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件の如し(第9話)

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■本編

 9、ラピス?
 台車を押しながら薄暗い通路を歩く。かつ、かつ、とラピスのブーツの踵が単調なリズムを奏でる。
 長い通路の中ほどにある扉の前に立つと、ポケットからカードを取り出し、カードリーダーに通す。するとカードリーダーに灯っていた赤色の光が緑色に変化し、扉の錠が外れる音がする。
「やあ、戻ったかい。その様子だと首尾よく、ということかな」
 アジサイが奥のモニターの前でくるりと椅子を回してラピスに向き直ると、歓待するように両手を広げて笑みを浮かべた。
 薄気味悪い男。それがラピスのアジサイに対する認識だった。カクタスの右腕として組織の頭脳を担い、仕事や計画の立案を行うのはこの男だった。頭は相当に切れるのだが、変質者的なところがあり、歪んだ趣味や性癖を持っていた。組織が殺したターゲットの死に顔や死の間際の声を収集していたり、特に気に入ったターゲットは手を斬り落として冷凍保存しているという噂もあった。後は、生きている人間には性的興奮を覚えない、とも。
「さあて、かの美しき女暗殺者の死に顔を拝ませていただこうかな」
 アジサイが立ち上がろうとする素振りを見せたので、ラピスははっきりとした口調で「だめです」と断った。
 アジサイは怪訝そうに首を傾げ、「どうしてだい」と怪しむように訊いた。
 ラピスは背中を汗が流れ落ちるのを感じながら、「まずカクタスに見せなきゃいけません」とぎこちない笑顔を作ってみせた。
「ふうん」とアジサイは不満げにもらし、じろじろとラピスを眺めていたが、やがてぷいと顔を背けて、「それもそうだね。早く行きなよ」と再びモニターに向き直った。
「ああ、ただ、カクタスに言っておいてくれ。ガーネットの死体を確認したら、僕の好きにさせてくれって」
 ラピスは吐き気を覚えながらも懸命に「……分かりました」と答えると、踵を返して出口に向かい、扉を開くと、自分は出ずに再び扉を閉めた。
 そして太もものホルダーに手をやり、大ぶりな刃のナイフを抜き、足音を殺してゆっくりとアジサイの後ろに立つ。逆手にナイフを構え直し、刃を振り下ろす。
 アジサイは袖机を勢いよく引き出し、それがラピスの足に当たり、ナイフはアジサイの背中を微かにかすめて行きすぎる。ラピスは足の痛みを堪えながら袖机を薙ぎ払って倒し、ナイフを構え直す。
「僕は現役を退いて久しいんだ。勘弁してほしいものなんだけどね」
 構え直したラピスの懐に素早く入り込んだアジサイは、彼女の腹部に拳を叩き込む。そして髪の毛を掴んで顔面に膝蹴りを見舞おうとするが、その膝はラピスの手に阻まれる。ラピスがナイフを振るのを察知したアジサイは髪の毛から手を放して下がり、ナイフをやり過ごすと彼女の顔に向かって回し蹴りを放つ。
 ラピスは左腕で蹴りを防御し、右手で腰からナイフを二本抜いて投擲する。蹴りで態勢が乱れていたアジサイは避けきれないと判断して、腕で急所を守り、ナイフを受け止める。
「痛いなあ、もう。刃物が刺さるなんてのは久しぶりだよ」
 アジサイは腕から二本のナイフを抜くと両手に構えて斬りかかる。ラピスはそれを右、左と首を捻り、しゃがんで躱すと、足払いをかける。アジサイが跳んでその足を躱すので、ラピスは足払いをかけた足を床に円を描くように回して勢いをつけ、反対の足を振って、円を描いた足を軸足に変えて鳩尾に蹴りを叩き込む。
 アジサイは呻いて唾液を吐き出し、吹き飛んでデスクの上を転がり、デスクや椅子を薙ぎ倒していく。
 とどめ、とラピスは大ぶりなナイフを構えてデスクを飛び越え、アジサイに突き刺そうと迫るが、倒れた位置にアジサイはいなかった。逡巡して、一瞬ラピスが動きを止めた隙に、手前のデスクの影に転がって隠れていたアジサイが飛び出し、ラピスの首を目掛けてナイフで斬りかかるが、反射的に避けたラピスの肩をかすめるに留まる。ラピスとアジサイがほぼ同時に蹴りを繰り出すが、アジサイの方が一瞬早く、回し蹴りをラピスの脇腹に叩き込み、今度はラピスが吹き飛ばされ、デスクを薙ぎ倒して倒れる。
 アジサイはすかさず駆け寄ると、ラピスに馬乗りになって両手をその白く細い首に伸ばし、へし折ろうと力を込める。ラピスは引きはがそうとアジサイの手を掴んで引っ張るが、すごい力でびくともしなかった。ナイフは、と探ってみても、主力の大ぶりなナイフは先ほど吹き飛ばされたときに落としてしまったようで、腰のナイフはアジサイが馬乗りになっているせいで抜けない。
 万事休すか、と思いつつも、ここで諦めるわけにはいかない、と意気を新たにし、ラピスはもがき、手を引きはがそうと試みる。
「無駄だよ。このまま死ぬんだ。僕は君の上という特等席で、君の死に顔の美しさを鑑賞させてもらおう」
 アジサイの腕の筋肉が盛り上がる。さらに力を込める。ラピスは意識が遠くなるのを感じながら、髪の毛に挿しておいたヘアピンを抜き取り、それをアジサイの右目に刺しこむ。
 アジサイは悲鳴を上げながらのけ反って右目を押さえる。首から手が離れた瞬間を見計らって襟元を掴んで背負い、投げるように床に転がす。そして自身は素早く立って、床に転がったアジサイの腹に蹴りを放つ。
 ラピスが咳き込むのと同時に、アジサイも咳き込みながら血を吐いた。口から、目からぼとぼとと垂れた血が、床に血だまりを作っていた。
「やってくれたな。僕はもう引退した身だと言うのに」
「申し訳ありませんが、時間がありません。手早く始末させていただきます」
 ラピスは腰からナイフを抜き、アジサイの横っ面に向けて回し蹴りを放つ。アジサイはあえてそれを食らうと、動きの止まったラピスの足を掴む。まずい、折られる、と判断したラピスは両手を床に突いて、掴まれていない左足を強烈な勢いで叩きつけ、アジサイの腕を弾く。アジサイが反対の手でなおも足を掴もうとするので、前転して逃れようとするが、アジサイの手が一瞬早くラピスの足を掴んだ。
 アジサイはラピスの足首を折ろうと力を込める。ラピスは折られまいと、床についた両手を捌いて体を回転させ、自由な右足の踵をアジサイの首元に叩き込む。痛みと衝撃に呼吸が一瞬止まったアジサイは手を放し、吹き飛ばされて床に転がった。追撃しようと駆け出すラピスに向かって、アジサイは床に落ちていたナイフを掴んで投げる。だがラピスはそれを軽々と躱し、とどめを刺そうとアジサイの顔面目掛けて蹴りを放つ。だが、蹴りが入る寸前、悪寒のようなものを感じたラピスは咄嗟に足を引いて飛びずさった。アジサイが隠し持っていたナイフを振っていた。あのまま攻撃していれば、足を切り裂かれていただろう。舌打ちしたアジサイに向かって、ラピスは微笑みかけると、「それで万策尽きましたか」と訊ね、アジサイの顔が恐怖に変わっていくのを眺めながら、彼女は跳ぶ。
 跳んだラピスは、恐怖に歪んだアジサイの眉間に踵を叩きつけ、そのまま後ろに倒して全体重をかける。ぐしゃ、と卵を落として割ったときのような音が響き、倒れ伏したアジサイはそのまま動かなくなった。
「さて、あと一人」
 ラピスは肩で息をしながらモニターに近づくと、配線をすべて引っこ抜いてパソコン本体を足で踏んで叩き壊し、内蔵されているハードディスクを粉砕する。一しきり破壊し終えると、彼女は息を整えながら部屋を出て、ガーネットの死体が入っている箱をノックするように叩き、台車を押し始める。
 組織にもたらされた、嵯峨下探偵事務所のクダンがカクタスの探している機密情報を持っている、という情報を元に、人員がほとんどはけているせいで、アジトの中は手薄だった。最初はカクタス自身が向かうつもりだったのだが、ラピスがアジサイに連絡し、ガーネットの死体を届けるからアジトにいてほしいと伝えてもらったのだった。ガーネットの死体を弄びたい変質狂のアジサイはラピスが思う以上に熱心にカクタスを説得し、カクタスをアジトに留めることに成功した。
 アジトの最奥、カクタスの部屋に彼はいる。ラピスは廊下を進み、カクタスの部屋の前に辿り着くと、扉をノックした。
「入れ」
 緊張感で、心臓が早鐘を打ち、喉から飛び出そうだった。
 ラピスは扉を開くと、台車を押しながら部屋の中に入る。
 元々会議室だった部屋は広く、デスクこそカクタスのもの一つだったが、トレーニングマシンやサンドバッグが置かれ、壁面の三方には本棚が埋め込まれていて、心理学や政治学、経済学など様々な分野の本が詰め込まれていた。
「ガーネットを始末したそうだな」
 カクタスはデスクに着いたまま、書類に目を落として声だけで訊ねる。
「ええ、ご希望の通りにいたしました」
 ラピスは部屋の中央に台車を運び、箱に寄り掛かって退屈そうにカクタスを見つめながら、指で箱を一定の間隔で叩く。
「組織の奴らが、お前くらい優秀なら、私も安心なのだがな」
 カクタスは書類をデスクに投げ出すと立ち上がり、ゆっくりとラピスに歩み寄る。
「今クダンの確保に向かわせているが、うまくいくかどうか」
 深いため息を吐くカクタスの肩に、慰めるように触れる。「きっと大丈夫です」
 カクタスは微笑み、そしてラピスの手を一瞥して言う。「手が震えているな。どうした」
 ラピスはその冷たい人形のような顔をにっこりと美しい笑みで彩り、「歓喜の震えです。あなたの愛が、ようやくいただけると」とほんのりと頬を染めて俯いた。
「ああ、くれてやろう。だが、ガーネットの死体を確かめてからだ」
「勿論です」と答えてラピスはカクタスの邪魔をしないよう、彼の後ろに下がる。
 カクタスはゆっくりと箱に手をかけ、蓋を開けていく。
 中には首が血に塗れたガーネットが入っていた。顔は白く、ぴくりとも動かない。赤子が母親の胎内で丸くなるようにして、その箱の中にいた。
「どうです」とラピスは後ろから声をかける。
 カクタスは振り返らず頷いて、「ああ、見事だ」と感嘆して見せた。「ガーネット、お前もラピスのように俺の誘いに応じていたなら、死なずに済んだものを」と憐れむように言って、よく確認しようと身を乗り出して覗き込む。
「カフカは言いました。『天は沈黙している。ただ沈黙だけを返す。』と。さようなら、カクタス」
 ラピスの言葉を訝しがって振り返ろうとした刹那、ラピスは抜いて構えていた両手のナイフを投擲した。カクタスはそれを察知して回避しようと考えたが、そうすることはできなかった。
 箱の中で死体として横たわっていたガーネットが突如として動き出し、凄まじい速度で足を伸ばして踵を叩きつけてきたので、カクタスは強かに顎を撃ち抜かれ、ラピスのナイフが背中に二本突き立った。
 ガーネットは素早く箱の中から跳び出ると、前傾姿勢になって口から血を垂らしたカクタスの頭めがけて蹴りを放った。だがその一撃はカクタスの左手に受け止められ、カクタスは凄まじい膂力でガーネットを振り回し、床に叩きつける。一瞬遅れてラピスがナイフを抜いて投げるが、カクタスには悠々と避けられ、投擲した後の隙を突かれて接近され、回し蹴りを腕で受け止めて防御するものの、衝撃を殺しきれず、腕に激しい痛みを感じて吹き飛ばされて転がる。
「まさか、飼い犬に手を噛まれるとはな」
 カクタスは口の中の血を唾液と一緒に吐き出すと、首に手を添えて捻り、骨や筋に異常がないか確かめる。
 ガーネットは咳き込みながら立ち上がる。「残念ながら、飼い犬じゃないわ」
 ラピスも手を震わせて立つ。「私は最初から『事務所』の人間です。あなたの組織に入ったのは内偵のため」
「いつから、俺の首を獲ろうと考えていた」
 カクタスがラピスに向かって駆けるので、ガーネットはその間に割り込み、足払いをかける。カクタスはそれを軽々と躱すと、拳をガーネットに向けて叩きつける。その隙を見逃さず、ラピスが右足を高々と上げてカクタスの顔面へ蹴りを放つと、察知したカクタスは拳を引いて下がり、ラピスの足はカクタスの髪をかすめたに留まる。下がったところを見逃さず、ガーネットは一歩踏み込んで、カクタスの鳩尾に向かって蹴りを放つが、カクタスはそれを腕で防御し、ガーネットの蹴りの勢いも利用して飛びずさり、二人と距離をとる。
「昨日よ」とガーネットが答えると、それを冗談だと思ったのか、カクタスが表情に一瞬怒りを浮かべ、すぐに冷徹な目で睨みつけた。
「事務所はいつかはやるつもりだった。あなたが増長し始めてから。ここにきて、あなたはやりすぎた。事務所を甘く見過ぎたのよ、それからクダン探偵をね」
 眉をぴくりと吊り上げ、「どういうことだ」と問う。
「あなたは単に矢崎をつついて、矢崎秋奈を炙り出す駒としてクダン探偵を使ったんでしょうけど、それが間違い。なぜなら今日のすべてのシナリオを描いたのはクダン探偵だから」
「この裏切りが、あの探偵風情が考えたことだと」
 ガーネットはラピスを一瞥する。顔色が悪い。さっきの攻防でどこか痛めたな、とガーネットは察する。そうであるならば、やはり自分が主に立ってカクタスの相手を担い、ラピスには隙を突いてもらうしかないか。そう算段しながらも、少しでもラピスが回復する時間を与えられるように、話を引き延ばす。
「ラピスからわたしの抹殺指令が出ているという連絡を受けたとき、それを知ったクダンが考えたのよ。茶番劇でわたしが死んだように見せかけ、あなたがもっとも油断した瞬間を突いて首を獲る――まあ、その一撃で仕留められなかったのは、計算違いだけど」
 カクタスはラピスを一瞥し、うっすらと笑みを浮かべると、ラピスに向かって突進した。まずいと思ったガーネットは二人の間に割って入り、カクタスの顔面に向かって蹴りを放つが、それを予測していたカクタスは蹴りを受け止めると、残ったガーネットの軸足に向かってローキックを放ち、ガーネットは咄嗟に跳躍して避ける。しかしそれも予測していたカクタスはローキックを途中で引いて構え直し、無防備に落下するガーネットの頭部に向かって足を振る。それをガーネットは腕で頭を抱えて防御するものの、吹き飛ばされて床を激しく転がる。
「その一つの計算違いが、お前の計画とやらをすべて瓦解させると、探偵に言っておけ」
 ガーネットにとどめを刺そうと歩み寄る背後からラピスが後頭部を蹴ろうと足を振った瞬間、後から振り返って蹴りを放ったカクタスの足が先にラピスの腹部にめり込み、彼女は悲鳴を上げて倒れ、転がった。
「お前たちごときにやられる俺ではない。たとえ不意を打たれ手傷を負おうとな」
 ガーネットは床に手を突いてゆらりと立ち上がり、額を擦ったのか血が流れ出て眦を伝い、涙のように頬に流れ落ちていた。
「あなたも、矢崎秋奈も、クダン探偵のことを、路傍の石か何かのようにしか思わなかった。それが、あなたたちの敗因」
 くくっと、カクタスは可笑しそうに笑って、「この期に及んでまだ勝つ気か」とガーネットに向かって鋭い視線を向けながら向き直る。
「俺の首は獲れん。お前にはな」
 どうかしら、と不敵に微笑んで、ガーネットは疾風のように駆け、間合いに入り込むと、カクタスの顔面に向かって蹴りを放つ。カクタスは紙一重でそれを避けると、拳を握りしめ、ガーネットの顔面を殴りつける。だが、躱されたガーネットの足は、蹴りの勢いを殺さないよう元の軌道を辿って戻り、カクタスのこめかみを捉える。相打ちになった二人はそれぞれよろけて後方に尻もちを突くが、先に立ち上がったのはガーネットだった。
 ガーネットは座り込んだカクタスに向けて続けざまに蹴りを放つが、カクタスも腕で頭部をガードしているため、有効打が与えられない。攻め手を迷って攻撃が緩んだ一瞬の隙を突いてカクタスが飛び掛かり、ガーネットの首を片手で掴んで持ち上げる。
 足をばたつかせ、手でカクタスの手を引きはがそうともがくが、どれほど爪を突き立てられようが、カクタスは些かも首を掴む力を弱めなかった。ガーネットの細い首はカクタスの強靭な握力に容易くへし折られてしまいそうに見えた。
「おしまいだ、ガーネット」
 カクタスが握る力を強める。その瞬間、立ち上がっていたラピスがナイフを放った。だがそれを察知していたカクタスはガーネットの体を掲げて、彼女の体でナイフを受け止める。ガーネットが苦悶の声をもらす。
 カクタスは声を上げて笑い、ラピスを嘲った。ラピスは微笑みを浮かべて咳き込み、血の塊を吐きだして崩れ、倒れた。
「万策尽きたな。さあ、今度こそおしまいだ」
 カクタスが力を強めようと笑った瞬間、ガーネットは勝ち誇った笑みを浮かべ、「布石ってのはね、相手に分からないように打つものよ」と言って腰に刺さったナイフを引き抜き、それをカクタスの首筋に突き立てる。さすがのカクタスも完全に虚を突かれ、ナイフを防ぐことはかなわなかった。
「貴様、まさかわざと」
 血が喉に絡みついて不明瞭な声でカクタスが叫ぶ。彼はガーネットから手を放し、ナイフを引き抜こうと焦って手を伸ばす。
「あせったわね」
 ガーネットは体を捻ることで足に力を蓄え、腰を回転させることで蹴りの力をさらに鋭いものにして放つ。
「ま、待て!」と必死にカクタスは叫ぶ。
「カフカが言うには、あせりこそ」
 ガーネットの左足がカクタスの側頭部を弾き飛ばす。カクタスはたたらをふんで左によろける。ガーネットは弾き飛ばした勢いを殺さないよう、素早く左足を戻して軸足に変え、右足で蹴りを放つ。
「この世の大罪」
 ガーネットの足はカクタスの首に刺さったナイフの柄を過たず捉え、先の蹴りで吹き飛ばされた衝撃と、今回の蹴りの威力が相まって、押し込まれたナイフは首の骨すら断ち、深々と突き刺さった。
 カクタスはそのまま蹴り飛ばされて床を転がり、うつぶせに倒れるとぴくりとも動かなかった。
 ガーネットは残された箱の中からリンゴを一つ拾い上げると、カクタスに向けて放り投げた。リンゴは背中の上を跳ね、転がり落ちず彼の背中に留まった。彼女は満足そうに頷いて言う。
「三途の川の渡し賃にはちょうどいいでしょ、カクタス」
 ガーネットはカクタスの死体を見下ろして勝利の笑みを浮かべ、「後は任せたわよ、クダン」と言って力が尽き、その場に崩れ落ちた。

〈続く〉


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