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風化させてはいけない

こんにちは。ぼーんぐんです。

みなさんはテレビをご覧になるでしょうか。

私は最近テレビを見ていて気付くことがあります。

やたらと「ACジャパン」のコマーシャルが多いのではないかと。

例えば、こんなコマーシャルです。

コンビニのレジ待ちの列を舞台にしたラッパーのコマーシャル。レジ待ちの客とレジで支払う高齢者、そして店員が互いを思いやるラップです。

「ごめんなさい 遅くてね」

「Yo!もしかして 焦ってんのかばあさん」
「あんたのペースでいいんだ 何も気にすんな」

「焦ったらまさかの 優しい発言」

「ひとり一人にリスペクト」
「たたくより たたえあおう」

大きな災害が起きたり、日本中を騒がす衝撃的な事件が発生した時などには、企業側が浮かれたコマーシャルを流すことが、企業のイメージダウンにつながるとしてテレビコマーシャルを取り下げる場合があるのです。

そんな時、空いてしまったコマーシャルの枠を埋める代役として放送されるのがACジャパンのコマーシャルなんです。

今回は月初に起きた「KDDIの大規模通信障害」や「衆議院選挙」がありましたが、何より先日の「元総理の銃撃、急死」で多くの国民が心を痛めていることに企業が反応したんではないかと思うのです。

連日、ACジャパンのコマーシャルが代役として流れた例は過去にもありました。

「東日本大震災」

震災後は長期間にわたりACジャパンのコマーシャルが登場しました。みなさんもこのコマーシャルを覚えていませんか。

「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。

「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。

そうして、あとで
さみしくなって、

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。

詩人・金子みすゞさんの詩「こだまでしょうか」です。

もの寂しそうなナレーターの声に合わせて読まれたこの詩は、当時、私を含めて多くの人の心を癒やしました。

あれから十年以上が経過した今、いったいどれほどの人が「あの日」の教訓を生かしているでしょうか。

震災は忘れたころにやってきます。震災の記憶は風化させずに語り継がねがなりません。

そして今回の総理経験者の急死も同様です。きっと将来同様の事件が発生しうるのです。

事件の背景や根本原因の究明と今後の再発防止は決して今回だけで済ますのではなく、今後二度と繰り返さぬように生かしていきたいと願うのです。

もう悲しい思いはしたくはありませんものね。

みなさんは如何お考えでしょうか。

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