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平等に与えられたもの【月光泉@武蔵小山駅】

 人間は、自分が生まれることを自分の意思で選ぶことができないし、育てられる環境も自分では選べない。裕福な家庭に生まれれば不自由のない生活を送ることができるかもしれないし、逆に貧乏な家庭に生まれれば努力や運で切り開いていくしかなくなるかもしれない。
 容姿だって人それぞれだ。「人は見かけじゃない」「外見で判断するな」なんて綺麗事で、実際のところは容姿で人の印象なんて大きく変わってしまう。

 ただ、全ての人間に平等に与えられたものがある。それは「時間」だ。

 もちろん寿命は人によって異なるが、時間は全員平等に進む。時間の使い方はその人次第だ。時間は可処分であって、それをうまく使っている人は人生をより充実させることができるだろうし、ただ消費しているだけではいつか底をついてしまう。
 将来への投資だと捉えて健康維持のために時間を使っている人は、健康寿命もそれだけ延びるだろう。もちろん、その逆もまた然りだ。

 さて、今日は10月28日(水)。11月を目前にすると、一年も終わりが近づいてくる気がするのは僕だけだろうか。
 この日は、午前中にたまたま見つけた「NIKKEI INNOVATIVE SAUNA」という日本経済新聞社主催のイベントに申し込み、いつものように仕事を進めた。

(ゆうこすとサウナ入れるんですか……!?)

 僕はもともと15時までに仕事を済ませて16時からととのっている予定だったのだが、まさかの14時58分に取引先から連絡を受け、オンラインとはいえ当日に急遽ミーティングが設定された。
 フリーランスなのでお仕事をいただけること自体は嬉しいのだけれど、僕が予定していた時間の使い方ができなくなってしまうことは少し残念でもあった。しかし、決まったことは仕方ない。生活のために、今は自分ができる精一杯のことをやるまでだ。

 結局、この日は夜まで仕事を続けることになった。時刻は21時。ロスタイム6時間である。そこそこ疲労も感じていた。

「どうしてもサウナイキタイ……」

 こんな日こそ、やはりサウナである。いや、それでいうと

「疲れていたら疲労回復のためにサウナ」
「疲れていなくても疲労予防のためにサウナ」

 なので「こんな日”こそ”」はおかしいのだが、便宜上このように表現するしかない。こんな日こそサウナである。

 さて、この時間から移動するとなると、あまり遠くには行けない。ゆったり過ごすわけでもないため1〜2時間程度の滞在時間で、それに見合った価格帯で、自宅からアクセスが悪くないサウナ……。こうなると、スパ系ではなく銭湯だろうか。

 とりあえず「東京銭湯マップ」で検索してみることにした。いくつか気になる店舗がある中で、たまたまこんな情報が僕の目に留まった。

月光泉 [目黒区]
薪で沸かしたやわらかなお湯にこだわり、毎週日曜は薬草湯、木曜は漢方湯を実施。ミストサウナは無料でご利用いただけます。第2・第4日曜の8~11時は朝湯が楽しめます。
(ーー引用:東京銭湯 https://www.1010.or.jp/map/item/item-cnt-523 )

「えっ、サウナ無料なの? そんなことある?」

 2019年9月にサウナに目覚めたばかりの僕は経験値がまだ高くなく、ドラクエで言うところの「ひのきのぼう」や「どうのつるぎ」程度の装備を手に入れたレベルの若造だ。そんな僕にとって、追加料金なしでサウナに入ることができる銭湯があるなんて衝撃だった(※あとで調べてみると意外とたくさんあった)。

「月光泉か。条件的に、今夜の僕にふさわしい銭湯だ。(それにしてもかっこいい名前だな……)」

 ”銭湯体制”に入り、まずは腹ごしらえである。目黒駅から徒歩10分程度、昔よく通っていた中華の名店「味一」でタンメン(税込750円)をいただき、満腹になったお腹を落ち着かせるために月光泉まで徒歩で向かってみた。

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 住宅街を20分ちょっと進むと、ようやく目的地にたどり着いた。

「これが月光泉か。やっぱり名前はかっこいい」

 趣のある外観。明らかに地域に根付いた銭湯であり、遠方から遥々来るようなお客さんは滅多に居ないであろう雰囲気が伝わってきた。看板の「ジェツトバス」というアジのある表記が蒸欲(むしよく)をそそる。

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「これはなかなか期待できる」

 さっそく中に入ってみた。本当にサウナは無料らしく、入り口には「入浴料金でサウナも入れます」と書かれている。

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 そしてドキドキの下駄箱タイム(※どの番号が空いているのかワクワクしながら眺める時間)に突入すると、なんとサウナーのあこがれ「37番」が空いているではないか。この番号が空いていたら反射的に抑えてしまうのも、僕のような”にわかサウナー”の衝動なのだろうか。

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 入り口のドアを開けると、すぐ脇に番台がある。470円を支払い、脱衣所に向かった。

「ガラガラじゃないですか……!」

 月光泉に到着したのは22時すぎだったが、僕を含めて10人程度しかお客さんが見当たらない。脱衣所から浴室の中も覗くことができたが、それも込みで10人程度である。ロッカーは50〜60人分ほどあるようなので、そのキャパシティからしても閑散としている様子が見て取れた。
 しかもそのほとんどがご高齢の方で、平均年齢は72.6歳ほどだったのではないか。明らかに昔から通っているであろう、常連と思われる人生の大先輩方の中にお邪魔させていただく。

 さっそく服を脱ぎ、浴室の中へと足を踏み入れると、まずは天井の高さに驚いた。写真では分かりにくいが、とにかくものすごく高くて開放感があったのだ。

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(湯めぐろ: https://1010meguro.tokyo/map/more/gekkousen/ )

 周りを見渡すと、設備・備品には年季が入っているものの、そのためか全体的にノスタルジックな印象を受けた。なんというか、ホッとする居心地の良さがあった。

 すぐ脇には掛け湯用の水溜めがあったが、入浴前に体を清めることにしている僕は、ここでは体を流さずに、隅に積み重ねられていた椅子を手に持ち空いているシャワー前へと移動した。

 全身の汚れを落としたら、まずはお風呂へ入浴。なぜかほとんどのお客さん(おじいさんたち)は、お風呂には入らずシャワーの前に座り続けているので、貸し切り状態で脚を伸ばしてゆったりとお湯に浸かった。浴槽の中はパワフルな泡が吹き出し続けていて、マッサージ効果が感じられた。

「そろそろ行きますか」

 浴室の入り口付近にサウナ室へのドアを確認した。適度に温まったところで浴槽を出て、サウナに向かう。
 そういえば、ここはミストサウナとのこと。一般的にミストサウナというと、高い湿度と低い温度が維持されていて、ととのうためというよりは美容目的で利用する印象が強い。きっとここもそのタイプだろうし、僕も今日に関してはそこまで意気込んでいなかった。どんなタイプであろうと、サウナに入れれば良いと思っていたのだ。ゆっくりとドアを開ける。

「あっっっっっっっっつ!!!!! マジかよ!!」

 完全に裏切られた瞬間だった。めちゃめちゃ熱い。薄暗いサ室の中には4人ほどが座れるタイルベンチがあり、なぜか桶を持ち込んでいる先客が1名いた。その男性から距離を取った位置に腰をかける。

 それにしても、とにかく熱い。というか、かなり息苦しい。
 壁にかかった温度計を確認すると54℃を指していた。やはり温度は低い。しかし、やっかいなのはこの蒸気だ。本当に息苦しい。酸素が薄い。すぐに呼吸が荒くなった。

 慌てて座ったため気付いていなかったのだが、先客の男性のほうを見ると小さな砂時計を隣に置いているようだった。僕も冷静に周囲を確認すると、僕のすぐそばにも砂時計が置いてあった。

「なるほど、これで時間を計れということか」

 砂時計は人数分用意されているようだった。とりあえず、僕も手元の砂時計をひっくり返してみた。しかし、ここであることに気付く。

「これはいったい何分なんだwww」

 そう、人数分の砂時計が用意されているのはありがたいのだが、それによってどのくらい時間を計ることができるのかが全く分からない。表記がない。砂時計は、意味があって無いようなものだった。これぞ初見殺し。僕は小さな砂時計に翻弄された。その時だった。

「ゴボゴボ!! ゴボゴボ!!」

ーー なんだ、この音は。どこから聞こえてきてるんだ……?

「ゴボッ……シュボォォォーーー!!!」

ーー うわっ!!!

 僕は完全に油断していた。突然、僕の足下の突起部分から大量のミスト……いや、大量のスチームが吹き出してきたのだ。まるでバズーカ砲のようだった。一瞬で(本当に一瞬で)視界が真っ白になり、前が見えなくなった。ますます呼吸が苦しくなる。そして熱い。命の危険すら感じた。

「この感覚、どこかで経験したことあるぞ……。そうだ、あそこだ。かるまるだ!」

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(イベント・おでかけ情報ウォーカープラス https://www.walkerplus.com/article/213976/ )

 完全に、かるまる池袋の「蒸しサウナ」そのものだった。いや、それ以上だったかもしれない。そのくらい大量の熱蒸気だった。

 しかし、僕の砂時計はまだまだ終わりが見えない。いったいあと何分耐えればいいのだろうか。なんとしてでも砂が全て落ちるまでは耐え抜きたい。

 その時、先客の男性が立ち上がった。僕よりも先に蒸されていたから、さすがにこのスチーム(もやはミストではない)でKOだったか。
 すると、持ち込んでいた桶に入っていた水を、自分が座っていたところに掛け始めた。そうか、タイルの上の汗を流すために持ち込んでいたのか。これがこの銭湯のローカルルールであり、マナーだった。そこまで気を配れなかったことが悔やまれた。

 先客の男性がサ室を出てから1分ほど経過し、体力が限界に近づいて来た時、ようやく砂時計の動きが止まった。全ての砂が落ち切ったのである。僕も慌ててサ室を飛び出した。

「いや、ちょっと待て。水風呂どこだ」

 そういえば、水風呂が見当たらなかった。まさかこの銭湯、水風呂が無いパターンだったか……。そう思った時だった。

「嘘でしょ!?」

 心の中で本当に叫んだ。そう、浴室の入り口脇にあった掛け湯用の水溜めに、先ほどの男性が全身浸かっているではないか! 実はあの水溜め、掛け湯ではなく水風呂だったのだ。どうりで大きかったわけだ。ちょうど大人の男性一人がすっぽり入れるほどの大きさ・深さだった。

 僕がサウナ室から出たことに気付いたのかどうかはわからないが、その男性が水風呂からちょうど出てくれた。僕もシャワーで汗を流してから、水風呂の中へと沈み込む。

「ふぁ〜〜〜、気持ち良過ぎる……!!」

 水温は20℃。一人用の水風呂なので誰にも邪魔されない。もちろんバイブラも無い。静かに自分の世界へと意識を深めていく。

「完全に油断してた……」

 まさかミストサウナ(「爆風スチームサウナ」に表記を変更して欲しい)でここまでやられるとは。徐々に思考が停止し、僕は宙をふわふわと漂った。

 1〜2分ほどが経ち、体が十分に冷やされた僕は水風呂を出た。外気浴スペースは無い。どうするナオト。

「これしかない」

 僕は、洗い場のスペースを二分割しているシャワーの前に椅子を起き、鏡を背もたれにして腰を下ろした。こんなことをしている人に今まで出会ったことが無い。でも、最高だ。シャワーからわずかにお湯を出して、背中を伝わせても実に心地よい。満天の湯の「うたた寝湯」を彷彿とさせる、非日常的な快感を覚えた。
 ゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込む。その時点で、僕は完全に宇宙と一体になっていた。

 それにしても、あの砂時計はいったい何分なのだろうか。気になった僕は、2セット目のサウナに入る前に時刻を確認し、水を入れた桶を抱えてサウナ室へと入った。
 仕組みはわからないが、サ室に入ってから1セット目と同じくらいの時間が経ったタイミングで再びスチームが吹き荒れた。もしかしたら人感センサーのようなものがあるのかもしれない。もしくはドアの開け閉めによる湿度の低下に反応しているのか。まぁ、この際どちらでもいいか。

 再び砂時計との格闘を終え、意識が朦朧としながらも、もう一度時計を見ると8〜10分ほどが経過していた。かるまるの蒸しサウナを5分でリタイアした人間としては、この時間を耐えられたことに誇らしさを感じた。

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 僕はその後にもう1セット、計3セットを終えて、多幸感に浸りながら月光泉をあとにした。

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 帰り道、いつもの癖で頬を触ると、自分でも引くほどモッチモチしていた。生まれたての赤ん坊かと思うほどのハリと潤いで、毛穴はどこかに消えてしまった。
 全身に美顔器のスチームを浴びているようなものだからだろうか。いつになく肌の調子が良過ぎる。これが470円ということが信じられない。「改良湯」以来の美肌体験で、嬉しいことに翌々日までこのコンディションは持続した。
 こんな穴場があったなんて。月光泉に出会えた奇跡に感謝である。

 そういえば、あの砂時計は開始も停止も全て自分次第だ。落ち始めた砂のスピードは変えられないが、それを始めるのも終えるのも、自分の意思で決めることができる。他の人にコントロールされることは無く、平等に与えられた権利だった。

 僕の人生の砂時計は、今も一粒ずつ砂を落としている。

(written by ナオト:@bocci_naoto)

YouTube「ボッチトーキョー」
https://www.youtube.com/channel/UCOXI5aYTX7BiSlTt3Z9Y0aQ


①僕たちは自費でサウナに伺います ②それでお店の売上が増えます ③noteを通して心を込めてお店を紹介します ④noteを読んだ方がお店に足を運ぶようになります ⑤お店はもっと経済的に潤うようになります ⑥お店のサービスが充実します ⑦お客さんがもっと快適にサウナに通えます