最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 1話
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一話 復帰
およそ多くの会社員がこの昼休みにあらゆる媒体にてこのニュースを観ていることだろう。
あの「窃盗疑惑」の真犯人が逮捕されたという報じられた際に、中にはこの未来を想像した人も多くいただろう。
松崎復帰のニュースが世間を賑わす中、読解新聞社の社員食堂にて戸崎は若干の苦い顔でもってランチ定食を食べ終えた。
「よかったっすね。松崎復帰するみたいで。」
人の気も知らないでアホづらで聞いてくる目の前のこいつに戸崎はなんとか自分を抑えながら答えた。
「良いも悪いもねえだろう。真犯人だなんだあったかもしれねえが、あの時の俺らの記事が嘘扱いされ出すってことだ。今頃めんどくせえやつらが騒ぎ立ててる頃だろ。あほくせぇ。」
吉野は乏しい自信の想像力を働かせ、少しだけ事態を理解し始めたようだ。
「でもあの時、証拠はあったんですよね…。それなら、どういうことなんですかね…。」
やはり吉野には理解が難しかったようだ。
「結局偽の情報つかまされて俺らが引退に追い込むほどに記事にしちまったってことになるな、今のところは。」
「ただよ、誓って嘘は書いちゃいねえんだ。もう一回調べ直してみねえと納得はできねえな。ははっ。」
恐ろしく乾いた笑いにこれから付き合わされ、、いや、始まるであろう鬼の戸崎と呼ばれた男の執念の取材に吉野は大きく唾を飲んだ。
元々の事の全容はこうだ。
確かに真犯人とされる男からの情報を中心としていたのは事実だった。
ポメラニアンツの主砲である松崎がチームメイトの私物を盗んだということで解雇処分とされ、それから2年が経過し、今回の報道に至るという訳だ。
当初から冤罪といった声は多くあがっていた。だからこそ悩んだ部分はあったのだ。
おそらく松崎と関わったことがある人間であれば、真犯人とされる人物を庇った結果、何も言わずに罪を被ったという構図が早々に想起されるだろう。
自身もそうであった。そんなはずがないと思いながらも、ある一点の証拠をもとに進み続けた結果が解雇処分だ。
今となって思えば、今回逮捕されたチームメイトに仕組まれたことと言われれば、その通りなのかもしれない。
ただ、このままでは戸崎自身の記者生活としても終わることができないという思いだけが、胸の中を渦巻いていた。
真実が全ての人を幸せにすることなんてないかもしれない。でも、真実が闇に葬られてしまえば、それによって生まれる不幸は不必要な不幸だと、そんな思いからこの仕事に就いたことを戸崎は今、ふと思い出していた。
ポメラニアンツのエースは、この五年間はおそらく声を揃えて彼の名前をあげるだろう。かつて王浜高校にて、松崎ともチームメイトであった平川だ。
松崎がドラフト一位、平川がドラフト二位での入団であり、年によっては実質のドラフト一位がどっちでどうだという論争が野球ファンの中で起きることでお馴染みの関係性だ。
実際に当事者間ではどうなのかというと、さほどそんなことはどうでもよく、高校時代から変わらず良好なチームメイトであった。
平川はおそらく松崎の復帰を誰よりも望んでいる人物の一人であった。ただメディアに出るたびに松崎に対する発言は厳しいものが多く並んでいた。
「あんなことがあってから二年も経ってから復帰。それじゃプロ野球が舐められてしまう。ずっと最前線でやっていた自分が相手になって、完膚なきまでに叩き潰します。」
絶えずこんな調子である。平川は自身のペースでの調整が許されていることもあり、育成選手契約のため二軍キャンプスタートである松崎とも同じキャンプ地での調整が可能だ。
おそらく球界を盛り上げ、松崎復帰にも話題性を持たせるためでもあろう。初日に紅白戦形式での対戦が決まり、平川vs.松崎が決定した。
「どうだ?大丈夫そうか?」
いつものように少し明るい声で平川が声をかけた。
「ん?大丈夫?まあ緊張はするけど、頑張るしかないよ。」
松崎の返事に少々そっけなく感じるが緊張の裏返しなのだろうと平川は感じた。
松崎も、平川のメディアでの言動などが全て球界を盛り上げるためということは理解しているようだった。
「全力でいくからな。」
「おう。」
短いやり取りの中にだが、確かな信頼関係がそこにはあった。
一斉に焚かれるフラッシュ、少し熱狂的すぎるファンもいるようだが、スタンドに押し寄せたファンにも一礼し、いよいよ3桁の背番号でのユニフォーム姿でグラウンドに戻ってきた。
もう二度と味わうことのないと思っていた全てのことに込み上げるものがあった。
あの時は球界全体にも迷惑をかけてしまった-
復帰に際して力を貸してくれた全ての人のためにも-
あの頃のようなホームランを打つことが自分にとって唯一できる恩返しだと確信していた。
その一歩目がまず平川との対戦。この状況下におかれ、野球の神様の存在すら松崎は信じ始めていた。
軽くアップを終え、合同練習を終えたのちに、全野球ファンが注目しているであろう対戦が行われる。
どうやらあの熱狂的なファンは帰されたようだ。少し静けさも伴い、緊張感と共に全ての視線が打席に注がれた。
二年間のブランクがあるとはいえ、直前のシーズンには本塁打王を獲っている男だ。平川も久方ぶりの対戦へ緊張感を覚えているようだった。
-おそらく初球はストレートだろう。
プロ野球界でも最上位に位置するチームメイトの渾身の直球に今の自分がどれほど通用するのか。試してみたい気持ちもあった。
平川が大きく振りかぶる。ようやく戻ってくることができた喜びを抑えながら、構える。
手元から離れた白球へがむしゃらに食らい付いた。
快音と共に青空へ高く上がった打球はそのままスタンドへと放り込まれていった。
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