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ライバル(8)

第八章

 木戸のいる町田工業大学は、茶土が勤務する横浜工科大学に比べてこじんまりしていた。同じ工業系の大学でも規模が異なることが見た目で分かる。
 正理が約束の五分前に正門に着くと、既に茶土と才上、そして木戸が日陰に逃れて待っていた。お互い背を向けあった状態だ。気まずい雰囲気が伝わってくる。
「どうもお待たせしました。本日はよろしくお願いいたします。ところで、昨日はあの後犯人からさらなる連絡はありませんでしたか?」
 木戸が不機嫌そうな表情でこちらを見た。茶土は無言で首を横に振る。
「じゃ、行きましょうか」と木戸は挨拶もなしに客人たちを中に案内した。
 キャンパスは中庭を取り囲むように四つの古びた建物が並んでいる。その内の一つに入っていった。
 こういった建物の中で最先端の研究ができるのか。正理はこの国の研究者の不遇にため息を吐く。
「私は逃げも隠れもしません。徹底的に研究室内を調べていただければと思います。サーバーの中身も正理さんには包み隠さずお見せします。もちろん守秘義務は守っていただきますが、制限なしに全てのファイルにアクセスしていただいて結構です」
 口調から不機嫌であることが伝わってくる。今日木戸の心からの笑顔を見ることは不可能だと正理は悟った。
「わたしは何も盗んでいないので、見つかるわけがありませんけどね」
 木戸は自信満々だ。正理は一礼し、無言で家宅捜索を始めた。
 茶土や才上も正理と一緒になって捜索に加わる。しかし、目ぼしい成果は得られない。
 事件の日からもう何日も経っているのだ。こんなところに証拠になるようなものを置いておくわけがない。
 サーバーのデータも確認したが、さすがに膨大過ぎて全てを確認するわけにはいかなかった。最近のものだけを抜き出したりしてみたが、それらしい資料は見つからない。
「正理さん、こいつの家に行きましょう。こんなところにおいそれと証拠になるようなものを置いておくわけがありませんから」
 才上が発言すると、木戸がじろりと睨んだ。
「最近の若いもんは言葉遣いがなってませんね。目上の者をこいつ呼ばわりするとはどういう教育をされてきたんでしょうか。少なくとも私の下にはこんな失礼な学生はいません」
 暗に茶土を批判しているのだろう。
「木戸先生のご自宅を調べさせていただいてもよろしいですか? ただし、わたくしは警察ではありませんし、捜査令状もありませんから拒否をすることも可能です」
「それで疑いが晴れるのなら我が家に来ていただいて構いません。どうせ何も見つかりませんがね。何もやってないのですから」
 当然木戸はこうなることを予想していたに違いない。おそらく木戸の家に行っても何も出てこないだろう。
 それでも可能性を一つずつ潰していく必要はある。全員で木戸の自宅に向かった。
 大学から歩いて行ける距離にある八階建てのマンション。十分ほどで到着した。
 四人で狭いエレベーターに乗り込む。全員が直立してぎりぎりだ。
 木戸の部屋は五階にあった。エレベーターのドアが開くと、目の前にはベビーカーが立て掛けてある。
 その右隣の部屋の玄関の前で立ち止まった。大学のようなセキュリティシステムはなく、昔ながらの鍵穴に鍵を差し込んで回すタイプだ。
「さ、ご自由にどうぞ。逃げも隠れもしません。ただしものを壊したり、部屋をぐちゃぐちゃにするのは遠慮しますからね。常識のなさそうな人がいるので、敢えて警告をさせていただきました」
 そう言って、才上を一瞥した。誰も一言も返さない。
 無言で靴を脱いで順に部屋に上がった。
 綺麗に片付いているとは言い難いが、汚いという程ではない。男の一人暮らしならむしろ褒めてもいいくらいだ。今日皆が来るのを予測して片付けたのだろうか。
「茶土先生と才上さんは手を触れないでください」
 さすがに他人の家だ。多少の気遣いは必要だろう。正理は「失礼します」と言って調査を始めた。引き出しを開けようとする度に「次はこちらを拝見します」といちいち断る。
 正理が調べている間、茶土と才上は背後からじっと様子を見守っていた。
 小一時間ほど経った頃、正理は「ふう」と息を吐いた。
「この部屋には証拠となりそうなものは何一つ見つかりませんでした。これ以上調べても無駄でしょう。木戸さん、どうもご協力ありがとうございました」
 一礼をする。
「はじめから分かっていたことですけどね。そもそもわたしは何もしていないのですから」
「犯人が証拠を分かりやすい場所に残すわけがありません。ですから、疑いが完全に晴れたわけではないことはご承知おきください」
 正理がそう言うや、才上が便乗した。
「もし僕が犯人だったら、自宅や研究室に証拠を置くなんてことは絶対にしませんね」
 木戸が才上を無言で睨んだ。
 まだ才上が犯人だという疑いも正理は捨て去っていない。木戸を犯人に仕立てて、大好きな茶土と別れさせる、という可能性はありそうな動機だ。
「今日は解散します。今後の捜査について、どのように進めていくかは後日相談させてください」
 木戸がタクシーを手配してくれた。終始怒ってはいても、そういうところは律儀な男だ。茶土と才上は表面上の礼を言い、三人同じ車に乗り込んだ。

 正理は自宅に戻り、いろいろな可能性をもう一度整理する。
 木戸が犯人なら、データはどこに保存したのか。目的が研究データではない可能性だってある。
 犯人が才上だとしたら、あの監視カメラの映像はどのように仕込んだのか。
 他にも可能性は山ほどある。才上以外の学生たちも動機さえあれば。あるいは茶土の自作自演ということだってないとはいえない。
 その時、一通のメールが届いた。
『メモリの一部を復元できました』
 タイトルを見た正理はすぐにメールを開いた。夢中で読む。
 茶土自らの復元では何も成果を得られなかったデータを消去された二枚のメモリカード。ダメ元で正理が信頼する仲間に復元を依頼をしていた。
 メールを読み終えると、監視カメラの映像を再び見始める。何か見落としたことがあるはずだ。正理は監視カメラの映像を、目を皿のようにして見つめた。
 茶土と才上、木戸が会話をしている場面、ロボットが木戸たちと会話をする場面、そして、何者かが研究室に侵入する場面・・・・・・
 普通に映像を流したり、スローモーションにしてみたり、一フレームずつ手動で送ってみたりする。
「あれ?」
 正理は木戸のような人物が侵入する映像に違和感を覚えた。映像に不審な点はない。しかし、何かが不自然だ。
 その違和感はいったい何なのか? 感覚的なものですぐには分からない。
 もう一度同じ場面をリピート再生したり、コマ送りしてみる。他の映像とも比較してみた。
 一枚ずつ送る。
「これはもしかしたら、そういう可能性もあるということでしょうか」
 確信をした次の瞬間、正理は茶土に電話をかけていた。
「茶土先生、いくつか確認したいことがあります。明日才上さんにも集まるよう声がけをお願いします。木戸先生にはわたくしから誘ってみます」


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