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冗談

著者 ミランクンデラ
訳 西永良成
出版 岩波文庫

そこでは悲しみは薄っぺらでなく、笑いはひきつらず、愛はからかわれず、憎しみは内にこもらず、人々は体と心を愛している(そう、ルツィエ、体とこころだよ)
中略
そして私には、この歌の内側にこそじぶんの出口、原初の刻印、我が家、裏切りはしたものの、だからこそなおさらじぶんのものである我が家があるのだ
(p513-514)



クンデラの長編処女作、「冗談」

七月から、ひとりクンデラ祭をしており、クンデラ作品はこれで5作品目となる。

クンデラは本作品を1965年に脱稿(当時38歳)、1969年に初フランス語訳が出版され、アラゴンやサルトルらからも高い評価を得た。
しかし、著者が納得するフランス語版ではなかったため、その後五度の改訂が行われ、1992年にようやく決定版が出来上がった。
岩波文庫版は、決定版からの翻訳となっている。

あらすじ
1960年代のチェコを舞台に、男女4人の人間模様の悲喜劇が描かれている。
主人公ルドヴィークの些細な冗談によって、彼自身の人生を狂わされた先で出会った女性、ルツィエや自身の運命を翻弄した者たちへの復讐から誘惑したヘレナ、旧友らとの再会。
最終的に、ルドヴィークは、悲劇を喜劇として受け止めようとする。


本書は、クンデラ作品らしく第七部編成となっており、それぞれの章立てがポリフォニックな音楽形式なのは、クンデラの他作品にも引き継がれていく。

やや冗長的な部分もあるが、大変面白く読めた。

クンデラは、本書のアイデアを得たことを以下のように言っている。

「彼らは、恋人のために墓場から花を盗んで逮捕され、投獄された若い女工の話をしてくれた。

そのイメージが私からずっと離れず、愛情と肉体とがふたつの別世界であり、性が愛の対極にあるといった若い女性の姿が目に浮かんできた。

この花を盗んだ女性のイメージと対位的な形で、長い愛の行為がじつは途方もない憎しみの行為でしかないという、もうひとつのイメージが加わってきた。

このようにして私の最初の小説のアイデアが生まれ、私はこれを1965年12月に完成し、『冗談』という題名をあたえた」

若い女工から作中にルツィエが生まれ、その対比としてヘレナが生まれたのであろう。

作品の中ではルツィエの現在が描かれていないが、現在の彼女を様々に想像させられた。

また、クンデラは本書のテーマについて、「裏切られた遺言」で、こう語る。

「ルドヴィーク
ヴォルテール的な辛辣な精神のうえに育つ共産主義

ヤロスラフ
家父長制的な過去の時代を再構築したいという共産主義

コストカ
共産主義的なユートピア

ヘレナ
ホモ・センチメンタリストの熱狂の源泉としての共産主義

これらの個人的な世界はその解体のときに捕らわれる。
それはすなわち、共産主義の崩壊の四つの形態ということである。」


本作品が彼の代表作とも言われる所以が何となくわかる気がする。

訳者の言う通り、人間の実存の未知に照明を当てるクンデラらしい作品であった。

20世紀後半の偉大な小説はまさしく今世紀の社会主義の経験に関する真実の探究から生まれるだろう
J.P.サルトル

余談だが、彼の作品を読んでいると、カヴァレリア・ルスティカーナの間奏が思い出される。

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