恐怖の御札
これは私が小学校低学年だった時の話。
私の実家は東北で、割と大きめの寺だった。家の向かいには道路を挟んで倉庫兼車庫があり、一階が車庫、二階が倉庫で、三階と言うよりは屋根裏部屋に近いスペースがあり、そこには本が沢山置かれていて、当時の私はそこを秘密基地と定め、お腹が空くまで本を読んでいた。
ある日、例によって基地の床に寝そべり本を読んでいた私は、ふと後方に気配を感じた。基地の入口は、幼い私も屈まなければ通れない程狭い階段のみで、階段の方を向いていた私に気付かれずに基地に入ることは不可能である。
気の所為だろうと再び本の世界に没入しようとするが、怪しげな気配を感じる薄暗い部屋に一人ぼっち、幼い私は内心怖くて仕方がなかった。
あまりの恐怖にちょっとした身動ぎすら躊躇っていたその時だ。
カタっ
背後で何かが落ちる音が聞こえた。もう限界である。全身が総毛立ち、恐怖に脳を支配された私は、一目散に階段へと走った。
どごぉん!
およそ人体から発せられたとは思えない鈍い音を立て、額と鴨居が火花を散らす。幼子でも屈まなければ出入りできないほど狭い入口であるが故に、助走の付いた勢いのまま強か頭を打ち付けたのだ。お星様が飛び散り、頭上をひよこが輪舞する中、私はあるものに気が付いた。鴨居から僅かに白い紙が覗いている。
御札だ!
やはりここには何か邪悪なものがいたのだろう。この御札はそれを封印するためのものだったのだ。階段は薄暗く、基地にはいるためには頭を下げなければならなかったため今まで気付かなかったが、それはずっとそこにあったのだ。もう私はパニックである。痛む頭をおさえながら、脇目も振らずに命からがら一階の車庫まで退散した。
一息ついた私だったが、安全な場所に来たことで恐怖心は和らぎ、それと入れ替わるように好奇心が頭をもたげた。
あの御札には何が書いているのだろう?
五芒星、祝詞の一節、神仏の絵かもしれない。はたまた封じている化け物の名か。
ズキッ
御札の想像と呼応するように、ぶつけた頭が疼き出す。
どうしても気になる!
私は何かに取り憑かれたように階段を上がり、ゆっくりと、ゆっくりと、御札に近づいて行く。頭の痛みは治まらず、心做しか一歩踏みしめるごとに強くなるような気さえした。
遂に基地へと続く階段に辿り着き、恐る恐る視線を上げると、真っ白い紙に、芸術的なほどに達筆な文字で書かれていたのは…
頭上注意
呆気に取られる私を嘲笑うかのように痛みは続く。その後瘤が治るまでの3日間、私の口は常にへの字に曲がっていた。