見出し画像

ハルキスト

一時期、ハマって一気に当時出版されていた本をほぼ完走していたくらいに好きだった村上春樹。

正確には、愛してやまなかった。

いつの頃からか全く気にしなくなってしまった。
というよりも、受け付けなくなってしまった。
1mmも読めなくなってしまった。

大体の主人公は、「丁寧な暮らしを心掛けていて、キチンとアイロンのかかったシャツを着ていそうな、少し孤独で、あまり外交的ではないにもかかわらず、女には不自由しない奴。」

というのを読む前から想像してしまう。

最初は気が付かなかったけれど、最終的には呑気に自分探しをしていて、音楽はジャズとクラシックが好きで。
泥臭い毎日で、明日食う物だとかに困るくらいに明日を生きる事に必死にならざるを得ない生活とはまるで無縁の世界。脳内お花畑な世界の住人。

だから、ハルキストっていうレッテルを貼られない予防線の縁ギリギリに沿って歩かなきゃいけない。
俺は春樹の書く本にもうこれ以上、手を出さないように本屋でも「村上春樹」という文字が目につかないように注意深く歩く。

パスタは紀伊國屋とかカルディとかに売っていそうなやつできっちり時間を測ってパスタ専用の三万くらいしそうなでかいステンレスの鍋で茹でて、コーヒーも100グラム1700円位しそうなブルマンを丁寧に淹れる。
それもちゃんとフラスコとランプとネルのドリップで。
ヤカンで湯を沸かしマーラーかシェーンベルクを聴きながら淹れる日もあるかもしれない。
ヤカンではなかった。「ケトル」で、と言わなければいけない。

もっと付け足すと、シェーンベルクの不協和音の計算し尽くされた美しさをまるでグレン・グールドを語りたいかのように強調しかねない危うさを保ちながら、コーヒーを淹れ、郵便配達員が邪魔をしない事を願うのだ。

西友とは無縁。ましてや近所の八百屋のグリーンマートとか絶対に無縁。絶対にだ。

土曜の午後遅くになるとエロい肉付きのいい女が勝手にやって来て寝て勝手に出て行くし。

あまり充実してない小金持ち暇人なのか
女の子と寝て別れるか、来ない日は
「僕」は、よれたTシャツをキチンと畳まれたものから取り出して着替えてランニングの帰りにバーへ立ち寄る。

それも稲村とかじゃなくて南青山あたりの。

絶対ビルエバンスのワルツフォーデビーをレコードでかけているバーだ。

シングルモルトのウィスキーをこれまたクソ高そうなグラスでロックで少し呑んで、或いは、呑みかけて何かを思い出して、店を出る。

ついでにこの思い出した事にか関して補足しておく。
何を思い出そうとしたのか本人わかっていない。
フロイトの精神学的にはとんでもなく重要な事。
アドラー的には、どうでもいい事でカント的には、考えてもしょうもない知り得ない、すなわち、認識できない世界の終わりとハードボイルドワンダーランドな次元の事。
要するに、どうでもいい事。

この、世にもどうでもいい思い出せなかった事を「僕」はとても大事そうに扱い、最後の最後まで引っ張る。
そのくせ、思い出せなかった事自体忘れるという大失態をしかねない。

夕暮れになると、ブエノスアイレスの上空を妄想し、その眼下に広がりはじめる空を眺め、「西から登る太陽が地平線をゆっくりと、だが確実に夜の静けさの輪郭をくっきりと描きはじめる。
星々が穏やかに囁き合っていた。自由の刑に処された人間たちの声の喧騒は、もうここには存在しない。」(by 卍丸)

とか、実際に言ったかどうかはわからないけれど、そんな感じの独り言を言っていたら絶対、隣に何故かふくよかな女が寝ている。
最初から最後までとにかく、少し、孤独だが平凡。
厄介な事に、庶民とはかけ離れていそうな状況にも関わらず、平凡であると「僕」は思いこんでいそうだ。

ごめん、訂正する。
正確には、独り言を言わなかった。
言おうとしたけど、やめてしまった。
或いは、言ったかも知れない。

あと、この独り言を言い出しそうになる時のシチュエーションでは、海岸線走らせて自宅に戻る時はアウディとかのオープンカーを走らせていて欲しい。
それか、ランニング中。

話は逸れるが、俺の愛車は何処にでもある白いハイエースのトラックだ。
何しろ職人だから緑色の幌がかかってマキタとハイコーキの工具まみれの荷台だし、隣には素敵な女の子ではなくて親父を乗せている日常。
できれば妻に座っていて欲しい。というのも付け加えておく事にする。(これを付け加えたのは私的な理由であり、万が一妻に読まれた際、無用な家庭内での争いを避ける為には必然である)
今日なんて仕事中なのに、中断させられて午前中1時間ばかり、お施主様のお知り合いなのかなと思ってずっと話しかけられてきたおばあちゃんの相手をしていた。
しかも、全くお施主様とは無関係なただの通りすがりだった。

待てよ、夕暮れの空とか、これは春樹ではなく、サン=テグジュペリの世界。
おまけに「自由の刑」とかサルトルじゃあるまいし、春樹の世界はカミュの不条理さが似合っている。
しかも俺のトラックの話は完全なる私的な事でどうでもいい。
ましてや午前中の通りすがりのおばあちゃんとの、ほのぼの会話とか全く春樹と関係ない。

こうして書いていると、春樹が俺の何もかもに侵入してきて危なすぎる。
俺の大切な、サン=テグジュペリの世界、浅はかな哲学かぶれの余韻や日常にまで、何故か春樹が侵入しかけている始末。

俺、どんだけ春樹好きなんよって話。
もう6、7年読んでいない。

今なら何となくわかる。
春樹が何故自分探しをさせようと「僕」にさせたのか。
サルトルならば、サンジェルマンでモラトリアムに浸ってそうな「僕」に、こう言うであろう。

ダンスせよ、傍観しているフリをして、本当は何処かで存在を確認したいんだろ?

村上春樹へ愛を込めて。

#散文
#ハルキスト
#村上春樹
#読書
#読書垢
#読書好きな人と繋がりたい
#本
#本すきな人と繋がりたい

いただいたサポート費用は散文を書く活動費用(本の購入)やビール代にさせていただきます。