最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 2話
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二話 真犯人
大田原は自身の野球人生が終わったことを心の底から噛み締めていた。
入団したのは五年前のドラフトだった。ドラフト三位、高卒ルーキーとしてはそれなりに高い評価を受けての入団だと確信していた。
名門との呼び声も高いポメラニアンツに入団するというだけで誇らしい気持ちであった。ただ、その一方で重圧も感じていた。
今となってはあの頃の地元限定のフィーバーも、むしろ恥ずかしいこととして認識される出来事なのだろう。
それなりに努力してきたつもりだった。ただ、あまりにもプロの壁は高かった。象徴のように扱われる平川・松崎にはなれないであろうことは日々痛感していた。
特に大田原が主に守るサードのポジションには、もはやポジション争いなどなく、松崎がその座に君臨していた。大田原も他のポジションへのコンバートを試みるなど努力したが、どれも上手くいかず、あの「絶対的王者」に挑むことを強いられ続けていたのだ。
当時大田原も入団してから九年目であった。レギュラーポジションを確立できぬままでは、来年以降の契約も危ぶまれるほどの成績しか残せていなかった大田原は、例年以上に追い込まれていた。
報道も気付けば昨年本塁打王に輝いた松崎を中心にポメラニアンツの特集が組まれていた。自分の名前など添え物のようにしか記載がない。
大田原を焦らせる要因はそれだけではなかった。昨年子供が産まれたことで、より一層のプレッシャーを感じていた。いや、感じさせられていたというのが正しいのだろうか。
どうやらスポーツ選手というのは、そのスポーツに詳しい女性と結婚することはあまりおすすめ出来ないらしい。
そのことを実感するかのように、コーチより厳しい言葉の添えられた妻からの連絡を受け取っていた。
例年より若手を抜擢する流れが強いことは身に染みて感じていた。余裕が無くなれば無くなるほどに周りの視線が良くないものであるように感じた。
事実、もうあいつは終わったと話す声が耳に入ることも増えた。今改めて思わずとも、正気を失った状態であることは明らかだ。
「松崎さえいなくなれば…。」
頭に浮かんでは消さなくてはならない作業を、何度繰り返しただろうか。
人は追い込まれるほどに、理由を他人に押し付けたがるように出来ているのかもしれない。自分の実力不足を憧れすらしたスターにぶつけることで、不安を掻き消そうとしたのだ。
気付けばいつからか、レギュラーに向け努力することよりも、いかに完璧にプランを実行するかということだけに集中していた。
ただ、そこまで追い込まれた男が描いたプランなど綻びだらけであることは明白だった。とにかく松崎へ疑惑が向かうことだけが大事なことだと考えたのだ。
そこからのことは思っていた以上に大田原の思う方向へ進んでいった。自身でもそこについては少し恐怖を覚えるほどのとんとん拍子だった。
疑惑を向けられた松崎へ処分が下るまでのスピードは常軌を逸した速度であり、大田原の想定以上であったのも事実であった。ただもう一つ想定外であったことは松崎が空いた穴に自身が入ったというわけではなかったということだ。
今回このようなことになったのも、同様の手口で貶めようとした同僚に見つかったことが理由だった。
誰かに吐き出したかった。
許されたいという感情が、「松崎事件」の真相解明にまで至ったという形だ。
どうやら妻も離婚の方向で動いているらしい。これはいいのか悪いのか大田原には定かではなかったが、とにかく全てを失ったという観点からするとその通り全てを失った。
名門とされたポメラニアンツでの二年前から続く不祥事の対応に追われ、危うく監督業からも退くことになりかけたが、山元監督は今年も采配を振うこととなった。
山元はポメラニアンツ黄金期とも呼ばれる時代の不動の四番打者だ。名球界入りこそ果たせなかったが、当時の野球界では一人輝くスーパースターだ。それゆえに重圧や困難も多くあったが、今回はそこに救われたような形か。
この山元こそ大田原が真犯人となって以降、松崎復帰に向けて動いた立役者だ。影では平川らも動いたとは聞いている。
元々は自身の背番号を譲るほどに可愛がった松崎の不祥事に一番胸を痛めていたのは山元だった。見慣れない3桁の背番号を背負う松崎の背中に喜びとなんとも言えない感情を抱えていた。
先程、可愛がったとの記載があったが実のところ、二人の間にはそこまでコミュニケーションが取れていたというわけではない。都合のいい表現になるが絆や信頼で繋がっている関係とでも言うのだろうか。だからこそ復帰後の松崎に山元は直接面と向かって声をかける機会を逸していた。
例の平川vs.松崎が終わったあとでようやくその時間が訪れる。
少し不思議な間が開く。
「どうだ?調子は?」
「まだまだ本調子ではないですね。少しずつですが、一軍で戦力になれるように頑張りますよ。」
およそ絆で結ばれているだのなんだのいう大人たちの会話など、こんな程度のものなのだろう。
とりあえず「会話する」というミッションのみを果たした山元は松崎の今後も含めて苦い顔でその場を去った。
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