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緊急停止と緊急アップデート

自分の脳みそが「限界だ」と悲鳴を上げる瞬間を、一度でも感じたことはあるだろうか。僕は、夏という時期には最高に悲鳴を上げ続けている。常に脳みそが警鐘をガンガンと鳴らしていて、限界を実感して生きている。

そう、例えば「セミ」の鳴き声を聞いてどう思うだろうか。基本的に「うるさい」「夏の風物詩」程度ではないだろうか。中には短気な人がいれば、「迷惑」「イライラする」といった、傲慢で人間至上主義な意見も出るだろう。個人的にはこれらの意見を否定する気がないが、「頼むからいじめないでくれ」と懇願しているのは、日本中広いといえどかなり少数派ではないだろうか。

同様に、生きていくうえで必要不可欠といっても過言ではないクーラー。真夏の猛暑日では、外気温がゆうに35℃を超え、近年では40℃に近い日も増えたように思う。この世界を生き抜くためには、僕らの生活ではクーラーという電機システムはなくてはならない必須アイテムといっても過言ではない。だが、僕はそのクーラーに長時間当たると、酷く体がダルくなり、生きることが困難になる。真夏でも、長そで長ズボンに、冬用の布団をかぶって眠ることになる。

これは両方とも「今すぐに対策しろ」と脳みそが警鐘を鳴らすからだ。僕だって、せめて汗をかかない環境にいたいと思うし、少しくらい家や町中にいるときはノイズキャンセリングヘッドフォンから解放されたいと思う。でも、できないものはできないので、生きていくためにはその苦痛と向き合って立ち向かうしかない。
立ち向かい方を知るのに、何年も必要だった。必要な年月が多いのに、その間には気が付いたら、立ち眩みがして幻覚が見えて、ふとした瞬間に強烈な頭痛がお見舞いされる。常に脳みそが二日酔いのようにガンガンと響くような痛みを携えているから、痛みにはマヒしているはずなのに、だ。強烈なボディーブローのように叩き込まれた一撃は、僕の脳みそを容易に破壊して、回復する前に次の一手を放り投げてくる。

そうすると、脳みそが自動的に「緊急停止」を発動させる。しばしの間、放心状態になり思考だけではなく痛覚も遮断される幸せ状況だ。ただ、その間自分のことも把握できなければ何も知れない暗闇に落とされており、気が付くと数分が経過している。自動で脳が、アップデートを終えたように再起動するのだ。この時が、個人的にはたまらなく怖い。
だって、そのアップデートの間自分が何をしてどういった状況にあるのか全く知らないのだから。

これを改善したくて、たくさん本を読んでみたけど似たような症状で悩む人は少なかった。考えても仕方ないけど、同じ現象で悩む人なんてそんなにいないだろうからね、当然だった。
ちょっと繊細過ぎる自分が嫌になるが、この緊急アップデート後は暫くの間頭痛や不満、不安感などからも解放される。本当に真っ白なキャンバスが用意されている。そこを、灰色と黒で色を塗りたくっていくのは僕の仕事で、本を読む瞬間に、読んだ本の感想を考えている間だけ、ちょっとだけ緑と黄いろが入り込む。それ以外は、基本的に黒系の色ばかりだ。

ただ、最近の僕はそんな自分も気に入っている。気が滅入るほど脆弱で虚弱で、ちょっとばかり人とは違った生き方をしないといけない僕だ。そんな僕だが、自分らしく自分の人生を歩いていくことが重要だと、僕は知っている。

だから、この緊急アップデートも、緊急停止も受け入れて歩いていくしかない。もちろん、街中で急にバッタリと倒れたり、職場で意識不明にならないために対策はしていくけど。
それでも生きていく、そんな強さを身に着けていきたいと思って、今日も一歩を歩き出してみたい

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