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アロガント(第2話)

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■本編

「だが、にわか仕込みの剣法では我に勝てぬわ」
 影騎士は猛進し、疾風迅雷の勢いで突きを放つ。レティーナは落ち着いてそれを刀身でいなしてかわす。二つの刃が触れ合った瞬間、稲妻のような光が周囲に走った。
 レティーナは更に踏み込んで影騎士の首目がけて剣を払うが、影騎士の足がレティーナの手を蹴り飛ばし、レティーナは大きくのけ反る。それを好機と見た影騎士が剣を引いて袈裟斬りにするが、レティーナはのけ反った勢いのまま宙返りし、影騎士の斬撃を避け、間合いから離れる。
「やるな。貴様ほどの使い手。騎士団の中にもそうはいまい」
 レティーナはにこりと笑むと、「お褒めに預かり光栄ですが、そろそろ終いにいたしませんか」と剣を振りかぶって、そよ風のように何気なく、まるで気配のように影騎士に近付いた。影騎士は相手から殺気を感じられなかったことで動きが鈍り、一瞬迷いを生じた。その針の隙間ほどの隙を突いて、レティーナは剣を薙ぎ払い、影騎士の首を刎ね飛ばした。
「見事だ、レティーナ!」
 フレイボムは影騎士が崩れ落ちると同時に歓声を上げて跳び上がり、足の痛みに顔を顰めながらもレティーナに近付く。
「手強い相手だったが、レティーナにかかっては形無しだな」
「言うほど簡単な相手ではありませんでしたよ」
 レティーナは額に滲んだ汗を拭って、レーザーブレイドの刃を納めると、倒れ伏した影騎士の死骸を一瞥する。
 しかし、とレティーナは腑に落ちない、もやもやとした不快感のようなものが自分の胸の内を漂っているのを感じるのだった。うまくは言えない、と彼女は唇にそっと触れながら考える。それは彼女が深い考えに入っているときにとる癖だった。
 確かに手強い相手だった。けれど、感じるこの違和感はなんだろうか。呆気ない幕切れだった。そう。呆気ないのだ。騎士団の暗部を担ってきた男の死にざまとしては、あまりに不用意で呆気ない。
「レティーナ。この男の死体はどうする。証拠になるぞ」
 実力は拮抗していると言ってよかった。本来であれば倒せたにしても、もっと時間がかかったはずだ。それがこの短時間で。あの瞬間、まるで自分から望んで敵の刃にかかったような。望んで。……もしもあの一撃が決定打でなかったとしたら。
 はっと我に返ってレティーナはフレイボムの方へ振り返った。彼は今まさに影騎士の体に触れようとしていた。
「坊ちゃま、いけない!」
 レティーナは光刃を展開して疾風のように駆けた。
 え、とフレイボムはレティーナの切羽詰まった叫び声に抜き差しならない事態を悟って振り返ったが、その手は倒れた影騎士の肩にかかっていた。
 影騎士の手にあった光刃が光を放ち、フレイボムを薙ぎ払った、かに見えた。だがすんでのところでレティーナが助けに入り、自身の光刃で影騎士の刃をしのぎ、フレイボムを抱えて飛びずさっていた。
「あ、ありがとう、レティーナ。だが、なぜ」
 首を失った影騎士の肉体が動いていた。フレイボムは蒼白になっている。
「恐らくですが。彼もわたしと同じ半機人なのでしょう」
「半機人だって、頭を斬り落とされれば」
 そこまで言って、フレイボムは何かに思い当たったのか、震える指で唇に触れた。こんなところまで、癖がうつってしまった、とレティーナは微笑ましい思いで見つめる。
「本来の奴の頭部に当たるユニットが、体の別の場所にあるのか」
 ご名答、と影騎士の腹から声が出る。フレイボムがぎょっとしていると、影騎士はそれをおかしそうに呵々大笑し、胸元の装束を引き裂き、剥ぎ取る。するとそこには、胸部と腹部があるはずの場所に人間の顔があり、皮膚を伸縮させながら蠢き、声を発していたのだった。
「頭は飾りよ。我は騎士団の正義を維持するために造られた特別な半機人だ。女、貴様とは違ってな」
 くっくと影騎士が笑うと、はっとしてフレイボムはレティーナを見る。彼女の利き腕である右手が切断されかかっていて、断面から金属の骨組みや機械の構造が覗いてしまっていた。これでは剣を振ることは不可能だ。
 フレイボムはレティーナを庇うように立って銃を構える。
「坊ちゃま、おやめください」
「ふふ、そうだ。無駄なことはやめるがいい。我は飾りの頭を落とされようとも剣は振るえる。銃なぞ効かんぞ」
 影騎士はレーザーブレイドを振り回しながら、余裕の笑みを見せる。
 レティーナ、とフレイボムは呼ぶと、銃を彼女の左手に握らせる。その代わりに右手に握られたままのレーザーブレイドを奪い取ると、光刃を展開して駆け出す。
「だめです、坊ちゃま!」
 レティーナの制止も虚しく、フレイボムは影騎士に迫る。そして踏み込むと、裂帛の気合を込めて剣を振る。影騎士は軽々とその刃を凌ぐと、受け流してフレイボムの首目がけて斬撃を放つ。しかしフレイボムも足を捌いて回転しながらその斬撃を受け止めると、意表を突かれた影騎士の動揺を突いて力で押し返し、胴体目がけて剣を払った。だがその一撃は紙一重のところで躱され、影騎士は飛びずさって体勢を整える。
「射撃といい、剣術といい、非凡なものをもっているようだな、アンドレアスの若君」
「師匠がよかったからな」と踏み込んで行って斬りかかる。影騎士はそれを受け止め、つばぜり合いになる。
「だが、師は超えておらぬようだな。残念だが、それでは我に勝てぬ」
 影騎士は剣ごとフレイボムを弾き返すと、即座に薙ぎ払いを放った。本来ならばフレイボムを両断したはずの一撃だったが、フレイボムが体勢を崩されながらも後ろに跳んでいたことが功を奏して服一枚裂いただけで済んだ。
「運がいいな。だが、運では続かんぞ」
 フレイボムがたじろいだことを見逃さず、影騎士は剣を振り上げる。そこへレーザー光線が発射され、影騎士を襲うが、影騎士は何の苦もなくそれを弾き飛ばす。「無駄なことを」
 撃ったのはレティーナだった。彼女は利き手でないながらも正確な射撃を見せたが、影騎士には阻まれてしまった。
 万事休すか、とフレイボムの頭に死が過った瞬間、果たしてレティーナはこの局面で無駄なことをする人物だっただろうか、という疑問が虫の羽音のような耳鳴りとして頭の中に響き渡った。
 はっと気づいたとき、フレイボムは姿勢を下げて影騎士に足払いをかけた。だが意表を突いた動きではあったけれども、影騎士を崩すには至らず、避けられてしまい、影騎士はフレイボムにとどめを刺すべく剣を振り上げる。
 そこへレティーナのレーザー銃が光線を放つが、影騎士は剣を振るって光線を弾く。しかし光線を弾いた刹那、別の方向から飛来した光線が影騎士の手を直撃し、レーザーブレイドの動力部に誘爆して剣は爆散した。その爆発で影騎士の右手も半分近く吹き飛んでしまっていた。
 誰だ、と影騎士が光線のやってきた方向に向き直り睨むと、そこにいたのは先ほど侮り、殺すにも値しないと蔑んだグロンデル警部その人であった。
「終わりだ、影騎士」
 フレイボムはレーザーブレイドを振りかぶる。
「ま、待て。我を殺せば騎士団の存続は叶わぬ。他国への圧力だって……」
 影騎士は手を挙げて降参の意を示し、必死に命乞いをする。
「貴様のような存在に頼らなければ存続できない組織など、滅んだ方がましだ」
 フレイボムは袈裟斬りに一閃し、胴体の頭部を焼き裂かれた影騎士は、断末魔の叫びを上げて絶命した。
 フレイボムはレティーナを振り返って親指を立てる。それを見て微笑むレティーナの顔は、母親のような、姉のような優しさと慈しみに満ちていた。
「咄嗟に助けたのだがね。奴は何者で、君たちはなぜ戦っていたのか教えてほしいものなんだが」
 あなたは、とフレイボムが問うと、「グロンデル警部である」と警部は答えながら、煙草に火を点ける。
「いいんですか。職務中に煙草なんて」
 フレイボムが呆れたように言うと、警部は茶目っ気たっぷりに目配せして、「勝利の美酒の代わりだよ。君たちさえ黙っていてくれれば問題ない」とうまそうに煙草をふかした。
「わしはシリスという半機人を殺した犯人を追っていたところに、この半機人がエアバイクで暴走している現場に居合わせたわけだ」
 シリスの、とフレイボムが青い顔になって呟いてよろめくと、警部は身を乗り出して「彼女を知っているのかね!」と詰め寄った。
「彼女を殺した犯人なら、この男と同じ組織の人間だと思いますよ」
 なんと、と警部は叫ぶが、しかし納得いかないのか腕を組んで首を捻っていた。どうしたんです、とフレイボムが見かねて訊ねると、警部はいやな、と躊躇いながらも自分の考えを披露する。
「シリスは銃で殺されておった。この男は騎士団の人間だ。騎士団は剣を重んじ、銃を蔑んでおる。その彼らが銃でシリスを殺すものかと思ってな」
「つまり、犯人は別にいると」
「わしはそう睨んでおる」
 そんな、とフレイボムは肩を落とし、今頃痛みを思い出したのか、いてて、と言いながら足を押えて蹲った。
「ふむ。火事場の馬鹿力だったわけか」
 警部は声を上げて笑って、「ところで」と真顔になると、鷹に似た鋭い眼光をフレイボムに向ける。
「君たちは何者なのだね」
 フレイボムはレティーナと顔を見合わせて、彼女が頷くのを見ると自分も頷き返し、警部に向き直り言う。
「僕はフレイボム・アンドレアス。アンドレアス家の嫡男です」

〈第3話に続く〉


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