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【創作大賞感想文】『オツトメしましょ!』について努めて考えてみる(読書記録番外編)


■タイトルという顔

今回の読書記録は番外編ということで、同じnoterの方の作品の感想を。
創作大賞の応援という意味も含めまして、読書記録をつけさせていただきます。

今回読書記録をつけますのは、八神夜宵さんの『オツトメしましょ!』です。記事のリンクを下に貼ります。

まずタイトルが好きです。語感が柔らかくていいですよね。
「おつとめ」は盗みに入ることで、作中の表記では平仮名表記されているんですけど、タイトルではカタカナです。カタカナにしたことで「おつとめ」が強調されて目を引きます。

それから「しましょ!」と短く語尾を切ることで、勢いが生まれますし、主人公が女性二人ということもあって、どことなく女性らしさも感じます。

盗み、というアウトローな題材を扱いながらも、ポップな印象を与えるいいタイトルだと思います。

■設定の妙

八神さんというと、ファンタジー小説の『W.I.A』でもそうでしたが、作品の設定が詳細です。おつとめに関する掟などもそうですが、描写をとっても、車のところの描写などは、詳しい知識をお持ちなのが窺える書きぶりです。

設定が細かいところまで行き届いているということは、それだけ描写がリアルになり、小説という文章だけの虚構世界にリアリティをもたせることが可能になります。

 由乃の乗っているミニクーパーは、巷では「ゴーカート」と呼ばれるほどに運転のフィーリングが手軽で楽しいことで知られている。かと言って、決して大人しいわけではなく、スパルタンな走りも得意だ。低回転から気持ちよく吹け上がり、ステアリングも即座に反応する、旋回性に優れた車でもあった。

八神夜宵著:『オツトメしましょ!』より抜粋

上記の描写を読んでもらうとお分かりいただけると思いますが、けっして知識の詰め込みだけではない、実感のある、肌触りのある文章です。そのため、読者の中にも、文章がイメージとしてすとんと落ちやすい。

そうした描写が、全編に渡って散りばめられています。

私は書くときどうしても知識+想像力になるので、リアリティのある文章に近づけるために説明過多になったりするのですが、八神さんの文章はすっきりしていて、受け止めやすいです。

設定が細かければ細かい方にありがちだと思うのですが、自分の考えた設定を披露したくて、物語の進行そっちのけで設定の説明を初めてしまったりするものですが、八神さんは読者が知りたいであろう情報を、知りたいタイミングで提示してくれるので、ストーリーが停滞せず、読者を飽きさせない文章になっています。

私はぱっと思いつきだけで作品を書いてしまうので、八神さんのような設定やプロットを練る力がほしいところです……。
設定を考えると、考えて満足してしまうところと、設定どおり、プロットどおりに進めなきゃ! と委縮してしまって固くなり、柔軟性のない物語になってしまうので、よく練られた作品を見ると羨ましくなります。

■盗みと考古学のハーモニー

おつとめ、で主に狙うのは、打ち捨てられている考古物です。
主人公、由乃たちは考古学的な価値がありつつ、その価値が正当に顧みられていない考古物を盗み出し、正しく研究されるために、博物館などに盗みに入ります。

普通盗む、となると金銭的な価値のあるものになりがちです。主人公たちが義賊的な存在であっても、価値の高いものを狙わなければ物語にならないでしょう。
『オツトメしましょ!』はそうした経済的な値打ちのあるものを狙わない点で、ユニークで、唯一性を獲得しています。

由乃たちが他の大学と共同で発掘作業に遠征・従事するエピソードもいいですね。そこでは大学内の派閥争いなど、由乃たちを取り巻く状況が描かれ、そこで登場する嫌な人物たちに制裁が与えられてスカッとしたりします。

余談ですが考古学的な話として「邪馬台国」について言及されるのですが、これを読んだときに私は連城三紀彦著の『女王』という作品を思い出しました。
『女王』の中でも邪馬台国の場所については言及されていて、そもそも邪馬台国が登場する資料としては『魏志倭人伝』しかなく、その中の移動経路の記述にも不自然なところがあるというものでした。途中までは詳細に行程が書かれているのに、途中から途端にぼかしたようになる。それゆえに位置が諸説分かれてしまっている……といったものだったと思います。
なにぶん読んだのが随分前なので、記憶違いがあったらすみません。

単に考古物を狙うというだけでなく、こうした背景をしっかり描いておくことで、物語に厚みとリアリティが生まれます。

■泥棒というアウトサイダー

泥棒、小説、と聞くと私は真っ先に伊坂幸太郎を思い浮かべるのですが、みなさんはいかがでしょうか。
『アヒルと鴨のコインロッカー』では書店から広辞苑を盗み出そうとしますし、様々な作品に顔を出す黒澤という泥棒もいます。後は『陽気なギャング』シリーズでは主人公たちは銀行強盗です。

みな社会規範から逸脱したアウトサイダーとして描かれるのですが、読者に不快感を与えず、感情移入をさせるのはなぜか。それは彼らが非道をなさず、彼ら自身の信念や理念に基づいて行動しているからではないでしょうか。

『オツトメしましょ!』でも、由乃たちは法や社会規範から外れた行動をしているわけですが、おつとめの掟や、組合のルールを守り、非道をなさないために、読者は好感をもって読むことができます。それに加えて、由乃たちが人間らしい、血の通ったキャラクターとして描かれていることも、そこに一役買っているのではないでしょうか。

■悪役というアンチテーゼ

物語には主題、テーゼがあればアンチテーゼが存在するのが基本形です。
世界を救う戦隊ヒーローがいれば、悪の組織が存在しなければならないように。
もちろん、その枠を外れた作品というのは山のようにありますが、エンタメでは基本形が受け入れられやすいのではないかなと考えています。

『オツトメしましょ!』では、組合に属さず、単独で由乃たちと同じような獲物を狙う怪人物「W」と物語のラスボス的な「明神の瑛吉」が由乃たちの対立構造を担う役として登場します。

私は最初「W」がこの物語の敵役なのかな、と思っていたのですが、彼とは剣呑にならなかったのであれ、と思っていると、真打のように「明神の瑛吉」が登場して。

彼は読者からの反発、いや憎しみを買う見事な悪党ぶり。分不相応な権力を得る、そしてその権力を笠に着る。考えが下卑ている。と由乃たちが素直な分、負の要素を吸ったような悪役なのです。

そして物語の最後で見事に成敗されることで、読者は留飲を下げることができます。

この「明神の瑛吉」、終盤でぽっと出てくるのではなく、物語の序盤から絡んでいったり、物語の中の出来事の背後にいるぞ、といったような存在感を出すことができれば、なおよかったのかなと思います。
読者の反感と憎しみを煽って煽って、最後に落とすことで、読者は最高のカタルシスを得られるのではないでしょうか。

どうしても発言が下種で、上に立つ人間の度量もない、といった小物感を身に纏ってしまっているので、大物ぶって物語にちょくちょく顔を出してもよかったかもしれません。

■最後に

読んで最初に感じたのは、映像化しやすいだろうな、ということでした。
設定や描写に、生身の人間が演じる上での困難などは少なそう(秘伝の技などは工夫がいるかもですが)ですし、「おつとめ」というアイデアもユニークです。

キャラクターも立っていますし、なにより女性二人の主人公というのが華があります。敵役に男が多く、男側に悪しき風習や企みのようなものが漂っているので、女性ファンを獲得しやすそうです。もちろん、男性でも楽しめます。由乃の祖父や伊十郎などのように、いぶし銀な役者さんを配置できそうな役どころもありますし。

最後になりますが、『オツトメしましょ!』で楽しませてくださった八神さんに感謝と、作品の成功を願いまして、読書記録を締めたいと思います。

八神夜宵さん、ありがとうございました。

〈了〉


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