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私を救ってくれた石垣島の話

私が石垣島に対して救われたと言える程の特別な想いを抱いている理由と、石垣島に行くことになったいきさつをまとめてみました。

今の人生がどこか生きずらく感じられている方や、沖縄・石垣島への移住や旅を考えられている方には有益なヒントになると思いますので、気楽に読んでみてください。



東京大学大学院受験不合格と人生どん底の時間

2018年の冬、私は東京大学の大学院を受験し、最終審査で不合格となりました。

1年間を通して1日十数時間の勉強を続けていたこともあり、その結果が通知された時は一種の燃え付き症候群ような状態であったことに重ね、当時付き合っていた彼女との別れもあり心身共に疲弊していました。

私は、これからどのように生きていこうかと、毎日ただ悩み、考える日々を送っていました。

まさに、自分の人生で中で最も辛い時間であり、人生のどん底であったと思います。

偶然見つけた沖縄へのリゾートバイトの広告

そんな悶々としていた日々を過ごしていた私ですが、捨てる神あれば拾う神ありと言うように、偶然SNS上で見つけた石垣島への派遣社員として住み込みで働けるという求人広告。

はじめは、食事、住居、おまけに往復の航空券代までもが支給されるというあまりに好条件すぎる広告に疑いさえ持っていたのが正直な話です。

しかし、当時の私には失うものはもう何もないと言って等しかったので、騙されていたなら航空券代が無駄になるくらいで帰ってくればいいか!という気持ちでほぼ即決で決断しました。

何より前から沖縄に住むことは、自分の夢の1つであったし、それがこんなにも早く実現する可能性が目の前にあるのに、挑戦しなければ絶対に後悔することは明らかでした。

石垣島での島暮らしがスタート・島で暮らすということ

かくして、私の沖縄県石垣市での島暮らしが大学院受験の不合格という挫折をきっかけに始まりました。

石垣島に1度でも訪れたことがある方なら想像しやすいのではないかと思いますが、石垣島で生活をするということは今の生活、今までの人生では考えられなかったようなことが突然に日常のなかにたくさん飛び込んできます!

それは当然楽しいことだけではないですが、それらも含めて本当に毎日が刺激的になり、照り付ける南国の太陽の光のようにキラキラ輝き出します。

それまでの人生の大半の時間を、バレーボールと勉強ばかりをして過ごしてきた私もご多分に漏れずでした。

石垣島生活で得た大切なもの

そこからの石垣島生活での様々な出来事、島の人達、大切な友達たちとの出会いなどにより、自分の人生への考え方や価値観が180度変わっていきました。

そんな時ふと出てきた言葉が、『こんな生き方もあるんだ。あっていいんだ。』でした。

本当に自然に心からにじみ出てきた言葉でした。

ようやく自分の人生を真に肯定できるような、勝手に肩にたくさん乗せていた荷物を下ろしてもいいよ、と島が言ってくれたような気がしました。

これが私が石垣島に救われたと大恩を感じていることの大きな理由です。

一生忘れられない景色

この写真は、石垣島の有名な景勝地である川平湾の浜辺に初めて訪れた来島して間もないころの私です。

あの時の川平湾の美しさと眩しさは一生忘れられません。

最後まで読んでいただいた方、みーふぁいゆー。

みーふぁいゆとは、石垣島を含む八重山地方の方言でありがとうございますという意味になります。


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