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ブリッジやホイストが出てくる名作文学

イギリス、フランス、アメリカといった国々は、ブリッジやその祖先にあたるホイスト、オークションブリッジなどのカードゲームが盛んであったことは過去の記事でもご紹介していますが、それがどの程度それらの社会で普及していたのかを知ることは、現代に生きる私たちにとって難しいものがあります。しかし、その一端は過去の時代に書かれた文学作品から垣間見ることができます。

以前、「コントラクトブリッジのゲーム中に殺人事件が起こる話〜アガサ・クリスティー『ひらいたトランプ』」という記事でブリッジが題材となったイギリスの推理小説作品をご紹介しましたが、この他にもブリッジ…というよりブリッジの祖先のゲームである「ホイスト」がほとんどですが…が登場する文学作品が色々あるのでご紹介したいと思います。文芸好きな方や欧米文学に親しんでいる方なら一度はタイトルを聞いたことがあるような作品ばかりですよー。


高慢と偏見(1813)

ジェイン・オースティン(1775-1817)はイギリスの小説家で、英文学を学ぶ人には知らない人はいないと言っていいほどの有名作家です。『分別と多感』(1811)、『高慢と偏見』(1813)、『エマ』(1815)といった彼女の作品は繰り返し映像化がされるなど、現代においてもファンが多い作家と言えるでしょう。

『ジェイン・オースティンに学ぶゲーム理論』という研究書では、オースティンはカードゲームやボードゲームを作中に登場させることが多々あり、それらが作中で登場人物たちの人間関係を描写することに一役買っていたことを考察しています。個人的に本を読んだり映像作品を観たりしていたのですが、オースティン作品にこんなにもカードゲームが登場していたとは気にしていなかったのでちょっと驚きました。

オースティンの作品の中でも特に人気が高い『高慢と偏見』においても、登場人物たちがカードゲームをしようと声をかけたり、食後にカードテーブルを用意してホイストをしたりする場面があります。

また、『マンスフィールドパーク』(1814)の第25章ではディナー・パーティの後にホイストをしながら社交をする場面が描かれています。


モルグ街の殺人(1841)

アメリカ出身の小説家エドガー・アラン・ポー(1809-1849)による『モルグ街の殺人』は「世界で最初の推理小説」と言われ、現代の推理小説の形式を作り上げた作品として知られています。語り手の主人公が卓越した推理力の持ち主C・オーギュスト・デュパンと一緒に殺人事件の謎を解き明かしていく物語です。

この作品は、主人公が「分析的知性」について語るところから始まります。ここでは知的能力を発揮するゲームとしてチェス、チェッカー、ホイストを挙げ、中でもホイストは観察力と推理力が重要なゲームで、分析能力の訓練に適していることを切々と述べています。(また、「ホイルの法則」という言葉が登場しますが、これはホイストの戦略指南本を書いたエドモンド ・ホイルの理論のことを指していると思われます。「ホイル」の浸透度も伺えて興味深いです。)ストーリーとは関係のないパートなのでホイストやブリッジを知らない人だと読み飛ばしてしまうかもしれませんが、ホイストやブリッジを知っている人だと分かりみがあるのでは。

こちらは短編小説なので、他の短編と合わせた形で出版されていることが多いです。また、児童向け文庫でも数多く出版されています。


モンテ・クリスト伯(1844-1846)

日本では「巌窟王」というタイトルでも知られているこの作品は、フランスの小説家アレクサンドル・デュマ(1802-70)が新聞連載していた長編小説です。主人公のエドモン・ダンテスは無実の罪で投獄され、長い獄中生活をした後脱獄に成功。そして、謎の貴族「モンテ・クリスト伯爵」となったダンテスが自分を陥れた人間たちに復讐をしていく物語です。

ホイストの名前が登場するのは「48 観念論」の章で、ヴィルフォールという検事の人物像を語る際に「社交嫌いだが自分にふさわしい相手だけを選んでホイストをすることがあった」という描写があります。

下記のリンクは岩波文庫の一巻ですが、本作は全七巻にもおよぶ大長編です。


ホイスト・ゲームのカードの裏側(1850)

こちらは「有名」とは言えないかもしれませんが、タイトルにずばり「ホイスト」が入っている作品です。フランスの小説家バルベー・ドールヴィイ(1808-89)は1850年に『ホイスト・ゲームのカードの裏側』(Le dessous de cartes d'une partie de whist)という作品を発表しています。この作品はイギリス人との交流があるフランスの田舎町が舞台で、そこで連日連夜狂ったようにホイストに興じる貴族たちが描かれています。

カード・ゲーム、それこそ、大領主の型紙に合わせて裁断され、盲目の老女のように無為徒食しているかつての貴族たちの一大関心事でした。彼らは、世界中でいちばん賭博好きの国民であるイギリス人の祖先のノルマン人のようにゲームをしていました。イギリス人との血縁関係、イギリスへの亡命、それに大国間外交のように沈黙と抑制を重んじる、品位正しいゲームということで、彼らはホイストを採用していました。空虚な日々の底なしの深淵を埋めるために、彼らはそこにホイストを採用していました。
(『ホイスト・ゲームのカードの裏側』p27、渡辺 義愛訳、国書刊行会)

「品位正しいゲーム」としながらも、延々とホイストをプレイし続ける貴族たち……学生時代に仲間と徹夜で麻雀をした、なんて経験がある方もいるかもしれませんが、それに近いノリなんですかね?

ちなみに、前回ご紹介したGoogle Arts&Cultureには、こちらの作品と同名のエッチング作品が登録されています。

日本語版の書籍では表紙になっています。↓

前回の記事でもイギリスとフランスの貴族がカードゲームをする様子を描いた絵画作品をご紹介しましたが、この作品の内容と合わせてみると、貴族たちのカードゲーム狂い(?)は珍しくなかったのかな、なんて思ってしまいますねー。

八十日間世界一周(1873)

フランスの小説家ジュール・ヴェルヌ(1828-1905)は『海底二万里』『十五少年漂流記』など、日本でも多くの作品が親しまれている作家の一人です。『八十日間世界一周』も有名な作品ですが、なんと、この作品の主人公はホイストプレイヤーという設定です。

この物語の主人公はイギリスの資産家であるフィリアス・フォッグ氏。彼は熱狂的なホイストプレイヤーで、社交クラブの仲間と定期的にホイストに興じていました。ある時、いつものように仲間とホイストをしながら雑談をしている中で「何日あれば世界一周できるか」という話題になり、フォッグ氏は「八十日あれば世界一周できる」と口走ってしまいます。そして、本当に八十日で世界一周できるか、金を賭けて勝負することになってしまいました。そう決まるとフォッグ氏はホイストを終えるなり、召使いを連れて八十日間世界一周旅行に旅立つのでした…

冒頭以外にも、旅の道中、客船の乗客とホイストをする場面もあります。ちなみに、この世界一周旅行の行程には日本も含まれており、横浜港に立ち寄っています。


赤毛組合(シャーロック・ホームズシリーズ 1891)

言わずと知れた名探偵シャーロック・ホームズシリーズにもブリッジは登場します。イギリスの小説家アーサー・コナン・ドイル(1859-1930)によるこのシリーズは19世紀末から20世紀初頭にかけて執筆されたもので、当時の知的階級であるホームズもブリッジを嗜んでいたようです。

1891年に発表された『赤毛組合』では、事件の犯人に目星をつけたホームズたちが容疑者を待ち伏せしているシーンで、ホームズは暇つぶしのためにカードを持ってきていると話します。「2組に分かれてブリッジができると思ったけど明かりをつけると待ち伏せがバレるからやめよう」ということでブリッジは行われないのですが、そりゃそうだという話で…。

この作品は短編で、シャーロックホームズ全集などで読むことができます。

月と6ペンス(1919)

サマセット・モーム(1874-1965)は『人間の絆』(1915)などの作品で有名なイギリスの小説家です。さらにブリッジ愛好家としても知られ、日本コントラクトブリッジ連盟さんのサイトでも彼の「名言」が紹介されています。(※ブリッジ名言集

月と6ペンス』はモームの代表作の一つですが、この作品を説明するならば、イギリス人作家の視点を通して、絵描きになるため妻子を捨ててフランスへ渡った男の生き様を描いたアウトロー小説、とでも言えばいいのでしょうか。アート好きな方なら「これはあの画家がモデルなのかな?」と思い当たるところもあって面白いです。

こちらもカードゲームがテーマになっている小説ではありませんが、絵描きの男がイギリスで株式仲買人をしている頃、妻に疑われないよう外出する口実としてブリッジクラブに行くことを利用しています。(実際には一度もクラブに顔を出していなかったわけですが。)


伯母殺し(1934)

イギリスの推理小説家リチャード・ハル(1984-1973)によるこちらの作品にもブリッジが登場します。
小さな田舎町に暮らす青年はいじわるな伯母に業を煮やし、伯母に復讐を企むが…。
この作品の中で、伯母と青年が近所の人とオークションブリッジをする場面があります。1930年代にはすでにコントラクトブリッジが流行していましたが、青年たちの地域ではまだオークションブリッジをしている、という描写があります。


風と共に去りぬ(1936)

こちらは映画でも有名な、アメリカの作家マーガレット・ミッチェル(1900-49)の長編小説。南北戦争前夜のアメリカ南部に生まれた農園主の娘スカーレット・オハラの波瀾万丈な人生を描く一代記です。
この作品では、19世紀のアメリカでホイストが流行していたことがうかがえる描写があります。第五部第49章で、スカーレットは夫であるレット・バトラーの知人たちと知り合ったことをきっかけにホイストの名手となった、という記述があります。


ホーンブロワーシリーズ(1938-67)

イギリスの小説家セシル・スコット・フォレスター(1899-1966)によるこちらの小説は、18世紀末のイギリスを舞台に、士官候補生として海軍に入隊したホレイショ・ホーンブロワー青年が海軍士官を目指して奮闘する一代記です。そして、主人公のホーンブロワーは幼い頃に父親と教区の牧師夫妻に付き合わされてホイストをしていたためホイストが得意であるという設定です。このシリーズは全12冊あり、日本語翻訳版の第一巻となる『海軍士官候補生』では、冒頭からホーンブロワーがホイストの腕前を披露するシーンがあります。

ホーンブロワーシリーズはイギリスでテレビドラマ化もされており、2002年にはNHK-BSで放送されていました。見たことがある人もいらっしゃるでしょうか。


星の王子さま(1943)

フランスの作家、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900-1944)による日本でもファンの多い有名作品ですが、本作にもブリッジが出てくることはご存知でしょうか。
作品冒頭で、語り手が「おとなの人たち」との会話について語る際、「おとなの人たち」が分かりそうな話題の一つにブリッジをあげています。「ブリッジ、ゴルフ、政治、ネクタイ」というラインナップは当時の紳士の典型的な共通の話題だったのでしょうか。


ということで、ブリッジやホイストが出てくる文学作品をご紹介しました。19世紀の作品が多くなりましたが、この時代の貴族や社会的地位のある人々の間ではホイストをすることが普通にあったことが伺えました。また、社交のツールとして登場するだけではなく、登場人物の優れた知力を示す象徴としてブリッジやホイストが用いられることが多かったように感じました。

ブリッジがお好きな方で読んだことのない作品があったら是非読んでみて欲しいですし、ブリッジは知らないけど読んだことのある作品があった方はブリッジで遊んでみて欲しいですねー。文献調べるの大変でしたーではー。

サポートはコントラクトブリッジに関する記事執筆のための調査費用、コーヒー代として活用させていただきますー。