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最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 5話

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五話 騒動前夜
 
   「今日はどうされたんですか」
 
 しゃがれた声の老人から尋ねられ、少し社交辞令的に会話を繋げたのは読解新聞の戸崎だった。しばらく会話をしたあと、本題を切り出した。
 
 「あの黄金期の海王高校の監督をされていた柴田さんだからこそ知る、平川選手と松崎選手について、少しお話をお聞かせ頂きたく参りました。」
 
 粗暴な日々の話し方からは想像がつかないほど丁寧な戸崎の姿に多くの同僚は人間不信になるかの如く衝撃を受けるだろう。
 
 「今回松崎選手が復帰されるということで、より過去のルーツから掘り下げてお話を伺いたいんです。」
 
 「まああの子たちは自分たちで考えて努力できる子たちでしたからねえ…。たまたまあの時代にあのチームを監督していたというだけで、特別何かお話しできることがなくて、むしろ申し訳ないねえ…。」
 
 「解雇処分となった際にもさんざん取材が各社来て大変だったと思いますが、今回無事に疑惑も払拭されての復帰ということで、何か言葉をかけるとしたらどんな言葉をお伝えしたいですか…?」
 

 「まあ彼は故障も抱えていたし、色んな意味でリフレッシュする期間としては良かったんじゃないかと思うんだ。有名なところだと膝を痛めて何度か手術もしてるし、あまり知られていないが高校の頃から手首も痛めることが多くてねえ…。復帰の時にももう一度アーチストとして大きなホームランを打ちたいと言っていたが、その夢を叶えてほしいねえ…。」
 

 「ありがとうございます。松崎選手が手首にも爆弾を抱えていただなんて、あまり伺ったことがなかったので、貴重なお話をありがとうございます。
 実はもう一点お伺いしたいことがありまして…。」
 
 
先程まで穏やかに語っていた老人とは思えないほど、柴田氏の顔が警戒に染まった。
 

 「実は何社か取材を受ける中で、松崎が何か病気なんじゃないかって聞かれることが多くてね。その件については何も知らないから答えられないんだ。申し訳ないねえ。」
 

 明らかに何かを隠すようにこれまでの言葉のペースとは一線を画すような速度の回答に戸崎も次の一手に悩んでるしまった。
 

 「いえ…、全くそのようなお話を伺ったことがなかったので…。変な噂が立っているんですね。それは大変困ったことです。今度顔見知りの記者がいたらそんなことはないと伝えておきますね!」
 
 
大嘘を並べた後に戸崎は最後の一手を刺した。
 


 「ただ先日平川選手と松元監督おふたりからも直接伺った話がありまして…。」
 

 「君は一体どこまで知ってるんだい…?」
 
 
「どこまでも何も全て実は聞いてしまったので、これを記事にすべきかどうか…。」
 
 「何か知っているという証拠はあるのかい…?」
 
 「証拠…。証拠というとまだそこの部分がないので、こうしてお話を伺いに来たのです。」
 
 「いや、何か知っているという確証もないんじゃ、話すことはないよ。」
 
 「それはそれは…。本日は大変お忙しい中、お時間をいただきまして、ありがとうございました。またお話伺わせてください。」
 
 戸崎は心の中でほくそ笑んだ。
 元からこの取材で何かを得ようなどと毛頭考えていなかった。
 -ただ、この件には隠された何かがある。
 このことだけが老将柴田の言葉により確定に変わったのだ。
 
 戸崎は実はもう既に一定の心当たりはつけていた。あとは吉野からの連絡を待つだけだ-。にしても遅いが。
 
 
 吉野はSNS上でも目撃情報が上がっていた総合病院の前にて待機していた。待機していたというにはあまりに豪勢な食糧陣を車に積みながら-。

 当然のようにこの男、戸崎のことが大の苦手だ。まあこの二人をみて合うはずがないことなど一目瞭然なのだが…。この苦手が高じた結果、吉野には謎の予知能力すら目覚め始めていた。この能力の結果、戸崎から電話が来ることを今の時点で察し、口の中の食べ物を全て飲み込んだ。
 
 「おい、吉野。松崎は?」
 「はい!まだです!」
 「何時からそこにいるんだっけ?」
 「10時からです!」
 「昨日の?」
 「いや、朝のです…。」
 
 吉野は約束の時間にそもそも間に合うような男ではない。朝早くから待機出来ていれば確実に松崎がこの病院に来て、帰るところを捕まえるということが可能になりうるのだが、その可能性も未知のまま、SNS上の噂に全てbetした状況だ。
 
 「まあいい、何かがあることはわかったんだ、こっちの方でな。お前は松崎が…」
 
 戸崎の言葉の途中で、松崎が姿を現した。吉野に現状を伝えつつ、行動に移すことなど期待する方が間違っている。携帯を即座に助手席の食べ物広場に投げつけ、駆け出した。
 
 「松崎さーーーん!!!!!」
 
 大声で駆け寄る大男に周囲の注目は集められ、その後耳にした言葉と同じ名前の選手がそこにいることで一気にその場は混乱した。
 この病院には整形外科はなく、ある種の治療に関して有名な施設だった。SNSを通じて一気に拡散した情報を止める術など、もうそこには存在しないほど爆散した。
 
 

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