マガジンのカバー画像

【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

337
今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
運営しているクリエイター

2023年5月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第270話

月の砂漠のかぐや姫 第270話

 母親自身は強風が吹いた時には目を閉じていたので、自分の胸と薬草から二色の風が巻き起り、それが月に向かって上がっていったことなど知りはしません。彼女の心にあるのは、「一刻も早く娘のところに帰らないといけない」という気持ちだけです。下り斜面を勢いよく走りすぎて崖から落下しそうになったり大岩に激しく体をぶつけたりしながらも、彼女はできる限りの速さで山を下りていきました。
 陽が落ちて辺りがすっかり暗く

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第269話

月の砂漠のかぐや姫 第269話

 母親は娘の顔を思い浮かべました。真っ先に浮かんできたのは、彼女が元気にしていた時の笑顔ではなく、彼女が病気になってからずっと見せていた苦しげな表情でした。その娘の顔を思い出したとたんに、母親は急に胸が締め付けられるように感じられ、激しくせき込み出しました。病気の娘を一人で村に残してきたことへの負い目と彼女がいまも生きて自分を待ってくれているかという不安が、母親の心を槍でザクザクとつくように激しく

もっとみる
月の砂漠のかぐや姫 第268話

月の砂漠のかぐや姫 第268話

「あ、ああ・・・・・・」
 喜びの言葉を叫ぶ母親の視線はしっかりと定まっておらず、長老の顔ではなくてどこか遠くにある別の何かに向かっているようでした。母親の尋常でない様子とあまりにも勢いのありすぎる言葉に戸惑ってしまった長老は、ぼんやりとした相槌の他には何も言い返せませんでした。それを了承と捉えたのか、長老にはもう用が無いとばかりに、すぐさま母親は天幕から出て行ってしまいました。後には、長老一人が

もっとみる