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安直かよ 大阪府、地下駐車場保管作品をデジタル化で処分とか(1)

大阪府特別顧問の「デジタルで見られるなら処分も」発言

 大阪府特別顧問の上山信一氏による「デジタルで見られるなら処分も」という発言、事の発端は大阪府による美術作品の「塩漬け」問題にあります。大阪府咲洲庁舎の地下駐車場に保管している美術作品の扱いをどうするのか? ということで、もともと問題になっていましたよね。

この件についての報道はこちら。
■大阪府保有の彫刻作品105点、駐車場で6年保管…評価額は計2億2000万円 (読売新聞オンライン/2023年7月27日)https://www.yomiuri.co.jp/pluralphoto/20230727-OYT1I50052/

■「デジタルで見られるなら処分も」地下駐車場美術品で大阪府特別顧問(毎日新聞/2023年8月18 日)(https://mainichi.jp/articles/20230818/k00/00m/040/192000c)

2つの記事をまとめると、
・大阪府で、1980年代に新美術館建設の計画があり美術作品を収集していた
・その計画がバブル崩壊で頓挫
・収集作品(彫刻)105点は咲洲庁舎の事務室で保管してきたが、2017年から同庁舎地下駐車場に移した
・8月18日、これらの作品の「アート作品活用・保全検討チーム」の初会合が開かれた
・大阪府特別顧問の上山信一氏は、府が収集作品のデジタルミュージアム構想を進めていることから「デジタルで見られる状況にしておけば、現物の処分してもいい」とも述べた
・上山氏に対し、美術関係者からは「裏付けとして作品現物を持っていることは必要だ」との指摘も

 「デジタルで見られるなら処分も」とは、安直だなあと思いました。確かに、「デジタル」は便利ですし、デジタル化して良かった物事はあります。現在では、インターネットにつなぎさえすれば、あらゆるコンテンツを楽しむことができます。私どものようなデザインの仕事も、ネットでのデータ入稿やデザイン素材の受け渡しが可能になりました。
 しかしながら、デジタルにはデジタルが抱える問題、そして限界があります。

「高度情報化社会」における「昔のデータが読めなくなる」問題

 「高度情報化社会」といわれ、すでに久しい。クリントンとゴアによる「情報スーパーハイウェイ構想」が1993年。IT(情報技術/Information Technology)革命は進みました。昔、新しかったデジタルデータが、今や古くて「読めない」という現象が起こっています。

 「情報スーパーハイウェイ構想」のほか、日本における商用インターネット接続サービス開始も1993年(※1)、1994年にはダイヤルアップIP接続サービス開始、電話回線を経由しパーソナルコンピューター(パソコン)で一般人がインターネットにアクセスするのが可能になっていきました(※2)。パソコンの普及とともに、2001〜2002年頃にインターネット利用率は50%を通過(総務省の「通信利用動向調査」による)(※3)、回線もナローバンドにかわってブロードバンドが普及していくことになります。そして、「ポケベル」の時代を経て主流となったポケットサイズの「ケータイ」は(※4)、やがてインターネットへのアクセスが可能となります。そして、初めてのiPhoneシリーズの発売がアメリカで2007年、アジア圏は2008年(※5)、ここまでで約15年あまり。
 この約15年あまりの間に、情報ネットワークとそれにアクセスするデバイス——ひいてはブラウザも——は、著しく発達、変遷しました。そして、いろいろなものや手段がデジタルに置き換わりました。
 デザイン業界ではDTPが普及・浸透し、パソコンやインターネットを使用して作業をするようになりました。レンポジ屋(※6)は、写真のデータを販売するストックフォト屋に置き換わりました。
 それ以降も、情報伝達技術——それは一方向性にしろ双方向性にしろ——は発達し現在に至ります。デジタルデータは、今や、クラウドに記録することも可能です。「高度情報化社会」と言われすでに30年あまり、便利になったという面はあります。その一方で、30年を経て露呈してきた問題もあります。デバイスやブラウザ、そしてコンピューターのOSや外部記録メディアのファイルシステムの変化に伴い、読めなくなるデジタルデータが発生するようになりました。

次回に続きます。

[注釈]

(※1)総務省「平成11年版 通信白書」>第1章 特集 インターネット>コラム1 インターネットの歴史(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h11/html/B1Z20000.htm)
(※2)総務省Webサイト>政策>白書>令和元年版>インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化>第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0>第1節 デジタル経済史としての平成時代を振り返る>(2)インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd111120.html)
(※3)(※2)同サイト「図表1-1-1-16 インターネット利用率の推移」。
   図表の基となる総務省の通信利用動向調査(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200356
(※4)総務省Webサイト>政策>白書>令和元年版>インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化>第1部 特集 進化するデジタル経済とその先にあるSociety 5.0>第1節 デジタル経済史としての平成時代を振り返る>(1)携帯電話の登場・普及とコミュニケーションの変化(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd111110.html
携帯電話は1990年代以前からあったが、当初はポケットサイズではなかった。
(※5)「Apple」Webサイト>Newsroom>プレスリリース 2007年1月10日「アップル、iPhoneで携帯電話を再定義」(https://www.apple.com/newsroom/2007/01/09Apple-Reinvents-the-Phone-with-iPhone/)
(※6)レンポジ屋:グラフィックデザインに用いられていた写真は、以前は紙焼きの他にリバーサルフィルム(ポジフィルム)も主流で、そのレンタル業があった。

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