最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 7話
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七話 復活の狼煙
悪質な転売が問題になるほどのチケットの売れ行きだったそうだ。超満員に膨れ上がったという言葉が言い過ぎにならないほどの観客が、本拠地ポメラニアンスタジアムを埋め尽くしていた。
チームとしても観客の盛り上がりは痛いほどに感じていた。今まで数度代打での出場は果たしており、その都度大きな注目を集めていたが、今日もそのうちの一つであった。優勝前線へまだ可能性を残している中で、明らかに良い流れが生まれている。山元監督も今日のスタメン起用について、前日より打順も含めて明かしていた。
「4番・サード松崎」
この響きが場内に馴染みのアナウンスで戻る日をどれだけの人たちが待ち望んでいたことだろう。そして、先発はポメラニアンツの大エース平川だ。
「さすがにちょっとフィーバーが過ぎやしねえか?」
取材の名目で訪れた読解新聞の戸崎も驚きを隠しきれなかった。
「ブランクもあって、この前まで育成選手としてやっていて、かつマイナスイメージも強まるような騒動もあったのにな…。
やっぱりファンの中には良い記憶の方がよっぽど刻み込まれて、多少のもんはすぐ忘れ去られちまうもんなんだな…」
ポツリと一人呟いたあと、単純な野球取材の体をなした時間をやり過ごしたあと、本当の目的に向け、戸崎は取材を進めることとした。
中にはかねてからの報道により、今日が最後のスタメン起用になるのではないかといったマイナスな噂が立ち込めているのも事実であった。その根拠なき噂がフィーバーに更なる盛り上がりを追加しているのも事実であろう。
試合開始時間が近づくにつれて、沸き起こる松崎コールなど、スタジアムは異様な空気に包まれていた。
試合前の投球練習に平川が姿を現した。
その眼は少し潤んでいるようでもあった。
そして、目ざといファン以外にも気づいている人がいるようであったが、普段着けているグローブとは違う色のグローブを着用しており、フィーバーの真っ只中にいる人々のボルテージに更に火をつけることとなった。
「高校時代に着用していたやつだ…」
「松崎復帰に合わせて、あの頃のグローブにしてきたんだ…」
真偽の程はどうであるかわからないが、想像がそのようにファンの中で膨らんでおり、この試合を見守る実況席からも、そのような見方で見解は一致したようであった。
そして、平川の目に浮かんでいる涙もドラマチックな解釈と共に伝えられた。
高校時代の盟友が紆余曲折を経て、このような状況まで少なくとも戻ってくることが出来たのだから当然だろう。
カイザースvs.ポメラニアンツの一戦の幕開けを前に、エース平川の憎い演出なども含めて、SNS上でも大きな盛り上がりを見せていた。普段野球を観ないような層の人にまで、その輪は広がっているようだった。
場内は試合開始直前となり、スターティングメンバーの発表がされているタイミングであった。一人ずつ場内の洒落たアナウンスと共に選手が呼び込まれていく。粋な演出もあり、通常の流れとは違い、松崎が最後に呼び込まれる順番となっていた。湧き上がる会場、駆けていく松崎。その姿に涙するファンも多く映し出されていた。
平川の感情もさらに揺れ動いているのか、一筋の涙が流れることを止めることができていなかった。
ホームのポメラニアンスタジアムでの開催となるため、ポメラニアンツは後攻、カイザースが先攻となっている。カイザース先頭打者の大塩が、このやりづらい空気の中で打席に入った。
カイザースは現在首位を走る強豪チームだ。スポンサーとなる企業の遠慮のない投資の中で野球をすることが出来ており、常にAクラス常連のチームであった。4軍制を敷いている中での競争も激しくなっており、一方で高いレベルの機材の中で常に練習を行うことができるようなチームだ。
そんなカイザースの中で育成ドラフト4位から這い上がった人気選手が先頭打者の大塩だ。小技だけではなく、長打にも定評があり、今シーズンの初回先頭打者ホームランの本数は7本と日本記録に大手をかけている。
当然そんな選手と対峙しているのだ。平川もそのことは理解しているはずだった。気持ちを落ち着けるように投じた初球は、そのままホームチームの応援団がいるスタンドへと吸い込まれていった。
一瞬静まり返ったスタジアムの中に、カイザース陣営の応援が切り裂くように飛び込んできた。先程までの空気感が嘘のように、ポメラニアンツ陣営は静まり返ってしまった。
平川も動揺が隠しきれない様子であった。こんな大事な試合でいきなり失点してしまったことだけでなく、自身の気持ちの部分で生じた結果であることを誰よりも理解していたからだ。
その後、後続を四球、ファーストファールフライとなり、4番カリオストロの前に1アウトランナー1塁の状況となった。カリオストロは、今シーズン平川が最も苦手としている打者であった。初回の立ち上がりに明らかに失敗した平川には対峙するだけでも嫌な選手であることは明白であった。一球目明らかな暴投により、ランナーを2塁に進めたことからも観るもの全てにそのことを確信させた。その姿を見た山元監督が申告敬遠を告げた。
初回でエースが4番に対して申告敬遠を選ばされる異常性よりも先に、エースの動揺の色の方が心配材料としては大きかった。
そんなタイミングであった-
松崎が一度間を取り、内野陣がマウンドに集結した。何を声かけたのかは聞き取れるものではなかったが、エースの目から動揺は消え去っているようだった。
続いての5番も助っ人外国人ホワイトだ。初球をフルスイングし、特大ファールとなった。このことが少しエースに落ち着きを取り戻させたようであった。タイミングをずらし、2球目は変化球でストライク。2ストライク0ボール。注目の3球目は奇しくも松崎の守るサード方向へ鋭い打球となって襲いかかった。
「松崎飛びついて、セカンド送球、セカンドアウト、そしてファースト送球、ゲッツーです!!」
会場は大歓声と共に苦境を1失点で抑え切った平川へも大歓声が送られていた。松崎の見事な守備でピンチを乗り切ったのだ。
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