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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2019年6月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第45話

月の砂漠のかぐや姫 第45話

「月に、還す‥‥‥」

 羽磋は、大伴の言葉をそのまま繰り返しました。たくさんの情報が一度に与えられた羽磋の頭は、それを処理するのに手いっぱいになっていました。
 月の巫女は精霊の力を貯める器のような存在。かつての弱竹姫がそうであったように、力を使えばその代償として経験や記憶を失ってしまうし、最悪の場合、その存在自体が消えてしまう。
 それは、死して月に還るのではなく、完全に消えてしまうということ

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月の砂漠のかぐや姫 第44話

月の砂漠のかぐや姫 第44話

 大伴の話は、いよいよ終わりに近づいていました。

「いいか、羽磋。弱竹姫の力を利用して匈奴を打ち破った御門殿は、今どうなっている」
「御門殿は、我ら月の民を束ねる単于(ゼンウ)となっておられます。えっ、父上のおっしゃられるのは、まさか・・・・・・」
「ああ、単于となった御門殿が、再び月の巫女の力を戦に利用されるという恐れがある。今は匈奴といさかいがある訳ではなく、むしろ、匈奴から出された人質を受

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月の砂漠のかぐや姫 第43話

月の砂漠のかぐや姫 第43話

 少しの間、二人の間を重い沈黙が支配していました。高台を吹き抜ける風のほかは、空気を震わせるものは誰もいないようでした。
 自分の心の中深くに潜って、必死に考えを巡らせていた羽磋は、あることに気が付きました。
「月の巫女の力の行使」の代償として、竹姫は記憶と経験の一部を失い、その結果、数日前の身体に戻った。それは、右腕の酷い怪我がまったく無くなっていることからわかります。
 でも、そうだとしたら。

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月の砂漠のかぐや姫 第42話

月の砂漠のかぐや姫 第42話

「俺がバダインジャラン砂漠でお前たちを見つけたときに、竹姫の右手にそれが添えられていたのだ。どうしてそのようなことが行われていたのか、不思議でならなかったのだが、今日お前の話を聞いて初めて分かったよ。竹姫が右手を痛めたので、短剣を添え木の代わりにしたと、お前は言ったな」
「ええ、その通りです。竹が、多分骨を折ったのだと思うのですが、ひどく右手を痛めたので、せめて俺にできることはと考えたのです」

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月の砂漠のかぐや姫 第41話

月の砂漠のかぐや姫 第41話

 大伴は、静かに話を続けました。

「羽磋よ。月の巫女と言うのはな、器だ。器なのだ。いつの頃からかは、わからん。ひょっとしたら、我らが祖が月から降りてこられたときに、人となったもの、獣となったもの、そして、風や水と一体となったもののほかに、器となったものがおられたのかも知れん。あるいは、もっと後に、なんらかの行いにより形作られたものかも知れん。とにかく、俺たちが調べた結果判ったのは、月の巫女とは器

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月の砂漠のかぐや姫 第40話

月の砂漠のかぐや姫 第40話

 大伴は詳しくは語りませんでしたが、その時の大伴の取り乱しようは、まさに荒れ狂うハブブのようでした。
 消えてゆく弱竹姫の身体を何とかこの世界につなぎとめようと、その身体を両手で抱きしめ、その名を大声で呼び続けたのでした。
 そして、その願いもむなしく弱竹姫の身体が完全に消滅してしまった後は、大伴はその姿を求めて祭壇上のあらゆるところを探し回り、最後にはそれを破壊して祭壇の下にまで潜り込んだほどだ

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月の砂漠のかぐや姫 第39話

月の砂漠のかぐや姫 第39話

 烏達渓谷はゴビ北東に広がる草原の一角にあります。この一帯は、南北に流れる黄河の恵みにより遊牧に適した草原が大きく広がっているので、月の民と新興匈奴はこの地域を奪い合って、何度もいさかいを起こしているのでした。
 月の民の戦い方の特徴は、馬に乗ったまま敵に矢を射る「騎射」にありました。この機動力を活かした戦い方は、「馬と共に生まれ、馬と共に生き、馬と共に死す」と言われた遊牧民族独特のもので、これに

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