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曖昧なこの世界を掬い取る言葉たち──『言葉の還る場所で』読書感想文

詩人、俳人と呼ばれる人たちは、「ことば」というものを原材料にした生業を営んでいるから。
言葉の限界、言葉の違和感、そういうものにとても敏感だ。

いや、「敏感」という言葉ではとても言い表せない。
実体と表現との違和感や矛盾に否応なしに向き合い、押し寄せる大波の狭間で呼吸してきたプロ詩人としての骨格が言葉の端々に見え隠れする。

自分に素直でいること、
場の空気を読むこと、
他者に対して見栄や虚勢をはること。

自分の心の中にすむそういう相反したものものを、まるっと飲み込んで──無意識に振る舞ったり、気づかないふりしたり、時に向き合ってちょっぴり凹んだり開き直ったりして、みんな生きている。

谷川さんや俵さんに代表される、世の中に共感される言葉を生む人は、こういう「ゆらぎ」とか「はざま」とかの絶妙なバランスを凝視して、選び抜いて、言葉にできる人なのだと思う。


一生迷う

谷川俊太郎さんの何が好きかって、
自分が一度確定させた実績(=詩)に対して、決して確信を持つことがないところ。

俊太郎:僕は詩を書き始めたときから詩を疑っていたし、言葉も疑っていたんです。実体っていうのかな、言葉で言えないような存在に対して、言葉はとても無力だし、いい加減だし。なのに、詩は言葉で書かないといけないでしょう。全部が嘘になっちゃう。

p.12

それから、
みんなの中に普遍的にある詩情を、ちゃんと見ていて、信じているところ。
だから、たとえ感性とは無縁の生活をしていても、谷川さんの言葉は何かひっかかるものがある。

万智:一般的には、「ポエジー(詩情)をつかまえて言葉で可視化しました。これがポエムです」と思われがちですが、そうじゃなくて。
ポエムをつくろうとしたときにつかまえきれないものがあって、そういうものも含まれているのがポエジーなんだ、ってことですよね。
俊太郎:うん、そうそう。
だから、詩なんて書いたことも読んだこともない、という人の中にもちゃんとポエジーはある、っていうことを、僕は信じているわけですよ。

p.26

谷川さんは、職業詩人としてのビジネスライクな感情もたまに覗かせる。
感性とか芸術とかいわれるものでもって現実を生き抜くには、こういうシビアさがわりと重要だよなと思う。

万智:短歌の場合は、とりあえず五七五七七になったのを目で見て、一応の着地点はわかるんですが、自由詩がこれで完成っていうのは、どんな感じでわかるものなのでしょうか?
なんだか、すごく素人くさい質問ですけど。
俊太郎:僕は一番注文が多かったころは、締め切りが着地点でしたね。もうこれで書くのをやめなきゃ、っていう。不満足だけど、ここでやめて明日送る、みたいなことはありましたけど。
でも、もっと内面的に考えると、やっぱりどこかで、もうこれ以上書いてもだめだろうな、っていうときはありますね。

あえて遠ざかる

谷川さんは対談の中で、自分の周囲に対する態度としてデタッチメントという言葉を使う。ここでの解釈としては「他者から距離をおき、超然として無関心であるような態度」というニュアンスの言葉だ。

でも、これも言葉通りじゃないんだよな、となんとなく私は思う。

ポエジーとポエムの関係と同じで、人が内面に抱えているもの(感情という言葉であらわすことの多いもの)すべてが表出するということがありえないように。

繊細で、感受性が強くて、あらゆるものから影響を受けやすいがゆえに、あえて意識的にデタッチメントする立場をとっている。そうならざるを得ないという方が、谷川さんのスタンスとしては正しい気がすると。

天邪鬼といえばそうなのかもしれないし、そうしなければ生きていけない。そんな切実さもどこかに感じる。この感覚は、自分が繊細だとか、生きづらいとか、一度でも感じたことがある人なら、わかるかもしれない。

感性だけでなく

最近、私生活でも仕事でも論理と感性のバランスを考えることが多い。
バランスの欠損は自分ごとじゃない時ほどよく見える。論理が損をする場面も感性が損をする場面もあり、片方が著しく欠けているから起こってしまっている場面に出くわすと、単純に「もったいないな」と思う。
もう少し論理的に進めたら……もう少し感性で捉えたら……ちょっと事態は変わるのになと思うこともある。

いろいろ考えた結果、
私はどちらかを0か100かで選ぶんじゃなくて、どっちも100持てる人になりたいと思った。
必ずしも論理と感性はトレードオフではない気がしてきている。だから、どっちかに寄せるなんてナンセンス。

論理的で、感性的に。
現実的かつ、夢想的に。

手に入れるのを望むには、究極に見える贅沢で、なかなか難しいとは思うけど。
そういう人になりたいなあ。


カバー写真:UnsplashShoeib Abolhassaniが撮影した写真


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