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【連作短編ホラー】呪いの言葉がトリガー 第一章『一緒に死のう』1

小説概要

あの世とこの世の境界が曖昧になったS県K町。
その町ではネガティブな言葉がトリガーになってバケモノが目覚める。
公園、学校、病院、公営団地……。
町のありとあらゆる場所で、ありとあらゆる事情を持った人たちが溢す言葉で怪異が表出する。
それを解決するのは、バドミントン部のユニフォーム姿で除霊を行う女子中学生霊能力者の横山セリナだった。

第一章あらすじ

祖父が自宅物置に監禁しているユズハという女の世話を任されている「私」は、クラスメイトから女子バドミントン部に代々伝わる一本欅公園にまつわる怪談を聞かされる。それがユズハを救済する方法だと直感した「私」はユズハにその怪談を教えようと思い立つ。
ある日「私」は、霊能力があるという女子バドミントン部員横山セリナと出会う。そのセリナの霊能力によって、ユズハと女子バドミントン部に代々伝わる怪談との関係性が徐々に解き明かされていく。
救済を実行するために祖父の屋敷からユズハを公園に連れ出した「私」の前にバケモノが現れる。そのバケモノはユズハをあの世に連れていこうとするが、横山セリナが公園に現れ除霊を始める。

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月曜日

「一本欅公園の滑り台の一番てっぺんで『一緒に死のう』って声に出して言うと、ヒロミチ君って男の子が欅の木の太い枝にぶら下がった状態で現れて、あの世に一緒に連れていってくれるんだって」

 二年三組の教室。一限目と二限目の間の休み時間。

 昨日テレビで見た心霊番組の話をしているうちに、怖い話を言い合おうってことになった。それで私の前の席の椅子に座るマナミが最初に出してきたのが、この一本欅公園の話だった。
 ヒロミチ君って誰なの?という私の疑問に対して、自分の首を両手で締め上げる真似をしながら、

「何十年も前にいじめを苦にして自殺した男の子らしいよ。欅の木の枝にロープをかけて首を吊ったんだって。それで、見つかった時には首がびよーんって伸びきってて、ろくろっ首みたいになってたんだって」

 マナミはおどろおどろしい声と表情を作り込んでそう言った。
 私は妖怪アニメに出てくる、ろくろっ首の姿を思い出した。確か着物姿のかわいらしい女の子だったはずだ。
 私はなんだかおかしくなって大声で笑ってしまった。
 いくらなんでも首がそんな風に伸びることはないだろう。

「誰から聞いたのそんな話し」
「バド部の三年のリツコ先輩から」
「じゃあリツコ先輩は誰から聞いたの?」
「リツコ先輩はリツコ先輩の先輩から聞いたらしいよ」
「じゃあリツコ先輩の先輩は誰から聞いたの?」「リツコ先輩の先輩の先輩でしょ! なにこれやめて! 永遠に終わらん!」
 
 怖い話をしていたはずなのに、気づいたら二人とも大笑いしていた。

 一本欅公園の話しは、マナミが所属しているバドミントン部に代々伝わる、狭い内輪の中での都市伝説みたいなものなのかもしれない。私は初めて聞いた。
 それにしても、こうやって馬鹿みたいにどうでもいい話で笑ったりして、マナミと過ごす時間は本当に楽しい。

一本欅公園は私たちの中学校から自転車で五分くらい行ったところにある公園だ。住宅街の中に突然現れる。
 広さは校庭よりも一回り小さいくらいだ。砂場にブランコ、シーソー、鉄棒、そして滑り台。一通りの遊具は揃っている。
 ベンチもあって休憩できる。近所の人が体操しに来たり、小さい子どもを遊ばせたりする、どこにでもあるような、何の変哲もない公園だ。
 公園の真ん中に、一本の大きな欅の木がある。だから一本欅公園。
 公園は私の通学路の途中にある、毎日横を通って学校まで通っている。

「でもさ、実際に滑り台のてっぺんで一緒に死のうって言ったことある人いるのかな?」
 私は数学の教科書を取り出しながらマナミに聞いた。
「まぁまぁこういうのはさ、そこまで深く追及しなくてもいいんじゃない?」
「……だよね」

 そんな事を話しているとチャイムがなった。マナミは立ち上がって自分の席に戻った。
 先生が教室に入ってきて授業が始まった。
 一本欅公園の話しは、私の頭の中で存在が徐々に薄くなっていって、数分後にはすっかり忘れているものだろう、そう思っていた。
 でも────
 私の頭の中に一本欅公園の話はいつまでも居座った。授業が進んでいっても、時間がいくら進んでも、ぼんやりと公園の真ん中に立つ欅の姿と滑り台を頭の中で思い描いては消せなくなっていた。なぜだか気になって気になって仕方なかった。
 最終的には、一本欅公園の話しをユズハにも教えてあげなくちゃと思っていた。

 放課後私はひとりで、高い高い防風林に三百六十度取り囲まれた、お祖父ちゃんが住んでいる古いお屋敷に足を運んだ。
 私は両親と共にお祖父ちゃんのお屋敷から少し離れたマンションに暮らしている。お祖父ちゃんとは同居していない。お祖父ちゃんがそれを望んでいるらしい。
 学校がある日も休みの日も毎日必ず、私はお祖父ちゃんのお屋敷に足を運んでいる。
 高い防風林のおかげで、外から敷地の中を覗き込むことは出来ない。
 そのお屋敷には裏庭があって、そこの隅に白い大型の物置がぽつんと置かれている。

 鞄から小さな鍵を取り出す。開錠して物置の扉を開ける。埃の匂いと、カビの匂いと、糞尿の匂いが一緒くたに漂ってくる。
 薄暗い物置の中にユズハはいる。逃げないように首輪をはめられて、鎖で棚の支柱に繋がれている。手錠をされて両手に自由はない。さらに両足首はロープでひとつに縛られているからどこにも逃げられない。
 私はお祖父ちゃんからユズハのお世話を任されていた。
 
 裸でくの字になって横たわっていたユズハは、扉が開くと涎を垂らしながら、肘を上手く使って床を這いずりながら私の方へと向かってきた。
 コンビニで買ったジャムとマーガリンが挟まったコッペパンを私は手に持ってユズハに差し出す。ユズハは精一杯首を伸ばしてそれにかぶりついた。
 ユズハはあまりに酷い恐怖体験をしたせいなのか何も喋れない。唸り声をただ上げるのが精一杯だった。
 それでも一言だけ喋る事ができる言葉があった。私の顔を見ると、毎日その言葉を言う。

「ワ、タ、シ、ヲ、コロシテ……」
 
 ユズハ、今日から練習だよ。もう一言だけ喋られるようになろうね。
 私は口を大きく開けながら、一文字一文字丁寧に、ゆっくりとユズハに向かって言葉を教えた。

「いっ、しょ、に、し、の、う」

 私の言葉を聞いた途端ユズハは、虚ろに沈みきっていた目を見開くと、涎を滴しながら甲高い奇声を上げた。喜んでいるように私には聞こえた。
 きっとユズハは、私が自分と一緒に死んでくれものだと勘違いしている。きちんと一本欅公園の事も説明しないといけない。
 
 私はユズハの頭を撫でた。ここへ連れて来られてから三ヶ月の間、一度も洗っていない髪はべっとりと汚れきっている。私は自分の手でユズハの髪をといた。砂の中に手を突っ込んだようなざらついた感触が指先に伝わる。白い粉がパラパラとユズハの頭から床に落ちるのが見えた。胸がざわついた。
 ユズハが身に付けている白いTシャツと薄ピンクのショーツも汚れが酷い。たまにはお風呂に入れてあげたいし、服も着替えさせてあげたい。今のユズハは野良犬よりもきっと汚い。
 
 これからどうやってユズハに言葉を覚えさせようかとぼんやりと考えながらしばらくユズハの頭を撫で続けていると、背後からけたたましい、耳をつんざくエンジン音が聞こえてきた。不安を掻き立てるような不快な轟音。

 ユズハは怯え、震えながら物置の奥へと引っ込んでしまった。

 後ろを振り向くとお祖父ちゃんが小型のチェーンソーを持って、ぼんやりと真顔で私たちの方を見て立ち尽くしていた。
 
 「お祖父ちゃん何するの?」

 私の声はエンジン音にかき消された。お祖父ちゃんは表情を変えずにただ立ち尽くしながら、チェーンソーのエンジンをブンブンと吹かした。

「お祖父ちゃん! 何するの?」

 私は思い切り叫んだ。お祖父ちゃんの耳に私の声がようやく届いたのだろうか、お祖父ちゃんはチェーンソーのエンジンを停止させた。裏庭に静けさが戻った。

「お祖父ちゃん、チェーンソーで何する気なの? ユズハ怖がってるよ」
「あぁ。いやぁ。別にただ庭の木の枝が伸びてきたから、落とそうと思っただけだよ」

 お祖父ちゃんは少し微笑みながら穏やかにそう言った。

「食事あげたんか?」

 お祖父ちゃんはこちらに近づいてきて、私の背中越しに物置の中を覗きこみながらそう言った。
 ユズハはずっと震えながら下を向いている。
 お祖父ちゃんがユズハを視線の中に入れる時にどんな表情をしているのか私は見た事がない。
 見れないのだ。目を反らし続けている。
 自分と血が繋がったお祖父ちゃんの、汚れきったおぞましい欲望が発露する瞬間なんて見たくもないのだ。

 私はしゃがんでユズハの方を見ながら、お祖父ちゃんに背を向けた状態で話しを振った。

「ねぇお祖父ちゃん。ユズハをお風呂に入れてあげたい。服もだいぶ汚れてるし着替えもさせたい。駄目?連れてきてもう三ヶ月だよ。可哀想じゃない?」

 お祖父ちゃんは「あぁ。そうだなぁ」と、一言だけポツリと呟くとそのまま黙ってしまった。
 服を着替えさせるにもお風呂に入れるにも、ユズハを縛りつけている物全てを解かないといけない。それがお祖父ちゃんには引っ掛かるのだろうか。

「それとさ。もうすぐ夏じゃん。どうにかしないと熱中症で死んじゃうよ」

 私の言葉を聞いたお祖父ちゃんはひとつ溜め息を吐くと、

「もうそんな季節かぁ。そうだなぁ。扇風機でも引っ張って来るか。水。多めに上げといてよ」

 そう他人事のように言った。

「今日もありがとうな。もう帰っていいよ。宿題とかあるんだろ」

 そう言うとお祖父ちゃんは再びチェーンソーのエンジンをかけた。不快な轟音が耳をつんざく。

 私はユズハに「また明日来るね」と言ってから立ち上がった。チェーンソーの轟音の中にユズハの悲鳴が混じった。私は心の中に渦巻く重苦しい不安と胸の痛みに気づかないふりをして、ユズハに背を向け、お祖父ちゃんの横をすり抜けてその場から立ち去った。
 自転車を押しながらお屋敷の出口に向かう。その間もチェーンソーの轟音は唸りを上げていた。
 
 私はお祖父ちゃんがユズハに何をしているのか知らない。たまに何をしているのか想像したくもないのに想像してしまう。私の貧困な想像力で浮かんでくるのは身の毛もよだつような事ばかりだった。
 出来る事ならユズハを助けたい。助けるために出来ることはなんだろうとずっと考えてきた。
 私はお祖父ちゃんが怖い。私がユズハを逃がしたらお祖父ちゃんは私に何をするだろう。そんな想像もしてしまうのだ。

 お祖父ちゃんは二年前にお祖母ちゃんが亡くなってからおかしくなった。
 明るくて、話し好きな人だったのに無口になった。訳の分からない事をブツブツと呟くようになった。粘着シートで捕まえたネズミに執拗に先の尖ったスコップを突き刺したり、ボロボロになった古い日本人形を拾ってきてダイニングテーブルの椅子に座らせたりした。

 そしてユズハをどこからか連れ去ってきて物置に閉じ込めた。

 ある日お祖父ちゃんから電話で屋敷に呼び出された。裏庭の物置に連れていかれてユズハを見せられた。訳が分からなかった。

「この子の世話を頼むわ」

 そう呟いたお祖父ちゃんの目は暗く沈みきっていて、手には斧が握られていた。私はただただひたすら怖かった。従うという選択しか取れなかった。
 誰かにこの事を話したらどうなるかということについて、お祖父ちゃんは私に何かを言ったことはない。脅されたこともない。
 でも私は勝手にこの事を秘密にしている。勇気が出ないから。私は私の身の安全をただ守っているだけだった。
 でも、それと同時にこのままで良いわけないがないという事も分かっている。
 どうすればいいのだろう。

 とりあえず、まずはユズハに言葉を教える。「一緒に死のう」って言葉を。それが今の私に出来る精一杯のことだった。



 






 



 


 

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