失われた数千の物語
娘とのお話
「お話聞かせて」
娘がまだ小さかった頃、寝る前に毎晩お話をねだられました。
「3つのお題を決めてください」
僕がそう言うと、娘はうーんと考えて、3つの言葉をあげます。例えば、「ウサギ」「ひまわり」「自転車」とか。全く関連がない言葉を娘は選びます。
すると、3つのお題を使ったお話を僕は考えます。考える時間は3分ぐらい。
「お話ができました。目を瞑って、横になって、パパのお話を頭に思い浮かべてください。目を開けたり、喋ったりすると、そのお話は永遠に失われてしまいます」
今聞くと呪文のような言葉を唱えてから、僕は娘にお話をしました。例えば、自転車を買ってもらったウサギのぴょん太が、伝説のひまわりを探しまわる話とか。落ち込んでいた主人公が最後には目的を達成するような話をすることが多かったです。
最初の頃は、お話を聞いている間に娘は寝てしまうことが多かったのですが、少し大きくなっていくと、お話に夢中になって終わっても寝なくなってしまい、毎晩何個もお話をねだるようになってきました。
2歳から8歳ぐらいまで毎晩3つぐらいのお話を作っていたので、数千の創作話を作ったことになります。
最初にお題をもらうのは、娘が自分もお話作りに関わっていると思ってもらうためでした。お題を通じて、お話を作る楽しさを少しでも知ってくれたら嬉しいという思いがありました。
僕は即興でお話を作るわけですが、今考えると、よくそんなことが毎晩できたなと自分のことなのに感心します。
宝探しなど王道のストーリーや過去に読んだ童話からインスパイアされた作品もありましたが、その多くは、娘のお題を聞いて頭に浮かんだ物語を語っていました。
でも、今思い返そうとしても、それらの物語はほとんど思い出せません。数千の物語はどこへいってしまったのでしょう。
お話を小説に
物語を娘と一緒に作る体験をいつか小説に使いたいと思っていました。
今月刊行の「夏のピルグリム」では、主人公の夏子と妹のチイチャンがぬいぐるみを動かして、お話を作ります。
夏子とチイちゃんのお話は、単発ではなく連続した物語になっていますが、元のアイディアは娘と作ったお話からでした。
「夏のピルグリム」の作中には、ふたりが作ったお話が挿入されています。童話というかファンタジーというか、そんなお話です。
小説部分だけではなく、お話部分も楽しんでいただければ幸いでございます。
著者初の単行本形式の小説「夏のピルグリム」がポプラ社より発売中です。「ポプラ社小説新人賞」奨励賞受賞作です。よろしかったら書店で手に取ってみてください。善い物語です!
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