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静寂のポスター【カプセルイン大塚@大塚駅】

 僕がいつからサウナに通うようになったのか、あの時のことははっきりと覚えている。

 2019年9月5日、プライベートで懇意にしている友人から連絡を受けて、僕は初めてマルシンスパ(笹塚)に向かった。当時、サウナなんて他人事のように思っていた僕に対して、サウナにハマったばかりのその友人が熱烈なオファーをしてきたのである。

 僕はあの時、初めて宇宙と一体になった。

 それから月日が流れ、2020年春。世界はパンデミックに陥った。サウナの魅力を知ったばかりの僕にとって、サウナに通えなくなった時期は禁断症状で頭がおかしくなりそうだった。(それはちょっと盛ってる)

 そんな時期に、プライベートでお付き合いのある方から仕事の連絡を受けることになる。

 「友人が経営しているカプセルホテルがコロナの影響を受けて集客に困っていて、新しくポスターを作ることにしたから、キャッチコピーを考えてくれないか?」

 ライターの僕の腕の見せ所である。そのカプセルホテルについて時間をかけて調べて、いくつかの案をなんとか捻り出した。

 さて、なぜこんな話をしたのかというと、実はそのカプセルホテルこそ今Twitterを賑わせている「カプセルイン大塚(=CIO)」だったのだ。

 その後、僕は僕で2020年5月にサウナ用のTwitterアカウントを立ち上げ、サウナ界隈の方々と繋がりを持つようになる。アカウントを立ち上げた直後は勢いで様々なサウナーの先輩たちをフォローさせていただいたこともあって気づかなかったが、冷静にタイムラインを眺めていると、そこに強烈な個性を放つ店舗アカウントがあった。

「カプセルイン大塚」

 その勢いは、フォローして数ヶ月経った今でも衰えず、最近でも店舗公式アカウントとは思えないほどノリにノッている。

「(うっしーかわいい……)」

 CIOのTwitterはこれでいいのだ。ただ「好き」を貫く。そこに人が集まる。Twitterの理想郷がそこにあった。

 とはいえ、やはり集客にはまだまだ困っているようだ。現在はサウナを推しているが、そもそもはカプセルホテルである。コロナの影響でイベントが軒並み中止になった現在、地方から都内に遠征で訪れる人も激減した。当然のことながら、CIOの宿泊の利用客数も比例して下がっているようだった。

 もともと特殊なご縁があった僕としては、この状況をなんとかしたいと思わざるを得なかった。僕はCIOと共に発展しなければならない。もはや一方的な義務感で心が突き動かされていた。

 季節は流れ、すっかり秋模様になった10月15日(木)、僕は再びCIOへと向かった。記憶にある限りでは4度目の往訪だった。天気は生憎の雨。カーディガンを羽織ってきても少し肌寒い。今年もまたあっという間に冬がやってくるのだろう。

 CIOに到着したのは15時頃だった。大塚駅から徒歩30秒、正真正銘「駅前」の好立地に店舗を構えている。

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 そういえば、僕はここに訪れるたびに

「どうしてこのようなサウナ施設はパチンコ屋とセットなのだろうか?」

 などと考えてしまう。先日伺ったレインボー新小岩店しかり、僕が華々しいサウナデビューを果たしたマルシンスパしかり。「サウナあるところパチンコ屋あり」と言いたいくらい、なぜかセットになっている。きっとなんらかの大人の事情があるのだろうが、踏み込んではいけない聖域のような気もして、それ以上は深く考えないようにしている。

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 エレベーターに乗って4階の受付に到着した僕。Twitterの中の人に迎えられ、館内着に着替えてさっそく8階の浴場へと向かう。今日はお仕事の都合で最短の90分コース(税込700円 ※キャンペーン価格)である。フェイスタオルとバスタオルもセットでこの値段なのはありがたい。

 さて、Twitterの中の人も毎日のように集客に困っていることを自虐的にツイートしているが、幸か不幸か僕はCIOが混んでいるところに遭遇したことがない。
この日はどうだろうか。ゆっくりと浴室のドアを開ける。

「今日も(ほぼ)貸し切りじゃないか…」

 僕を含めて、浴場には3人しか居ない。お風呂に一人と、サウナ室にもう一人だ。快適といえば快適だけれど、サウナを愛する者として、そしてCIOと不思議なご縁がある僕としては、この状況は少し心苦しい。ただ、今の僕にできることは「とにかくサウナを満喫すること」しかなかった。

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(カプセルイン大塚公式サイト: http://www.capsule-in-otsuka.co.jp/ )

 まずは体を清め、大人の男性10人がすっぽり入れるほどの広いお風呂で体を温める。温度は41℃。そっと目を閉じる。

「実に静かだ…」

 そう、CIOはとにかく静かなのだ。
 浴場全体で最大20〜25人ほど入れる広さにも関わらず、そもそもお客さんが少ないから音を立てる人がいない。そして、とにかく設備の騒音が無いだけではなく、窓もついていない要塞のような頑丈な空間。外の世界とは完全に隔離されている。駅前なのに電車の音も一切聞こえてこない。BGMも無い。そこにはただ、浴槽から溢れ出たお湯が流れる音だけが聞こえてくるのだ。じっと静寂を噛み締める。

 体を温めた僕はサウナ室へと向かった。扉を開ける。今日の温度は…

「98℃か! 個人的にちょうど良い温度だ」

 そういえば、業者に来てもらってサウナ室の温度が調節できるようになったってつぶやいてたっけ。以前よりも熱くなっている気がした。

 大人の男性8人程度が入れる2段構成の上段に腰をかけ、じっくりと体を温める。もちろん、サウナ室の中も静寂との対峙だ。いや、自分との対峙か。熱せられたサウナストーブの「パチパチ、チリチリ」という控えめで軽快なリズムに耳を傾けつつ、黙々と熱を感じる。
 余計なものはいらない。ただCIOに包まれる。それが心地よい。

 体を十分に温めた僕は、水風呂へと向かった。
 CIOは、サウナーに喜んでもらうための新しいチャレンジに次から次へと取り組んでいる。リスクを恐れている場合じゃない。
 サウナ室の温度を上げることもそうだし、水風呂の脇には「ご自由にお入れくださいスタイル」の氷がクーラーボックスに大量に詰め込まれている。

 汗を流し、さっそく水風呂の中へ。以前に来た時はたしか16℃程度だったが、この日も同じくらいの温度に調整されていて気持ちの良い冷たさだった。しかも、大人の男性3〜4人がゆったり入れるほどの広さの水風呂を貸し切り状態である。

 体の末端から徐々に感覚が失われていき、時間の経過とともに聴覚が研ぎ澄まされていく。より深く感じる静寂。CIOにバイブラは似合わない。このままで良い。このままが良い。

 僕がCIOのことを敬意を込めて「サウナの静地」と勝手に呼んでいる理由はここにある。この静かさが、CIOの個性であり強みなのだ。

 思考が徐々に停止していく。何も考えられなくなる。冷やされる体と、生命を維持しようと高まる鼓動。その狭間に、宇宙へと繋がる道が見えてくる。僕は水風呂を飛び出して、いつも通り"ととのい椅子"ではなく、隣の温かいお風呂へと移動した。

 冷水で押さえつけられていた血流を41℃のお湯で温め、いっきに開放する。まるで全身に建設されたダムが決壊するかのごとく、身体中に勢いよく血が巡っていく。内なるエネルギーを感じる。そして、その時はやってきた。

「ふぁ〜〜〜……(極楽)」

 僕は今日も、宇宙と一体になった。

 その後にもう1セットをいただいた僕は、館内着を身につけて、一部のCIOファンの間で噂になっている「秘密の外気浴スペース」へと向かった。

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 この場所は店舗が正式にアナウンスをしているわけではなく、Twitterや口コミなど、なんらかのルートで得た情報を頼りにしなければたどり着くことができない穴場なのである。(わりと最近つくったらしい)

 そこに設置された椅子に腰をかけてみる。ビルの8階に吹く秋の風が、ほてった体を優しく鎮める。しかも、この空間と景観を一人占め。「贅沢」としか言いようがなかった。うまく言葉には表せない悦びが、そこにはあった。
 時間はあっという間に90分。受付を済ませて、僕は帰路に就いた。

 さて、ここからは少し話が変わる。

 この日はランチにCIOのTwitterアカウントが推している「とんかつ 美濃屋」で空腹を満たしていたのだが、そのとんかつがナオト史に残る感動の逸品だったから全力で紹介する。

 美濃屋さんに到着したのは14時15分ごろ。お昼の営業は14時半がラストオーダーだから、無事に滑り込めたわけだ。寝起きにフルーツグラノーラしか食べていなかった僕にとっては、この空腹をとんかつで満たすことができるという事実だけでも嬉しかった。

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 そしてお店の前のメニュー表を覗き込む。

「……ロースカツ定食800円!? しかもご飯大盛り無料!?」

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 信じられなかった。僕の感覚では、個人経営店舗のロースカツ定食は1000〜1200円が相場だったからだ。
 事前に値段を調べていなかったこともあり、その安さだけでもすでに期待値を超えていた。あとは実食あるのみ。暖簾をくぐる。ランチ営業終了間際だったからか、僕の他にお客さんは1人だけだった。

 飲食店を新規開拓をした時、僕は基本的にそのお店の定番メニュー(と思われるもの)をオーダーするようにしている。ここでは「ロースカツ定食(税込800円)」がそれだ。注文をしてから5〜10分程度で到着。

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「美味いwwwwww」

 本当に美味しかった。これが800円なのは信じられない。信じたくなかった。

 ロースからは適度に脂身が削ぎ落とされていて、もちろんその分の脂の甘みもカットされているのだけれど、それがまたロースの肉々しさを引き立たせる。「肉ってこうだったよな」と思い出させられる。
 さらに、衣がきめ細かく薄付きなので、油が染み込んだパン粉のクドさを感じないし、ロースの存在も邪魔をしてこない。そして噛めば噛むほどジューシーな肉汁が溢れ出してくる。
 お肉のしっとりした柔らかさと衣の軽いサクサク感、この何層にも重なる食感のハーモニーがたまらない。それをソースと岩塩で気分に合わせていただけるというのだから、ハマらないわけがなかった。絶対リピートする。

 しかし、やはりこの定食が800円だということがどうしても認められない。認めたくない。そこで僕は、人生で初めて「おつりは大丈夫です」と伝えてお店を出た。かっこつけたわけじゃない。このロースカツ定食をこの価格で出していただける、その姿勢に対して僕なりの敬意を示したかった。

 その後、事態は思わぬ方向へと展開する。

 帰宅後にTwitterでCIOの中の人からリプライを受けた僕は、思いつきでこんな提案をする。

「CIOの展望フロアで美濃屋さんのとんかつを注文できたら最高です」

 すると、それを受けた美濃屋さんが、なんとその願いを承諾してくれたのだ。

 さらに驚いたのは、それが翌日にはすでに形になっていたことだ。(速すぎ)

 マルシンスパから始まった僕のサウナ人生、まだまだ始まって1年ちょっとしか経っていないが、サウナと水風呂が人と人を繋いだ瞬間に立ち会うことができた気がした。

 今度はCIOで、あの静寂とロースカツを噛み締めよう。

 最後に余談だが、冒頭で触れたCIOのポスターは、美濃屋さんの店内に掲載されている。

(written by ナオト:@bocci_naoto)

YouTube「ボッチトーキョー」
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①僕たちは自費でサウナに伺います ②それでお店の売上が増えます ③noteを通して心を込めてお店を紹介します ④noteを読んだ方がお店に足を運ぶようになります ⑤お店はもっと経済的に潤うようになります ⑥お店のサービスが充実します ⑦お客さんがもっと快適にサウナに通えます