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ロアルド・ダールが書いたブリッジプレイヤー夫婦の短編が面白いという話 〜「My Lady Love, My Dove(わが愛しき妻、可愛い人よ)」

イギリスの国民的小説家ロアルド・ダール(Roald Dahl, 1916-1990)は、映画にもなった『Charlie and the Chocolate Factory(チョコレート工場の秘密)』などの児童文学作品で世界的によく知られています。

そんなダールですが、小説を書き始めた当初は大人向けの短編小説を発表していました。その中の一編に、ブリッジプレイヤーの夫婦が主人公のブラックユーモア溢れる短編があると知り、読んでみたのでご紹介します。

今回ご紹介するのは「My Lady Love, My Dove(わが愛しき妻、可愛い人よ)」という短編です。1953年に刊行された『Someone Like You』というダールの短編集に収録されています。

記事執筆にあたっては、2013年刊行の日本語訳版『あなたに似た人〔新訳版〕』を参照しました。(文庫は2分冊となっており、「My Lady Love, My Dove(わが愛しき妻、可愛い人よ)」は1巻に収録されています。)

「My Lady Love, My Dove(わが愛しき妻、可愛い人よ)」

あらすじ

アーサーとパメラの中年夫婦はブリッジが趣味。特に妻のパメラは「それなりのお金を賭ける」ブリッジが好きで、最近知り合ったばかりだがブリッジの腕がいいスネイプ夫妻を自宅に招待することになった。
パメラは上流階級家庭の出身でお金持ちだが人を見る目に厳しく、スネイプ夫妻のことも「とても不愉快」「ちょっとブリッジがうまいからといって、それだけでどこへでも出入りできると思ってる」と悪口を言いたい放題。
そして、パメラは気に入らないスネイプ夫妻を泊める部屋にマイクを仕掛けることを思いつく。スネイプ夫妻の会話を盗み聞きしようというのだ。気の強いパメラに頭が上がらないアーサーは渋々ながらもマイクを設置。そうして、何も知らないスネイプ夫妻がやってきて…

ダールの短編は風刺や皮肉が効いたものが多く、この作品も訳者の田口俊樹さんの言葉を借りれば「上流階級の人々の人間臭くも浮世離れした生態が容赦なく揶揄されてい」ます。
あらすじは当方がまとめましたが、要点をかいつまんだだけでもツッコミどころが満載の短編です。

読む時のポイント

まず、短編集が発表された20世紀中頃においても、ブリッジは上流階級の人々の社交ツールとして行われていたことが伺えます。ブリッジはペアで行うゲームですから、欧米のいわゆる夫婦同伴文化にピッタリなアクティビティです。そして、「賭けブリッジ」も健在だったようですね。(トランプカードは古来から「ゲームと賭け」がセットの文化ですが、現在の日本で「賭けブリッジ」は真似なさらぬよう…)

この物語で上流階級の象徴となっているのがパメラです。パメラは「自分の階級や家柄にどうしてもこだわり」があり、近づいてくる人間の人物像を早々に決めつけるところがあります。上流階級ともなると様々な人との交流があり、お金目当てに近づこうとする輩もいますから、付き合う相手はよく吟味しなくてはならないのでしょう。とはいえ、上流階級でお金もあるのに疑い深くて高慢な性格のパメラの描き方はとても人間臭さを感じます。
反対に夫のアーサーはブリッジよりも蝶の研究が本来の趣味で、妻の機嫌を取ることをモットーにしている気弱な人物です。この物語はアーサーの視点で語られており、読者が親しみやすく、感情移入しやすい人物となっています。

そして、この夫婦の家に招かれたスネイプ夫妻は若いながらも上品で礼儀正しく、知性や教養を感じさせる会話をしてアーサーやパメラと社交を楽しもうとしています。
食事が終わるとブリッジをすることになるのですが、勝負はスネイプ夫妻の圧勝。パメラは盗聴のことが気になってゲームに集中できない一方で、スネイプ夫妻のゲーム運びは見事なもので、2人が「しくじった」のは一度きり。
スネイプ夫妻がしくじったのは「ミセス・スネイプが夫の手札(ハンド)を大幅に高く見積もって、シックススペードをビッドし」、アーサーがダブルをかけると「相手はスリー・ダウン」、「バル(ポイントが加算されるルール)でやっていたので、マイナス八百」というゲームでした。
この短編はブリッジの内容や用語が具体的に書かれているので、記述を読めば、ブリッジ愛好者にとってはその場面がありありと頭に浮かぶことと思います。
そして、この場面でスネイプ夫人はひどく落ち込んでしまうのですが、その理由は物語の最後で明らかとなります。

これ以上はネタバレになってしまうので書くのをやめておこうと思いますが、ブリッジを終え、寝室へ向かう二組の夫妻は一体どうなるのでしょうか?そして盗聴の結果は??
ラストシーンこそブリッジ愛好者が大笑いしてしまうこと請け合いであり、ブリッジを知らない人にとっては意味不明な内容なので解説したいところですが、その結末は是非本作を読んでみてほしいと思います。
というわけで、ロアルド・ダールによるブリッジがテーマの短編をご紹介しましたーではー。

ちなみに、旧版の田村隆一訳『あなたに似た人』では邦題が「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」となっておりますのでご注意くださいー。

個人的には「Dove(鳩)」を生かしているタイトルの方がニュアンスが出ていいなーと思います。

サポートはコントラクトブリッジに関する記事執筆のための調査費用、コーヒー代として活用させていただきますー。