ハガキは丸見えの回 ~30歳になるまでに解きたい呪い~
ハガキは丸見え
50を越えたおっさんになった息子が可愛くてたまらない意地悪な祖母、祖母に何も言えずへらへらしている父親。
学校から帰ってきたときに祖母と父が楽し気に話していると本当に鬱陶しかった。
祖母が帰ってきた私に嫌な顔をしたり睨み付けてくることが鬱陶しかったし、全く気づきもしない父が鬱陶しかった。
父は祖母が来訪すると遊びに行くことを許してくれなかった。
部屋で宿題をすることも許してもらえなかった。
祖母と父が話すことを横にいて聞かされる。
地獄だった。
祖母は父と話したいだけで私が話すことを許してもいないのに、父は私に学校の話をするように言ったりする。
なんで気づかへんの?祖母は私に興味ないどころか嫌いなんやで?
話すことが無いというより、祖母は私の話を聞きたいわけじゃないので話さずに座っていた。
やはり祖母は私のことなんて気にもせずに父と2人で話を始める。
さっさと帰れやババア、と心の中で悪態をついても一切帰ってはくれない。
ただ座るだけの時間は暇すぎて、テーブルの木目を迷路と思って目で辿っていた。
毎回そういう態度だったので、祖母も気に入らなかったのかもしれない。
「長男ちゃんはまだ帰ってこないの?会うまで帰れない!長男ちゃんと父親ちゃんに会いに来てるんやからね!?」
11歳の孫の名前にちゃん付けするのと50のおっさんになった息子の名前にちゃん付けするのは、同じ愛称でもえらい違う。
本当に、息子を超えて男として愛していたのだろう。
私は幼いながらに父親がちゃん付けで呼ばれているのは気持ち悪さを感じていた。
私や次男、姉は名前だけの呼び捨てだが、長男にはちゃん付けで祖母は分かりやすく区別で差別をしていた。
来訪しては長男にはお小遣いを渡したり、ベタベタベタベタ触っていた。
それは孫なのでまぁいい、でも父親にそれをする祖母はさすがに見てられない。
祖母は旅行が好きだったので来訪に間が空く時は、来ない代わりのように手紙を送ってくるようになった。
学校から一番に帰ってくる私はポストをチェックする任務を与えられていたので、一番にその手紙を手に取るようになる。
祖母の名前の封筒やハガキを見るだけでうんざりしていたし、こっそり捨ててやろうかとも思った。
そんなある日だ。
学校から帰ってきてポストを開けると、ハガキが入っていた。
淡い水色のグラデーションのハガキは綺麗だなぁと思ったのでよく覚えている。
その綺麗な丸見えのハガキの中身には、子どもでも不思議に思う文章があった。
『○○○ちゃんに先日会いました。こんなことがあったそうです。今度長男ちゃんも連れてみんなで一緒にお茶でもしましょう。』
その『○○○ちゃん』は私の名前でも姉の名前でも無い華やかな女の子の名前の響きだった。
さすがに気になってしまって家に入って父に無邪気に尋ねた。
「この『○○○ちゃん』って誰のこと?婆ちゃんがこんな風に書くって珍しいね」
「あー……、」
父は答えてくれなかった。
私も答えない父をなんとも思わなくて、直ぐに他のことに気が逸れてしまった。
ただ脳内に『○○○ちゃん』は刻まれた。
すると1週間ほどで祖母はやって来た。
学校から帰ってきてポストを見てから家に入り、玄関にある靴を見てげんなりした。
楽しげに話す2人に挨拶をして、出てこいと怒られる前にリビングに向かった。
「へぇー、ポスト見てきてるんやね」
と珍しく、祖母が私に話しかけてきた。
「あ、うん…」
「じゃあ、こないだのハガキも読んだんやろ」
祖母の口角が上がっていた。
この時は、何を笑っているんだ?と思っていたし、盗み見を指摘されているようでいい気分ではなかった。
父は何を思ったのか話を変えようと関係の無い話題を祖母に振っていた。
が、祖母はまたまた珍しく私を見た。
「学校は今何してんの?」
「今は100マス計算してるよ」
自然な会話をしたのが初めてな気もした。
それが少しだけ嬉しくなった。
子どもなんてそれだけで嬉しくなるのだ。
「○○○ちゃんこれくらいの時何してたっけ?」
この一言さえ無かったら、私は祖母に憎しみだらけの大嫌いを抱えることはなかった。
数日前に脳内に刻まれた『○○○ちゃん』がここでまた出てきたのだ。
「○○○ちゃんって誰?こないだハガキにもあった」
「人の手紙勝手に見るなんて!」
「いやだってハガキなんて丸見えやん……」
「○○○ちゃんは父親ちゃんの子ども!ほんま、何でも勝手に見るなんて…」
祖母が口角を上げていた理由がわかった。
祖母はこれを伝えたくて、わざわざ私に話しかけていた。
父親の『娘』という私の知らない知るはずもない同じ屋根の下にはいないどこかで暮らす存在を教えたくて、中身丸見えのハガキを選んで投函していたのだ。
「ほんま○○○ちゃんは可愛いのに!あんたは人の手紙勝手に見るような!」
私は祖母の言葉なんてどうでも良かった。
可愛くないと言われても最低と言われようとも、私は父しか見れなかった。
父は私を見て笑って「もう部屋行っとけ」と言った。
「お父さんの娘なん?この○○○ちゃん」
ここで聞かないわけにはいかなかった。
「そうや、他にも兄弟おるぞ」
父は平然と笑っていた。
どこかに私たち以外の子どもがいる父も、その名前を出して存在をわざと教える祖母も、私には理解できなかった。
でも意味もなく溢れてくる涙を止められなくて、家を出た。
泣きながら歩くわけにも行かず、マンションの隣の棟の階段でうずくまるしか出来なかった。
私には姉と長男と次男がいて年の差はあれど喧嘩をしながらも優しく楽しく生きている世界をどうにか全員で守りあっていた。
それはいつも脅かす父がいるせいなのに、その父には他所に子どもがいる。
その子たちは離れて暮らせているのに、どうして私たちは殴られて包丁や金属バットを持って追いかけ回されないといけないのか。
その子どもの母親は父の暴力から逃れているのに、自分の母親が殴られるのを見なきゃいけないのか。
悔しいのか何なのかわからなかった。
でも、悔しいって感情が近かったと思う。
知らなくていいことをわざと知らせる祖母の発言はもう意地悪では済まされないし、嫁姑関係の拗れを越えて息子可愛さに孫を攻撃対象にしたことは最低だ。
涙が止まらなくて、
あっそうや、あのババア殺そう。
と一瞬頭によぎった。
だからって8歳にそんなこと出来なくてただ消化できない思いに感情が昂るだけで、私は祖母が帰るのを外でひたすら待つしかできなかった。
私は父が何人と結婚をしたかは知らないが、私たち家族がおそらく最後の被害者だ。
後に知るが、私たちの他に父のDNAを受け継ぐ者が確実に4人はいるということ。
そして、祖母は長男とその○○○ちゃんが特別大好きでたまらなかったのだ。
長男と○○○ちゃんを会わせたがっていた。
祖母はそれからも丸見えのハガキに『○○○ちゃん』を綴ることで私を攻撃してきたのだった。
幼い私は父を嫌いになる方法もわからなくて、ただただポストからやって来るその攻撃を受け続けるしかなかった。
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