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最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 4話

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四話 支配下登録
 
   シーズンも交流戦が終わり、ポメラニアンツは苦しくもなんとか2位に位置付けていた。新外国人のギャローズが不振続きで打線が苦しむ中、平川を中心に投手力で勝ち続けている印象だ。

 一方、松崎は開幕までに支配下登録とはいかず、2年のブランクを埋めるように2軍で経験を積んでいた。少しずつ勘を取り戻し始めたのか自慢の長打にも輝きが戻り始めていた。
 
 そんなある日だった。
 
 ポメラニアンツの監督室は常に開かれており、話したいことがあればとコミュニケーションが取り易い環境が整えられている風であった。

 実際はというと結局のところ、その開かれた扉を通過してまで直接主張をするような選手はあまりおらず、有名無実化しているのが現状であった、この日までは。

 事前に連絡をしているようではあった。平川が監督室へ何やら直談判しに行ったようであった。途中すれ違った記者たちは平川のその表情から只事ではないことだけを汲み取り、選手間でもその情報はすぐに広まった。

 平川も投手陣を代表して、あることを相談したいと一定の理解を選手間で得ていたらしく、他の選手らは特別動揺もなく、この出来事を受け入れていた。
 
 「松崎の支配下登録についてですが、いかがお考えでしょうか。」
 
 平川は単刀直入に山元監督へ質問を投げかけ、少し空いた間をさらに続けた。
 
 「チームも長打不足で苦しい状況です。松崎も調子が上がりつつあると聞いています。交流戦明けで同じリーグ同士の戦いに戻るタイミングで松崎を上にあげてもらえないでしょうか。」
 
 山元はただ静かに頷き、誰かに聞かれないようにと開かれた扉をそっと閉ざして、こう続けた。
 
 「当然そのことは前向きに考えて、上と相談している。2軍監督からも調子が上向いたことは報告も受けてる。膝の具合も改善しているそうだし・・」
 
 あまりに煮え切らない態度に平川は遮るように声を荒らげた。
 
 「一体何があと足りないっていうんですか!?調子も取り戻してるというのに…。なんか変な占いにも頼りだしたって聞いてますよ!!だいたい、キャンプの件も結局何の疑惑もないまま終わったじゃないですか!?まだ何か言うやつがいるなら、僕がはっきり言ってやりますよ!!」
 
 「いいんだ、占いの件なら言って聞かせて辞めさせたから。
 それより平川、お前は松崎の体調についてどこまで知ってるんだ…?」
 
 「監督こそ全部知ってるんですか…?だったらなおさら今の間に上にあげるべきでしょう!!」
 
 あまりに大きな声で叫ぶので特に規制も張っていない廊下に響き渡ってしまっていた。読解新聞の戸崎も聞き耳を立てずともこのことを知ることとなった。
 
 「こりゃあ、なんかあるな…。調べてみねえといけねえな。」
 
 戸崎は一人呟いてトーンの落ちた監督室を横切り、この件も含めてアテのある次の取材に足を進めた。
 
 
 あまりに憮然とした表情の平川に多くの人が出来事の顛末を察した。

 実は開幕前、いや復帰を前にして平川は松崎から膝の調子以外の不調についても既に話を聞いていた。どうやら監督と平川くらいしか全てを話した相手はいないらしい。

 高校時代から当たり前に観ていた彼のホームランの描く放物線を、ただもう一度観たいと願うだけなのに--。

 平川は気持ちをそっと鎮めて投手陣の練習へ合流した。その時にはチームのことだけを思うエースの顔に戻っていた。
 
 
 その翌る日の一面だった。
 

 「松崎支配下登録へ」

 各社一面で一軍登録する旨のニュースを記載していた。平川の大立ち回りの後に、松崎が監督室へ招かれているのをみたという記者がおり、きちんと裏も取れている情報らしい。

 背番号はかつて背負った番号からは程遠い99番に内定しているとのことであった。ようやく見慣れない3桁の背番号から解放されるのだ。
 
 平川は真っ先に松崎へ連絡した。どうせすぐに出ないことはわかっていたが、そんなことはどうだってよかった。この時ばかりはチームのためを建前とした主張など捨てて、単純に古くからのチームメイト、親友として直接言葉を伝えたかったのだ。案の定、出なかったがそんなことも別に分かりきっていたことだった。
 
 松崎は屋外での試合が多い2軍での活動の中で、高校球児のように肌は焼け、入団仕立ての頃のように体は絞れていた。夏が近づくにつれて膝の調子も良くなっているというのは嘘ではないようだった。
 
 ただこの頃になると記者の間で様々な噂が立てられるようになり始めた。
 
 -どうやら松崎は毎週病院通いをしているらしい。
 -それも整形外科関係の病院じゃないらしいんだ。
 
 平川と山元監督の声を漏れ聞いた記者が調べ始めたところ、いくつか確証に近いものも取れ始めているという。読解新聞の戸崎もそのうちの一人だった。
 
 


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