2023年5月の記事一覧
月の砂漠のかぐや姫 第270話
母親自身は強風が吹いた時には目を閉じていたので、自分の胸と薬草から二色の風が巻き起り、それが月に向かって上がっていったことなど知りはしません。彼女の心にあるのは、「一刻も早く娘のところに帰らないといけない」という気持ちだけです。下り斜面を勢いよく走りすぎて崖から落下しそうになったり大岩に激しく体をぶつけたりしながらも、彼女はできる限りの速さで山を下りていきました。
陽が落ちて辺りがすっかり暗く
月の砂漠のかぐや姫 第269話
母親は娘の顔を思い浮かべました。真っ先に浮かんできたのは、彼女が元気にしていた時の笑顔ではなく、彼女が病気になってからずっと見せていた苦しげな表情でした。その娘の顔を思い出したとたんに、母親は急に胸が締め付けられるように感じられ、激しくせき込み出しました。病気の娘を一人で村に残してきたことへの負い目と彼女がいまも生きて自分を待ってくれているかという不安が、母親の心を槍でザクザクとつくように激しく
もっとみる月の砂漠のかぐや姫 第268話
「あ、ああ・・・・・・」
喜びの言葉を叫ぶ母親の視線はしっかりと定まっておらず、長老の顔ではなくてどこか遠くにある別の何かに向かっているようでした。母親の尋常でない様子とあまりにも勢いのありすぎる言葉に戸惑ってしまった長老は、ぼんやりとした相槌の他には何も言い返せませんでした。それを了承と捉えたのか、長老にはもう用が無いとばかりに、すぐさま母親は天幕から出て行ってしまいました。後には、長老一人が