見出し画像

「マリアさま」のない『マリアさま』という短編集(読書記録26)


■マリアさまはいづこへ

今回の読書記録は、いしいしんじ著『マリアさま』。短編集です。なんと29もの短編が収録されております。
ですが一つ一つのおはなしは短めなので、空いた時間にちょっとずつ読んでいく、という読み方がいいかもしれません。

この短編集、『マリアさま』というタイトルなのですが、「マリアさま」という短編は存在しません。
文庫化に当たって追加された「光あれ」というタイトルは旧約聖書を彷彿とさせるかもしれませんが、その他の短編で神の存在などが強調されて語られるわけでもありません。

けれど、収録されている29編はどことなく不思議で、神秘的なところのある物語ばかりです。

■いしいしんじとの出会い

いしいしんじは、私がもっとも敬愛する作家の一人です。
出会ったのは中高生の頃で、何か面白い本がないかな、と物色していた書店で、タイトルで直感的に選んだのが『プラネタリウムのふたご』という作品でした。

当時私は手品、マジックにはまっておりまして、手品を題材にした小説などを探していたところもあり、『プラネタリウムのふたご』は見事に私に刺さったのでした。

手品は学校のLHR(ロングホームルーム)とかいった時間に、クラスのみんなの前で披露させられたりしました。新入生歓迎会や文化祭でもやらされ。恥ずかしい思い出です。

今となってはほとんど手品もできなくなってしまいましたが。

いしいしんじ作品の中で他に好きなのは、『ポーの話』とか、『麦ふみクーツェ』とかですかね。

作品に漂う、どこか童話っぽい、でも子どもっぽくない、大人が童心に帰って読むための物語のような、そんな雰囲気が好きで、私もそんな物語が書きたいとは思っているのですが、作風は遠いですね。

いしいしんじの作品の中で、最も衝撃的だったのは『悪声』です。
この物語には、文章・物語の密度で、とにかく圧倒されました。本当の物語というのは、こういうものを言うのだ、と突きつけられたようで、私は呆然となってその後しばらく小説が書けませんでした。

どう世界がひっくり返ろうとも、私には『悪声』のような物語を書くことは、恐らくできないであろうことを改めて思い知らされたからです。

■短編集の話はどこへいった?

いしいしんじの話に終始してしまいそうなので、短編集の感想に。
29編すべて列挙しているとそれだけで結構な分量になってしまいそうなので、気に入ったものなどをご紹介。

①「土」――これぞいしいしんじという短編です。体から土がこぼれて痩せていってしまう兄と、その土を集める弟の話。
②「煙をくゆらせる男」――鯨の格好をするヒッチハイカーの男を車に乗せた話。ちょっとゾクッとするような結末が。
③「窓」――擬人化された短編小説と相席になる話。小説ってのは小さな『窓』なんですよ、とその短編小説は語る。
④「船」――未来がわかると言う少年と、船で出会った手品師の話。少年の悩みに、手品師は手品でもって粋に答える。
⑤「子規と東京ドームに行った話」――現代に蘇った正岡子規が、いしいしんじとともにプロ野球の試合を見に行く話。時代のギャップをユーモアに描いていて、思わず笑わされてしまう。
⑥「光あれ」――僕と、ぼろぼろになるまで聖書を愛読しているおじさん、そしてその娘のフアの話。タイトルの「光あれ」の意味を知ったとき、感動の波が押し寄せる。

厳選するとこの6編かな~と思います。
ほかの作品もいいですよ! あとは多分好みの問題になると思うので。

最初に書いた通り、ちょっとずつ、ちょっとずつ噛み締めながら読んでほしい短編集だと思います。寝る前に一つ、とかでもいいと思います。

物語のもっている力や可能性というものを、この短編集からは感じました。

ぜひ、ご一読ください。


■サイトマップは下リンクより

■マガジンは下リンクより


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?