「ざらざらをさわる」三好愛著(2020)_改姓のざらざらに共感

2/12読書

イラストレーター三好愛さんの初のイラスト&エッセイ集。
https://www.shobunsha.co.jp/?p=5783

記憶のざらざらとした部分について様々なテーマで書かれています。

夜と朝の違い「朝が憎いよ」、同級生との少しトラウマな人間関係「呪いの先に」など、共感できるエッセイは多くありましたが、一番私のざらざらの琴線に触れたのは、結婚を機に改姓したことを綴った「せまってくるよ」です。

改姓によって、気に入っていた苗字が変わることで生まれる、自分自身のアイデンティティの揺らぎ、混乱、周囲の変化など、「そう!同じざらざら!」と思いました。

私自身も改姓によって、ふたつのアイデンティティをまたいでいるところで、ふたつの苗字とも(仮)のような気持ちになることがあります。

旧姓(旧と書くのも心の中では納得できていません)とセットで両親が名前を考えてつけてくれたこともあり、そんな両親の想いもあり、自分の氏名を気に入っていました。

私は自分の苗字になることを夫にも提案し、2週間ほど話し合いましたが、結局私が折れました。

職場では旧姓を使用し、それほど生活は変わらないと思っていたけれど、そんなことはなく”せまってくる”のです。

三好さんも、著書の中で友人への言葉で、「三好だよ。三好はあくまで三好だよ。」と書いていますが、私も同じ気持ちです。

両親にもそう思ってほしいのに、もう両親は、今では私への贈り物を旧姓では送ってくれません。新姓だと、他人のような気持ちになります。まだ完全にアイデンティティをまたげていない私は悲しくなります。私からの贈り物は頑なに旧姓で送り続けます。

新姓は(仮)の姿で、本当の自分は旧姓だとまだ思っている自分がいるけれど、両親からも旧姓の自分がなくなっているようで悲しいです。

共働きだし、結婚するまでは男女平等だと思っていた社会が、改正を機に、こんなにも心にざらざらを生むとは思っていませんでした。

夫婦別姓制度が認められたら、元の姓に戻すか考えると、戻したいと思う一方で、一度踏んだアイデンティティからは一生逃れられないなとも思います。

多くの人が想いを同じくざらざらとしているのではと思います。三好さんには苗字の話だけで本を出していただきたいです…。

どのエッセイもするすると心に入ってきて、同じざらざらを共有できて、いいエッセイ本に出会えたなと思いました。


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