみで監督までもがなにかを隠そうとしているようにしか思えなかった。
「松崎の様子はどうだった?」
「どうもこうもないですよ!酷く落ち込んだ様子で…。ネットの声とかも見てるみたいで、このままじゃあいつの復活に水を差すような状況ですよ。」
「そうか…。何か言ってたか?」
「いや、特には…。声をかけることくらいしか出来なかったです。あまりの様子に。」
「お前には負担をかけて申し訳ないが、引き続きあいつのこと見といてやってくれ。」
そう呟いた山元はどこか悲しげな表情をしているように見えた。
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