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新たな物語が始まる【相模健康センター@さがみ野駅】

 僕は2019年に親友を亡くしたが、その時に「彼が生きるはずだった残りの人生の分まで僕が生きよう」と誓ったのだった。あれから月日は流れ、社会情勢が大きく変わった2020年は、あの時に僕が抱えた苦悩と同じような感情に苛まれた人も多かったのではないだろうか。
 生活は苦しくなり、SNSでは不毛な議論が繰り広げられ、鬱憤を晴らすために無作為に他人を攻撃してしまう……。その結果、自ら命を絶った人の数が目立った1年であったことは事実だろう。

 失ってはならないものが失われる。これは、温浴業界においても同じだった。あれは2020年12月3日のこと。サウナ愛好家たちの間で、大きな衝撃が走ったのであった。

 そう、温浴業界を牽引している湯乃泉グループの中の1つ、相模健康センターが閉館することになったのだ。この発表に、多くのサウナ愛好家がショックを受けたことだろう。僕はこの時点では湯乃泉グループの店舗には伺ったことが無かったのだけれども、Twitterに溢れる悲しみの声は確実に心に響いたのだった。

「僕は相模に行かなければならない」

 沸々と湧き上がる使命感。このサウナには、どうしても入っておかなければならないと直感的に悟ったのである。
 ところが、年が明けた1月4日のこと。ここでさらに悲しい発表が行われた。なんと、閉館が早まったのだ。

 この日、僕の体は頭で考えるよりも先に動いていた。お気に入りのサウナハットを握りしめ、本能のままに自宅を飛び出したのであった。

 東急東横線に乗り込み、そこから乗り換えで経由した横浜駅は人で溢れていた。ここから満天の湯に行った時以来の相鉄線に飛び乗る。慣れない電車の中から住宅街を眺めながら30分ほど揺られると、正午ちょうどに「さがみ野駅」に到着した。

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 見た目も雰囲気も「ローカル」と呼ぶに相応しい駅だ。念のため少し離れたところからも駅を撮影してみる。

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 見事になにもない。「殺風景」とはこのことだろうか。おそらく、サウナ以外の目的でこの駅に来ることは無いだろう。そんなことを考えながら目的地を目指して歩き始めると、8分ほどで例の看板が現れた。

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「やっと来れた。でも、きっとこれが最初で最後になるのだろう」

 ついに相模のラッコとご対面である。1980年(昭和55年)にオープンして、それから地域の方々の健康を40年間支えてきた名店が、その歴史に幕を閉じようとしていた。

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 駐車場は満車状態の人気っぷり。今日は生活の一部として来店されているお客さんもいれば、僕のように閉館を惜しんで突発的に訪れたお客さんも多く集まっているのだろう。
 そんな僕が、相模健康センターについて何かを語ろうだなんて、おこがましいにも程がある。それくらい、ここは歴史が古く多くのファンに支えられた店舗なのだ。とはいえ、僕がここで感じたことは、それはそれとして残しておきたい。

 湯乃泉グループの温浴施設に伺うのは、12月19日の草加健康センター以来だ。あの時の感動と興奮は今でも忘れられないのだが、実は相模健康センターは草加健康センターよりも公式LINEアカウントの友達登録者数が2,000人以上多く、それだけ人気が高い店舗であることが想像できた。期待が高まる。

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 中に入ると、そこには枠に収まらないほどの大量の寄せ書きが飾られていた。初めて伺ったにもかかわらず、深く心を動かされた。

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 僕は靴を下駄箱に預けて受付を済ませ、まずは脱衣所のロッカーに荷物を預けて館内を散策することにした。
 1階には食事処を兼ねた大広間があり、階段を上ると広々とした休憩スペースがあったが、人はまばらで、そして閉館が迫っているからかどことなく寂しさを感じてしまった。

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(相模健康センター公式サイト:
http://www.yunoizumi.com/sagami/%E6%96%BD%E8%A8%AD%E6%A1%88%E5%86%85/ )

ーーこの場所で、どれだけ多くのお客さんたちの心が満たされ、生活に潤いが与えられたのだろうか。

 この40年の間、この地に足を運んだ人々のそれぞれの人生に思いを巡らせると、胸が苦しくなった。ただ、今の僕には相模健康センターを心ゆくまで堪能することしかできない。

「そろそろ行こう」

 僕はようやく浴場へ向かうことにした。脱衣所に戻り、服をロッカーにしまって浴室への扉を開ける。

「これが、もうすぐ閉まるのか……」

 なんだか感傷的になってしまった。初めて来たはずなのに、どことなく懐かしさがある。客層は草加健康センターと近く、60代以上の方が多そうだが、閉館の噂を聞きつけたであろう若い層のお客さんも散見された。
 まずは体を清めて浴室の中を一通り見て回ってみると、草加健康センターでも味わった「効仙薬湯」や「草津の湯」などのほか、見慣れない「温灸」という座り湯が露天スペースにあった。気になったので腰をかけてみる。

「うおおおぉぉおおぉおおお!!!!!」

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(相模健康センター公式サイト:
http://www.yunoizumi.com/sagami/%e3%81%8a%e9%a2%a8%e5%91%82%e3%81%ae%e7%a8%ae%e9%a1%9e/ )

 気持ち良すぎた。背中一面に金属製の突起物が当たり、これがツボを程よく刺激する。特に肩甲骨の窪みあたりにちょうど食い込む設計にもなっていて、ただ気持ち良いだけではなく姿勢改善にも効果が期待できそうだ。
 しかも体の両サイドからはラスベガスの噴水のごとくお湯が全身を覆うように吹き出している。一般的な座り湯とは違う個性的な入浴体験が味わえたのだった。

 それから草津の湯や効仙薬湯に浸かって体を温めた後にいよいよサウナ室へと向かったのだが、なぜか扉の前で立ち止まり、目を瞑って深呼吸をしてしまった。もしかしたら少し緊張していたのかもしれない。相模健康センターという存在そのものに対して。

「では、いただきます」

 覚悟を決めて、僕はゆっくりと扉を開けた。

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(相模健康センター公式サイト:
http://www.yunoizumi.com/sagami/%e3%81%8a%e9%a2%a8%e5%91%82%e3%81%ae%e7%a8%ae%e9%a1%9e/ )

 中は20人程度が入ることができそうな広々とした4段構成。出入り口の位置より下にも更に段があり、満天の湯を思い出す構造だった。さすがに平日の昼間だからか、想定よりは混雑していない。
 すぐ左脇にはサウナマットが山積みになっていて、そこから1枚を手に取り空いている最上段に腰をかけて周りを見回すと、正面には音声つきのテレビが映され、温度計は92℃を指していた。
 そして驚きだったのが、そのテレビの両脇に遠赤外線ストーブが1基ずつ設置されているだけではなく、サウナ室の右手後方にも対流式ストーブが静かに熱を生み出していたことだ。つまり、合計2種3台のサウナストーブによるハイブリッドサウナだったのだ。

ーーこれが王者、湯乃泉グループが誇る相模の実力か。

 目の前で繰り広げられている光景に驚いていると、若い(しかも綺麗な)女性スタッフがサウナ室に入って来るなり「氷かけまーす」と右手後方のストーブに氷を投下し始めた。もしかして、これが「ロウリュウ姉妹」の妹、サッちゃんだろうか。僕は無意識にタオルで大事なところを隠していた。

 ただ、悔しいことにサッちゃんに見惚れている余裕なんて無い。氷が溶けて蒸発する音とともにロウリュが発生し、体感温度が徐々に高まっていったのであった。しかし、ただ熱いのではなく、40年の歴史を積み重ねてきたからこそ生み出すことができるであろう、奥深く温かみのある柔らかいロウリュだった。

 それから5分ほど経過し、鼓動が激しくなってきたところでサウナ室を出て、汗を流してからすぐ脇にある15℃の水風呂へ。

「うおおぉおおお!! 気持ちいい!」

 広さも深さも十分。バイブラが羽衣を剥がし続け、全身が急激に冷やされていく。それから30秒ほど経ったところで立ち上がり、露天スペースへと移動して、僕は温灸に再び腰を掛けた。

「ふおおおおぉおぉおぉおお!!!! 最高だ!!!!!」

 ここで外気浴をしたら絶対にととのう自信があったのだが、その予感は的中した。なぜなら完全に極楽湯で体験した「座り湯」の上位互換だったからだ。

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ーーこんなものがこの世に存在して良いのだろうか……。いや、良いに決まっている。

 それから1分ほど経過した頃かもしれない。思考は徐々に停止していき、頭の中が空っぽになっていった。視界がぼやけていくと共に聴覚が覚醒していき、大きく深呼吸をすると、そこには極上の”ととのい”が待っていたのだった。

ーーこれほど素晴らしい店舗がもうすぐ閉館するだなんて、本当に信じられない。

 僕はそっと目を閉じて、それからさらに1分ほど温灸を味わってから、いったん浴場を出て大広間で食事を取ることにした。今回いただいたのも、草加健康センターで僕の心を震わせた「肉玉ライス」と「カレー唐揚げ」である。

 まず到着したのは肉玉ライス。さっそく口に運んでみる。

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「んまい!! (うまい!!)」

 醤油ベースの甘辛い味付けにニンニクのパンチ、草加健康センターの感動再び。ここに半熟の黄身が絡んだら優勝間違いなしだ。
それから数分後にカレー唐揚げも到着。これもまた本当に”んまい”のである。

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 詳細は以前に公開したnoteに綴っているので今回は割愛するが、とにかく”んまい”。肉玉ライスとの相性も抜群で、どちらも一瞬で平らげてしまった。

 食後に一息つきながらTwitterを開くと、徐々に相互フォローの方々が集まってきていることがわかり、館内も明らかに客数が増えてきていた。

「さて、僕も最後まで駆け抜けることにしますか」

 僕は立ち上がり、再び浴場へと向かった。
 サウナ室の中は座る場所を確保できない人が壁沿いに立って蒸されているほど、先ほどよりも賑わいを見せている。僕はここでさらに3セットほどをいただいたのだが、この時の効仙薬湯や草津の湯、そして温灸もまた格別で、僕の心はすっかりと満たされたのであった。

 もうなにもやり残したことは無い。サウナを味わい尽くしたところで、僕は相模健康センターを後にした。

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 始まるものがあれば、終わるものもある。しかし、終わりは次の始まりでもあるのだ。
 相模健康センターは2021年1月10日(日)に閉館した。しかし、そこに灯っていた人々の想いはいつまでも残り続け、どこかでまた新たな物語が始まるのだろう。

 素敵なサウナをごちそうさまでした。そして、40年間お疲れ様でした。

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(written by 相模健康センターファンの皆様 & ナオト)

YouTube「ボッチトーキョー」
https://www.youtube.com/channel/UCOXI5aYTX7BiSlTt3Z9Y0aQ


①僕たちは自費でサウナに伺います ②それでお店の売上が増えます ③noteを通して心を込めてお店を紹介します ④noteを読んだ方がお店に足を運ぶようになります ⑤お店はもっと経済的に潤うようになります ⑥お店のサービスが充実します ⑦お客さんがもっと快適にサウナに通えます