第2章#15 授業力up②研究授業は誰のため?
(約3000字)
「#14 授業力up①校内研究は誰のため?」で述べたように、私は、初めての校内研究授業で、研究授業の何たるかが少しわかった。
思い返せば、初任の頃の私は、その日暮らしで、日々の授業を主任に聞きながら、行き当たりばったり、時々バッタリ倒れながら、ただこなしていた。子供たちに、申し訳ないことをした。
校内研究授業を通して、目的をもって日々積み上げることの大切さがわかったので、私はいろいろな教科の授業力を身に付けていきたいと思った。
授業のノウハウを身に付ければ、もっと楽に授業ができると思ったからだ。
私は、昔から、少ない労力で大きな成果が上げられる方法を考えるのが好きだった(要は、怠け者…でも、なぜか、いつも楽をするためにものすごく努力をする羽目になるのです…)。
地区の教育研究会国語部
そして迎えた、2年め。5年生の担任。
私は、とにかく研究授業を引き受け、それに向けて日々の積み上げをしていきたいと考えた。
大学の専門が国語だったので、地区の教育研究会では国語部に所属していた。
年度初めの研究会。研究授業の授業者を決めるところで、やりたいと手を挙げた。
皆さん、新参者の私を快く授業者にしてくださったが、後で、これは無謀だったと思い知らされることになる。
国語の授業の基本
私の研究授業は、11月。
それまでに何を積み上げておくべきか、同じ学校の国語部所属のN先輩に聞いた。
・・・どういうこと(?_?)
全部、初めてなんですけど…
①は、N先輩に教えてもらった。
違う学年だったが方法は同じなので、要所要所の授業を見せてもらった。
初発の感想から、めあてと授業計画を立て、物語であれば登場人物の心情等を、意見文であれば要旨を考えていく。
②③は、国語だけでなく、すべての教科で取り組んでいく必要があった。
他の教科でもいろいろ試したが、社会科だけはなんだかうまくいかなかった。子供たちには申し訳ないことをした。
(10年後、クラス会をしたとき、教え子の一人に、他の授業は面白かったけど、社会はつまらなかった。「あれ何とかした方がいいよ。」と言われた。子供って正直。というか、よく覚えていることに驚き!そしてさらに反省…社会科については、その後克服したのでご安心を。)
そして、授業規律が大切なことはすでに分かっていたので、それは、きっちりやろうと思った。
そうしたら、ある日、子供から苦情が出た。
私は、真面目過ぎて面白くないそうだ。
初めての5年生担任で、授業をしっかりやらねばと思うあまり、1年めの最後に「子供たちが喜ぶ楽しいことをたくさんやってあげよう」と思っていたことを忘れていた。
私は、本来、不真面目で怠け者。
本領を発揮すればいいだけだ。
本領を発揮してからは、子供たちとの関係もうまくいくようになった
(と思う…)。
指導案検討会
2学期になって、研究授業に向け、指導案検討会が行われた。
教材は『三人の旅人たち』今、扱っている教科書はないと思う。
私は、教材分析、単元の指導計画、本時案の素案を考えて臨んだ。
やはり、地区の教育研究会でもバックアップがしっかりしていた。
国語部員はとても多い。
夕方からの検討会だったが、多くの先生方が集まり、私は、たくさんの意見をいただき、アップアップだった。
皆さんが言うことをメモはしたが、それぞれで考え方が違うところもあり、何をどうすればいいのかわからなくなった。
困惑していた私は、偶然帰り道が同じ方向だった研究会の主要な役割をしているA先生に、道々、「私は、この後どうすればいいのでしょう…」と尋ねた。
A先生は、研究主題に迫るために、「自分が、この教材を通して子供たちに何を考えさせたいか、この教材を学習し終わった後、何につながっていくのか、定めた上で、教材分析をし直してみよう。」というアドバイスをしてくれた。
道端の自動販売機の灯の下で、自転車の上に教材を広げて、やるべきことを整理してくれた。
何となくだったが、目指すべき方向性が見え、やるべきことがわかってきた。
思えば、この経験が後々の自分の授業に対する考え方の原点になり、その後研究員の経験をもって確立した気がする。
そして、研究授業
研究授業を10日後に控えた休日。
私は、珍しく遊びに行かず、指導案の仕上げに格闘していた。
そうしたら、その日、父が亡くなった。
その週の初めには、このお話の第1時に入らなければならなかったが、私は学校に行けないので、指導計画に基づいてN先輩が授業を始めてくれた。
初発の感想の分析も行っておいてくれた。
これまでも、国語の基本的な展開で授業を行ってきているので、子供たちが混乱することはなかった。
普段から積み上げておくことの大切さがよく分かった。
研究授業に向けての準備のことは、鮮明に記憶しているのに、研究授業当日のことは、なぜかよく覚えていない。
コテンパンではなかったことは確かである。
研究授業の大切さ
繰り返しになるが、研究授業は、それを柱に1年間授業改善に取り組めるところがよい。
自分に力が付くということは、子供たちのためになるということ。
教え子の言葉にもあったように、授業が面白いと感じ、心に残っているのだ。
研究授業に取り組まなくても、自らすすんで授業改善に取り組める人はそれでいいが、私のように元来の怠け者は、何もなければ何もしないのでなないかと思う。
実力が身に付かないまま、年齢を重ねてしまうことが恐ろしいので、私は、その後も毎年、何らかの研究授業を必ず引き受けることにした。
苦手だった社会科についても、数年後に校内研究で取り組んだことで、意味がわかり、克服できた。
だから、皆さん、研究授業は機会があればすすんで引き受けた方がいいです。
指導案なんて、どうってことない、楽勝です…というくらい力が身に付くと、日々の授業が楽になり、負担感が相当減ると思います。
言うまでもないことですが、研究授業は、指導案を作ることが目的ではなく、授業改善の手段の一つです。
校長として心掛けること、2点
まずは、先生方には、チャンスがあればどんどん研究授業を引き受けさせること。
地区だけでなく、自治体や全国規模の研究会など、機会があればどんどん参加させた方がよい。
その間校内が手薄になるなどという、目先の対応に囚われると、先生方が伸びる機会を逸してしまい、長い目で見れば大きな損失である。
もう一点、学校として研究協力校などを引き受けるとき、特に、開発や教育課題など、新しいことをやる時は要注意。
引き受けたからには成果を出さねばならないと、校長自身が強引に牽引してはいけない。
成果を出すために無理をして、研究が先生方の負担になるようでは本末転倒である。
やってみたけど、難しかった、という結果を恐れてはいけない。
例えば、私が国語の習熟度別学習の開発に取り組んだ時、とても成果が上がることは分かったが、そのためには加配が必要で、そのまますべての学校に取り入れられるものとはならなかった。
しかし、方法論としては、加配なしでも取り組めることがあるということがわかった。
やればやっただけの成果はあるだろうが、課題を課題としっかり認識し、詳らかにする勇気をもつことだ。
研究に課題が残ったからといって、問題にはなりません。
逆に、先生方が疲弊して、校内がガタガタする方が、大問題です。
ぜひ、先生方にとって有益な研究にしていただきたいです。
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